第8話 ギフト 六つ目の歌

 そして遂に、朝の光が六つ目達の住む森を照らし始めた。

(今日は快晴になる)

 自分の巣の湿度を常に気にしている六つ目には、何日も前から分かっていたことだ。この森で何度迎えたか知れない朝、よく知っているはずの昨日とさして変わりのない景色さえ、六つ目の目には初めて見た時のように新鮮に映った。

「おはよう」ステファニーの明るい声に振り返る。

「おはよう、まだ眠っていると思ってた。よく眠れた?」

「ええ、とても」

「今から、君に絡んでいる糸を切る。でも、そのまえによく聞いてくれ、糸が外れたら俺の言う通りにするんだ」

「分かったわ」

六つ目の真剣な表情にステファニーも真面目な顔になった。

「この糸が外れたら、どこか安全な場所で隠れているんだ、あの黄色い薔薇バラよりも、ずっと高い所だ。あの蟷螂カマキリがいなくなるまで」

「蟷螂がいなくなるの?」

「その筈だ」

「どうやって?」

「それは、俺にまかせておけばいい。君は十分に注意してよく見るんだ。もう大丈夫だと思うまで薔薇に近づいてはいけない、本当に蟷螂が居なくなったか、薔薇の周りを飛んで確かめるんだ。あいつの身体は薔薇と同じ色をしているけど、身体の横を黒いラインが走っている。それに赤黒い眼が目印だ。それが見えたら薔薇に近づいてはいけない。あたりまえのことだが、これを守ると約束してくれ」

「約束する。でも、危なそうね」

 六つ目はステファニーを安心させる為に笑顔を作った。

「これさえ守れば君は安全だ。それに上手くいけば、俺が薔薇の上で君を呼ぶから、その時は安心して下りてくればいい」

「分かったわ、あなたが居れば安心だものね」

「そうさ、但し俺が薔薇の上に居なかったら、さっき言ったように十分注意してくれ、突然、蟷螂の奴が帰って来るかもしれない」

「えっ?蟷螂は居なくなるんでしょ」

「もちろん、俺がそうするし、帰らせもしない。だけど、他にも危ない奴がいるかもしれないし、万が一俺が失敗するかもしれない」

「失敗したらどうなるの?」

(その時、俺は死んでいるんだ)

 六つ目は言葉を飲み込んだ。

「とにかく、うまくやるさ」

 六つ目は話題を変えた。

「出かける前に、あの歌をもう一度歌ってくれないか」

 これから始まる命懸けの挑戦をステファニーの歌で送り出してほしかった。

「えー、今度はあなたの番よ。六つ目さんが歌って」

「いや、俺は歌なんて知らないし」

「そんなことないでしょ、あなた昨日、歌っていたわよ。確か蜜を採りに行ってくれる前に」

「あっ、ああ」

 六つ目は思い出した。確かに昨日歌った。ステファニーへ話し続けても返事が無いので段々と独りでいる気分になり、歌ってしまったのだった。

「あれか、あれはホントのとこ、よく分かってないし……」

「いいのよ、知っているところだけで。私ばっかりに歌わせて、ずるいわ」

「いやー俺は歌上手くないと思うし」

 六つ目は気が進まないようだ。

「そんなことなかったわよ、あなた才能あるんじゃない?」

(才能ってなんだ?)

「あなたが歌わないのなら、私も歌わないわよ」

「それは、嫌だなー」

 仕方なく六つ目は歌う覚悟を決めた。

「じゃあ歌うよ」

ステファニーは、頷き六つ目の歌が始まるのを待った。二三度咳払いをして、六つ目

の歌が始まった。



《縦の糸はー私のために、横の糸はーあなたへ》

                          作詞 作曲 神様



ステファニーは、続きを待ったが歌はそれっきりだ。

「続きは?」

「それだけ」

「それだけ?」

「それだけだ、それで終わり」

「ヘンな歌ね」

「そうかな?……そうだね」

「誰が作ったの?」

「神様」

「神様?それって何?」

「分からない。だけど蜘蛛は皆、これを神様の歌と呼んでる。神様がどこの誰かは知らないが名前は皆、知っている」

「何て、名前なの?あなたの神様」

「みゆき様だ」

「ふ~ん」

 六つ目の顔は、俺の歌は終わったぞと言っている。

「わかったわ、私の番ね」

 ステファニーは、あの歌を六つ目の為に歌った。



《夢は叶うよ、いつか君の夢が本当になる。夢を信じて、諦めないで、思い続ければ、きっと、きっと、思いは伝わる。夢のほうが君が来るのをーずっと待っているんだー

約束するよ 夢は叶う 信じていれば》

                          作詞 ファンキーバタキチ

                          作曲 鱗粉 シゲアキ

                          BUTTRAC copyright 999


 六つ目は、目を細めて聞き入った。

「やっぱり、この歌、いいなー」

「気にいったようね」

「そうなんだ。夢はきっと叶うって、今の俺は信じていたいんだ。だから、この歌は良い歌さ」

 六つ目は、真剣な目をしてステファニーを見つめる。

「君が教えてくれたんだ、その事を。夢は叶うって」

 ステファニーは、笑顔でそれに応じた。


六つ目は、遂にステファニーを縛る彼自身の糸を切り始めた。

(俺は新しい夢を見つけた。そして、俺は、それを叶えるんだ!)

 すっかり糸を取り除くと、ステファニーは羽を広げた。そして、大きく伸びをする。

「私、行くわ」

「打ち合わせ通り、ちゃんと隠れているんだぞ。上手くいけば俺が合図を送る」

「うん、じゃあ後で」

「後で」

 六つ目は、ステファニーの後ろ姿を見送った。そして彼は巣の上を移動して巣を固定している木の枝へ渡った。

 ここから目的の黄色い薔薇までは、何本かの木を経由して行かなければならない。黄色い薔薇までは、六つ目の巣から直線距離で5m足ず。だが、そこまで半円をえがくように立っている3本の木を経由する事になる。六つ目は、彼の巣を固定している木へ移り、薔薇の方へ伸びている枝から枝へジャンプをして隣の木へ飛び移った。この調子でいけば、さほどの時間を掛けず目的の薔薇へ到達出来るはずだ。

 枝から幹を横切り反対側へ伸びた枝の最も次の木の枝に近い場所を探す。だが、そこは六つ目のジャンプ力で超えるには距離があり過ぎる。彼は糸を出し、枝から自分の身体をぶら下げた。ここで風を待ち、巣を張る要領で隣の木に渡るつもりだ。だが、なかなか彼の思うような風は吹いてくれなかった。


 風を待つ間、蟷螂の動きを思い出し、何度も頭の中でシュミュレーションを繰り返す。昨夜、ステファニーが目を覚ますまで何度それを繰り返したかわからない。対蟷螂対策のおさらいといったところだ。


(あの野郎、俺に勝手に名前を付けやがって、あいつが死ぬ前にあいつにも名前を付けてやろう。さてどんな名前にしようかな、〈ポンコツ〉、〈くそ野郎〉、〈悪魔〉、うーん、どれもしっくりこないな)

 考えがまとまらない六つ目をよそに、風が吹き始めた。彼の身体を大きく揺らす。何度かの失敗の後、無事、風は彼を隣の木に運んだ。


 ここまでくれば、黄色い薔薇の花までもうすぐだ。今いる枝の反対側に伸びた枝のすぐ下に、目的の場所があるはずだ。そこからは用心深く少しずつ歩みを進めていかなくてはならない、ここで蟷螂カマキリに見つかってしまえば、六つ目の目論見は全ては台無しだ。


 六つ目は黄色い薔薇の花への最終踏切地点となる葉の上まで慎重に移動し、目的の薔薇を見下ろした。そこへは軽く飛び降りるだけで到達出来る。帰りもほんの少し上方へのジャンプでこの葉の上に帰ってくることが出来る。言うまでもなく、この場所から見えている黄色い薔薇は、あの蟷螂のテリトリーだ。だが、六つ目の見る限り蟷螂の姿は今、そこにない。


 今、彼の眼下にある大輪の黄色い薔薇、この薔薇が六つ目の運命を大きく変えてしまった。仮に昨日の同じ時間、のんびりと自分の巣の修理をしていた六つ目に、今の六つ目が、これまでに起きた事を教えることが出来たとしても、決して、昨日の六つ目は今の六つ目の言う事を信じはしないだろう。それどころか、自分とそっくりな姿をした狂言者を喰い殺してしまっただろう。

 

 

 六つ目は思った。

(全てはこの薔薇が原因だ。この薔薇が俺達を引き寄せているのかもしれない)

  

                  つづく


次回予告 ついに黄色い薔薇へ辿り着いた六つ目。蟷螂の留守を確認しステファニーを呼び寄せようとするが……。

 次回 六つ目と蝶 第9話 潜入! 潜入にご期待ください。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る