第10話 罪と罰 THE HANGED MAN
脚の自由は利かないが、凶器を持った拳法の達人と、腰を割り万全の体勢を取った力士。だが目は潰れ、肩に故障を抱えている。二匹が出会って以来続けた仕切りは、もう時間いっぱいだ。
六つ目は、八本の脚で葉の表面を蹴り、
普段の狩りにおいて、蟷螂に自分から突っ込んでくる者等いない、普通はその場に踏ん張ろうとしたり、後ろへ逃れようとする。それにより彼の鎌は獲物に深く突き刺さり、口へデザートを運ぶように引き寄せられるのだ。彼は、この技を〔刈突き〕と名付け、日々、鍛錬と改良に余念はなかった。
だが、六つ目のあまりにも低い体勢からの全力の体当たりは、蟷螂の攻撃を出遅れさせた。さらに六つ目の糸に捕らえられた脚のせいで身体が前方に流れてしまったのだ。それにより、折り畳み式のノコギリのような構造の鎌は、蜘蛛の体をしっかりと捕らえることが出来ず、逆に六つ目の背中を引き寄せ、自分の腹へ呼び込む込む形になってしまった。
加速を付けたミサイルのように六つ目は蟷螂へ飛んだ。そして、剝き出した牙は、蟷螂の下腹部にグサリと突き刺さる。蟷螂の大鎌は、六つ目の背中を二本の線を描きながら引き裂き、万歳をする格好で後ろへ六つ目諸共倒れ込み、そのまま二匹は一緒に葉の上から落下していった。体当たりの衝撃と二匹分の重みは、蟷螂の脚を足の裏に張り付いた糸の粘着から解放させたが、蟷螂の後ろ足を縛る糸は未だ絡みついたままだ。
二匹は、地面から1メートル程の高さでバンジージャンプのように宙づりになり、激しくバウンドを三度繰り返す。六つ目の牙は蟷螂の下腹部に刺さったまま、しっかりと前足で蟷螂の腹を抱えている。二匹をぶら下げた糸が上下に跳ねる度に、六つ目の牙は蟷螂の腹にダメージを与えた。今一度、六つ目に一太刀浴びせようと、蟷螂は鎌を振り回したが、届かない。力尽きかけて大鎌を大きく広げて頭の横にぶら下げる。このまま六つ目の牙が腹を引き裂けば因縁の勝負も終わる。
だが、その時六つ目は、牙を引き抜き地面へ跳び降りた。
「ジューダスプリーストだ!いい響きだろ?お前の名前さ、俺が今思いついた」
六つ目が身体を蹴って飛び降りた為に、蟷螂はスピン回転している。
「こらぁ、てめー。何で留めを刺さない!遊んでんじゃねー」
六つ目が牙を抜いた事で、痛みを忘れたようだ。自由に動かせる四本の脚を盛んに動かす。止まった回転は、よじれた糸の戻ろうとする力で今度は逆に回転をし始めた。
「静かにしな、あんまり騒ぎ立てない方がいいぜ」
深手を負っているはずの六つ目は、平然としている。
「お前は目立つ、とてもな。そこは薔薇の中じゃないんだぞ。いいか、お前を隠す黄色い薔薇は、ここにはない。今、鳥にでも見つかればどうなると思う?」
蟷螂は、ハッと我に返り、脚をばたつかせるのを止めた。未だ、彼の身体はスピン回転したままだ。
「おい、ジューダスプリースト!お前は、俺の母親を侮辱した。その罪を償ってもらおうか」
「馬鹿か?お前は、このマザコン野郎」
六つ目は、勝ち誇り冷静だ。
「お前は、そこで身動き出来ずに、いつ鳥に見つけるかとビクつきながら死んでいくんだ。いっそ早く見つけて貰った方が楽かもしれないな。俺からのささやかなプレゼントだ、恐怖という名のな!フフッ、初めてか?恐怖を感じるのは。心配するなよ、何事にも初めてはあるんだ」
「俺に怖いものなどあるかーくそがー。俺を生かしておくと後悔するぞ、六つ目ー、必ずお前を後悔させてやる」
六つ目は、立ち去ろうと歩き出したが、立ち止まり振り返った。
「俺の名前は六つ目じゃない。本当の名前は阿修羅だ。覚えておけ。誰よりも強いと、のぼせていたお前を倒した男の名を!まあ、そう長い時間でもないだろうが、なっ」
糸の回転が六つ目を背にしてやっと止まった。それは、逆さの十字架。貼り付けにされた一匹の悪魔だ。
「おい、六つ目いるか?帰ってこい!ヘンな名前で俺を呼びやがって。俺の名前は……」
必死に脚を動かし、六つ目のいた場所へ体を向ける。
だが、そこにはもう阿修羅と名乗った六つ目の姿はなかった。
つづく
次回予告 傷ついた身体でステファニーとの約束を果たそうとする六つ目。そんなとき彼の脳裏にシヨンとの思い出が蘇る。夢と妄想、噓と希望、その違いとは?蟷螂の生き方と夢見る蜘蛛の価値観が交錯する!
次回 六つ目と蝶 第11話 夢見る蜘蛛達と現実主義者!
夢見る蜘蛛達と現実主義者にご期待ください。
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