第7話 新しい夢 「あなたは、蜘蛛じゃない」
「何でもするよ、君が喜ぶなら」
「本当に?」
「本当さ」
「私、やっぱり、あの黄色い
大胆な望みをステファニーはアッサリと言ってのけた。
「?!」
「黄色い薔薇の蜜が私たち女の娘の間で、今すごく流行っているのよ」
黄色い薔薇と聞いて固まっている。六つ目の気持ちを知ってから知らずか、 ステファニーは、
「すごい栄養があって羽やお肌にツヤを与えるって大評判なの、 飲むだけじゃなくてね、顔をパックもできるし、すごい癒し効果があるんだって」
六つ目の目、六つ全てに黄色い薔薇の花が写し出される。
「そっ、そうだ、他の黄色い薔薇はどうかな?黄色い薔薇はあれ以外にもあると思うけど」
「駄目よ!」
ステファニーはピシャリと言い放った。
「あなたは、ここにずっといたから知らないと思うけど、この辺に黄色い薔薇は、あれ以外にないわ。いえ、あるにはあるけど、一番大きくて綺麗なのは、あれよ」
ステファニーの前脚は
(あの薔薇にそんな凄い力があるのか、俺には花の良し悪しなど分かるはずもない。ただステファニーが言うなら、そうに違いない。〔思い続けていれば願いが叶う〕という驚きの事実を知っていたくらいだから)
「あれじゃなきゃ、私、他の娘に負けてしまう」
今までのステファニーからは想像も出来ない激しさだ。
「でも、あの花には
六つ目は、言葉は穏やかだが、必死に訴えたつもりだ。だが、帰ってきたのはこれだった。
「あなた、何でもするって言ったじゃない、あれはウソ?」
「ウソじゃないけど」
六つ目は、タジタジとなった。
「あの薔薇じゃないと、私、勝てない…」
「でも」
ステファニーは、顎を上げて独り言のように言ってみせた。
「いいわ、自分で行くから。ダンスコンテストで勝てないくらいなら、死んだ方がまし」
六つ目は慌てた。
(あっ!)
六つ目の頭に突然シヨンの姿が浮かんだ。脚をバタバタさせてクルクル回ったり、飛び跳ねている。
(そうだ、思い出したぞ、ダンス!確かにシヨンは、そう言っていた。俺は奴が何をやってるのか分からず、ポカンと奴のバタバタを見ていたが、確かに奴はダンスと言っていた。『俺のダンス、イケてんだろー、これで女達は、俺に夢中さ!』)
シヨンの言葉もはっきりと思い出した。
(あいつ、俺よりもステファニーの世界に近づいてやがったのか、くそー!)
六つ目の頭は沸騰した。
「ちょっと待て、考えてみるから」
乱暴に吐き出した。
「考えるって、何を」
六つ目は、それに答えず黙り込んだ。
(落ち着け、落ち着いて考えろ)
六つ目はシヨンの事を一先ず頭の外へ追い出した。
(あの薔薇には蟷螂がいる、奴が留守にでもしていない限り、あの薔薇へ蜜を採りに行くのは命懸けだ。俺の命とダンスコンテストとやらは、どちらが大事なのだろうか? 言うまでもない俺の命だ、判りきっている。だが、命が掛かっているからこそ、それが成功した時、ステファニーの俺への感謝の気持ちは絶対のものになるだろう。もう既に俺は、俺達が生きる弱肉強食の掟を破り、蟷螂からステファニーを助けてしまった。蟷螂は、単に獲物を横取りされたとしか思ってないだろうが……。
今、ここでステファニーを放して、彼女を仲間達の元へ帰らせるという選択肢はあるにはあるが、それはしたくない。そうしたら、彼女は俺を間違いなくアッサリと忘れてしまうだろう…。それだけは絶対に嫌だ。俺はずっと彼女に俺のことを覚えていてもらいたい。どうすればいい……どうすれば)
六つ目は長い息を吐き出した。今、六つ目の頭の中には他の蝶達と六つ目の巣の前を楽しそうに素通りしていくステファニーの姿が浮かんでいる。
(まてよ、このままずっとここに彼女にいてもらうというのはどうだろうか……、ダンスコンテストの日が過ぎてしまえば、そのうちに彼女だってそんなこと諦めて忘れてしまうだろう。そうだ、それが一番いい。そうなれば、ずっと楽しくここで二匹暮らしていける。よし、そうしよう、彼女の為にこれからも蜜を集めに行かないと)
六つ目がそこまで考えた時、重大な誤りに気が付いた。
(駄目だ、それも出来ない。俺がここを留守にしている間にシヨンの奴が戻って来るかもしれない、あいつのしつこさは異常だからな。今回は間に合ったが次は……。いや、それよりも、何かの拍子にシヨンの奴が、ステファニーにダンスの話をしたり、彼女の前で踊って見せたりして、俺よりも奴と仲良くなったりしないだろうか?いや、まさか。だがもし、そんなことになったら俺はきっと気が狂う。くそーあのションベンタレの毒キノコ頭めーっ!シヨン、シヨン、いつだって、あいつが絡むとロクなことはない)
六つ目は、せっかく頭から追い出した馬鹿蜘蛛のことで、また腹を立てた。頭の中でシヨンを罵りながら八つ裂きにする。
(ああ、そうだ、この森にいるはシヨンの奴だけじゃない。蜘蛛以外の虫たちは、俺の巣の中へは入ってこられないから、取り敢えず除外していいが、他の蜘蛛はシヨンのように女、子供にだけ強い奴らだけではない。俺よりも強い奴が沢山いる筈だ。彼女を守り切るのは困難だ、無理がある。
それに、いつもその場に俺がいるわけじゃない、俺が蜜を採りに行っている間、主のいない巣に獲物が掛かっているのを、他の蜘蛛たちが放っておくわけがない)
六つ目に残された道は一つだけになった。彼を覆う全身の毛は震えとなって、彼自身の決断を変えさせようと最後の警告している。だが……。
ついに彼は宣言した。
「よし、あの花の蜜を飲ませてやる」
「あの花って?」
「もちろん、あの黄色い薔薇のさ」
六つ目は、蟷螂が住む薔薇の木を指さした。
「えっ、信じていいの」
「ああ」
(俺は、なんてカッコいいんだ。男はツラじゃない行動だ。いったい他の誰が出来るというのだ、あの悪魔の待つ所へわざわざ出向いていくなんて、俺だけだ、俺だけがステファニーの夢を叶えられる唯一の男なのだ!!)
六つ目は、自分の決断に酔いしれた。
(この胸の奥から湧き上がってくる気持ち、ステファニーといると感じられるこの気持ちをステファニーにも味わっていて欲しい。今彼女も感じていてくれるのだろうか?)
ステファニーは、そんな六つ目の興奮を遮った。
「やっぱり、あなたは蜘蛛じゃないのかもしれない」
「えっ、なんて言った?」
「私、考えていたのだけれど、私が聞いていた蜘蛛という生き物と、あなたは全然違っているもの」
「俺は、蜘蛛の中でも戦闘を得意とする、誇り高い種族の末裔なんだぜ」
六つ目は、誇らしげに胸をそらして見せた。
「でも、巣に掛かった私を食べようとしないし、ダンスコンテストにも協力してくれると言ってくれてるし、ヘンよ、絶対おかしい」
「うん、うん、そうなんだ俺、へンになってしまったんだ、前はこんなじゃなかったのに」
六つ目は、大きく身を乗り出し、首を傾げて、自分の中にある違和感を訴えた。
「あなた、本当は別の虫なんじゃないのかしら、もう少し言うと、これから他の虫になるのじゃないのかしら」
ステファニーも六つ目と同じ様に首を傾げる。
「??言っている意味が、よく解らない。俺は俺だろ?」
「言ったでしょ、私は毛虫だったのよ」
「あっ」
「でも、夢を信じていたら蝶になったって」
「そんな、そんなことが……」
一瞬、頭の中が真っ白になり、六つ目は、黙り込んでしまった。
「あなたは、私を食べようともしない、それは本当のあなたが望んでいないから、あなたは、蜘蛛じゃないあなたになりたがっている。そうじゃない?」
その言葉に押されるように、再び思考は、目を覚ました。
(まてよ、ステファニーに会ってからの俺の体の違和感、心の変化、俺以外の誰かのために食い物を取ってくるという行動。それは俺が俺以外の何かになる前触れなのでは?それなら説明はつく。本当の、本当の俺は……)
「俺にも、君に起こったことが起きるというのかい?」
ステファニーは六つ目の目を見つめる。
「あなたは、昔の私。それに空も飛んだ事があるって言っていたし、もしかして、あなたは、私達の仲間なのかもしれない」
(俺が彼女の仲間……。俺が誰も殺さず、蝶のように蜜を吸って生きていくという意味なのか?そういえば、ステファニーと話をしていると腹も減らない。もし今、この巣に他の虫が掛かったら俺はどうするのだろう?ステファニー以外の虫が今、この巣に掛かったとして、そいつをステファニーの目の前で殺し、食えるだろうか?いや、そんな姿を見せたくはない。ああ、ただ俺は、君をずっと見つめていたいだけなんだ)
幸か不幸か、蝶が捕らえられた蜘蛛の巣は、かなり目立つ。他の虫達もそんなに間抜けではない、今、六つ目の巣は、ここに危険な蜘蛛の巣がありますよ、と宣伝広告を出している状態だ。
六つ目は、蝶になった自分を思い浮かべた。自由に自分の力で飛んで、花から花へと美味しい蜜を求めて旅をする。そんな彼の隣で花の説明をしてくれるステファニーの笑顔。
六つ目は、自分が自然と笑顔になっている事に気がつく、そしてまた楽しい想像の世界へ戻った。今度は、ダンスコンテストの会場だ。優勝したステファニーが六つ目の名を呼ぶのだ。何百何千という蝶達が見つめる舞台の上に六つ目は上がり、彼女から感謝の言葉を受ける。
『私の優勝は、全て、この大切な友人、六つ目さんのお陰です。彼は私の知る限り最も勇敢で誠実な方です』
蝶たちの色とりどりの羽が拍手をしているように、一斉に羽を動かす様子を六つ目は思い浮かべた。
「ねえ、どう思う?」
ステファニーは、黙ったままニヤニヤしている六つ目に問いかけた。
「えっ、何?」
「私の考え、あなたがホントは蜘蛛とは違って、私達の仲間かもしれないってこと」
ステファニーが弾んだ声で続ける。
「私の推理、まんざらでもないと思うんだけど」
「うん、そうだったらいいな、君にそう言われると最近の俺が変なのも、そのせいかもしれない」
「あなたが本当にそうなりたいって思ったら…」
「夢は叶う」
二匹は同時に言って、お互いの顔を見合わせ笑い合った。
「ところで、ダンスコンテストなんだけど、俺、行ってもいい?」
「駄目よ!それは」
ステファニーは六つ目が驚くほど強く、ハッキリと拒絶した。
それは、反射的と言ってよいほど素早い返事だった。
「何で?だって俺」
六つ目が言い終わらぬうちに、ステファニーの声は、優しい調子に戻り彼の質問を遮った。
「あなたが来たら、皆、驚いて逃げ出してしまうわ、そうしたら、コンテストは中止になってしまうでしょ?」
(そうか、俺はまだ蜘蛛のままだ)
六つ目は空気の抜けた風船のように、しょんぼりとした。
六つ目は思う。
(だけど、俺には権利があるはずだ。ステファニーの晴れ舞台に駆けつけて、感謝の言葉を受け、コンテスト優勝のとびきり美しい蝶の特別な友人として、他の蝶たちから
それは、蝶の世界では凄い事なんだ。その権利が俺にはあるはずだ。彼女の優勝の為に、俺は、これから命懸けの冒険をするのだから)
「でも、もし……」
「なんだい?」六つ目はすねたような返事だ。
「もしも、あなたが私の思っている通りに蝶になっていたら、来ていいわよ。いいえ是非来て頂戴、でないと私、寂しいもの」
「えっ、俺がいないと寂しいって?本当かい?」
「もちろん、本当よ、だって私が優勝したら、それはあなたのお陰だもの」
六つ目は感激した。
「あなたがいなかったら、私、あの恐ろしい蟷螂に殺されていたと思うし、それに、あのシヨンとかいう蜘蛛に私の脚を一本でも食べられていたら、私、コンテストに出られない。そんなことになっていたらと思うと、守ってくれたあなたには感謝の気持ちしかないわ」
六つ目は、ダンスとかいう‘‘バタバタ‘‘をしたい気分だ。何なら彼の巣をトランポリン替わりにして飛び跳ねてもいい。
(この娘はちゃんと解っている。俺は間違ってはいない、弱肉強食の絶対の掟を破ってしまった事に、正直、不安や後ろめたさを感じていないではなかった。だが、もうそれもどうでもいい。彼女さえ俺を解ってくれていれば)
ステファニーは彼の六つの目一つずつに自分を見せるように首を横に振る。
「お願い、あの黄色い薔薇の蜜を私に採ってきて頂戴」
「うん、約束する」
「きっとよ、それで私達、幸せになるわ、幸せはいつも大変なことの後ろにあるのよ。どこかの偉い虫が、そう言っていたって」
(幸せ、そうだ幸せだ、俺達は幸せになる為に生きているんだ。ぼんやりと俺のメシになる虫が来るのを待っていたら何にも変わらない。いつか、ジジイになって、この巣の上で干からびて死ぬだけだ。そんなのは、嫌だ! 俺はやるぞ、やってやる!よし!)
六つ目は、彼の短い生涯の中で、今、初めてやりがいというものを実感した。
HERO!HEROになる時 それは、今! HEROの条件。
それは、女子供に優しく、喧嘩には滅法強くだ。
「君は、少し眠った方がいい」
「あなたは?」
「俺は、作戦を考える。それから朝になったら、その糸を外す」
「私、ここで待っているのではないの?」
「もう、ここへ君を置いておけない。シヨンの奴が俺の留守を狙って、またやって来るかもしれないから」
「そうね、そうなったら今度こそ私、食べられてしまうわ」
ステファニーは、シヨンの事を思い出したのか身震いしている。
「それに、もしも……」
「なあに?」
「もしも、俺が帰って来れない場合も考えての事だ」
「嫌よ、また会えるんでしょ?」
「もちろんだ、もしもの事だよ、俺は、君に必ずあの花の蜜を渡す」
ステファニーの前脚は、六つ目の顔を撫でた。
「必ずよ」
「ああ、もしも俺が帰らなくてもコンテストで会えるさ」
「そうね、あなたは蝶になるんですものね」
「そういうことだ」
六つ目は、いつまでもステファニーの柔らかな前脚の感触を味わっていたかったが、後ろへ下がった。
「俺は明日の準備がある。さあ、もう寝なさい、お休み」
「おやすみなさい」
精一杯、女の前で格好をつけた。後は、 いかにして、あの花の蜜をステファニーに与えるか? 眠りについたステファニーを背に、今、六つ目の考えていることはそれだけだ。
つづく
次回予告 ステファニーの夢と自分の夢を叶えるための出発の朝を迎えた六つ目は、もう一度、歌を聞かせて欲しいとステファニーに頼む。だが彼女は、逆に六つ目の歌を聞きたがるのだった。
次回 六つ目と蝶 第8話 ギフト 六つ目の歌! ギフト 六つ目の歌にご期待ください。
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