第6話 ファンキーバタフライズ

「何故、私が今の私になったのか、蝶になってしばらくの間は分からなかったんだけどね…」

「うん、うん…」

「ちゃんと聞いているの?」

「もちろん、聞いてるよ」

六つ目は、ステファニーの傍にいるだけで、とても満たされた気分になる自分を発見していた。

ステファニーの話は続く。

「あのね、蝶の仲間たちの間で、すごく人気の歌があって、流行っているんだけど、もちろん私も大好きなのよ」

「歌?」

(何故、歌の話になっているんだ?)

ぼんやりとした六つ目の返事にかまわず、ステファニーは話し続ける。

「その歌は、有名なファンキーバタフライズってグループが最初に歌い始めたらしいんだけどね、こんな歌」そう言って、ステファニーは歌い始めた。 


《夢は叶うよ、いつか君の夢が本当になる。夢を信じて、諦めないで、思い続ければ、きっと、きっと、思いは伝わる。夢のほうが君が来るのを、ずっと前から待っているんだ。約束するよ 夢は叶う 信じていれば》

                          作詞 ファンキーバタ吉

                          作曲 鱗粉 シゲアキ

                          BUTTERAC copyright 999


「えっ?!なんだって」



《夢は叶う、信じていれば》誰かが六つ目の中に出来た暗い穴の中から彼を呼んでいる。『おーい俺は、ここだ、ここにいる』



興奮を抑えきれない六つ目は、自分でも驚くほど大きな声を出した。

「もっ、もう一度、歌って」

 ステファニーは、少しびっくりした様子だったが、自分の歌に六つ目が感心したと思ったのか、もっと丁寧に、もう一度同じ歌を歌った。得意満面で感想を尋ねる。

「どうだった、私の歌?」

「驚いたよ、ビックリだ」

 ステファニーは、六つ目からの次の言葉を待てない。

「皆、私の歌を褒めてくれるのよ、すごく上手だって」


六つ目は、ステファニーの歌声よりも、今歌われた歌詞に心を奪われていた。

《夢は叶う信じていれば》


「誰が作ったんだい、この歌」

「よく知らないけど、ファンバタのメンバーの誰かじゃないのかしら、超有名よ、セレブよセレブ」

「ふーん」

「それでね、私解ったのよ、綺麗になりたいってずっと思っていたから、今の私になれたんじゃないかって」

  六つ目は目を大きく見開き、息を吞みこんだ。


「だってそうじゃない?私、毛虫だったのよ、信じられる?!私が諦めずに願っていたから夢が叶って、蝶になったんじゃないかと思うの」


  六つ目は、ついに雷に撃たれた様な衝撃を受けた。全ての脚が小刻みに震える。


(そうだ、そうかもしれない。俺はこのステファニーと言葉を交わす事を夢見て、ただ彼女の姿を目で追っていた。もしあの時、蟷螂カマキリが現れなければ、俺はステファニーに声を掛ける勇気すら持てなかったのかもしれない。そうだ、絶対あの時の俺に、そんな勇気はなかった。だがどうだ、今の俺は彼女の秘密を知る唯一の存在になっているじゃないか、言い換えれば俺は彼女の最も身近な存在だ。いや、それどころか、今は俺がいなければ彼女は生きてさえいけない)


 彼の心の内側に空いた暗い穴の中から呼んでいた何者かが、太陽の下に現れた。それは、新しい六つ目自身だ。よく見ると、その背中に二筋の傷がある。そして、深い穴の出口で待っていたのは一匹の蝶だ。笑顔で彼を迎えている。 

『いらっしゃい、ここが私の世界よ』



(思ったことが現実になる。思ったことが現実になる。思ったことが……。)



「どうしたの?」

長く考え込んでいる様子の六つ目に気が付き、声を掛けた。

「いや、君は凄い事を知っているんだね、俺は初めて知ったよ、思った事が本当になるなんて」

「ふふふ、それほどでもないわ」

「とにかく、君の夢は叶ったんだ、おめでとう」

「ありがとう」ステファニーは、笑顔で応えた。

「初めてよ、そのことで、お祝いの言葉を聞いたの。だって、私が毛虫だった過去を誰もしらないもの」

 

 六つ目の胸は高鳴った。

(俺が知っているのか、そうだ俺だけが、俺だけなんだ)


「ところで、あなたの夢は何なの?」

「えっ?」

「あなたの夢よ」


六つ目も笑顔をステファニーへ向けた。

「俺の夢も叶ったようだ」

「どんな夢?」

「フフッ、うん、いやーそれは」

「ダメよ、私の話だけ聞いて、言いなさい」

「……。」

「ね、あなたは私の恥ずかしい過去を聞いておいて、自分の事を黙っているなんてずるいわ」


 そう言われて、六つ目は、恥ずかしそうにうつむいて前足を揃え、おずおずと、小さな声で言った。


「君とね、君と、こんなふうに話をすることだったんだ……。話してみたかった君と、ずっと考えていたら夢は本当になった」

 ステファニーは満面の笑みを浮かべて六つ目を見つめる。

「まあ、それは光栄だわ、そして、おめでとう」

そう言うと、 二匹は、声を上げて笑いあった。


(なんて可愛い笑顔だ!ステファニー、ステファニー、ステファニー、名前を呼ぶだけで俺は、ジッとしていられなくなるんだ)

  六つ目にとって、何もかも初めての事だ、こんな世界があったのかというのが彼の素直な感想だ。


 だが、ステファニーは突然黙り込み、憂鬱ゆううつそうにうつむき、月の光に照らされた黄色い薔薇の方へ顔を向けた。そして苦しそうに切り出した。

「でもね、私って欲深い女なんだわ、きっと」

「何の話だい?」

 ステファニーの目がキラキラと輝く、六つ目はその瞳から目を逸らせない。ステファニーが何を言い出すのか、不安になった。


「今度ね、ダンスコンテストがあるの、私それに出るのよ」

「そうか、出ればいいじゃないか」

 六つ目はダンスコンテストが何かよくわかってはいない。

(うん?ダンス?何処かで聞いたことがあるような気がする)

「出るだけじゃ、駄目よ。勝たなきゃ」

「えっ、勝ち負けがあるのかい?」

「だって、コンテストですもの」

「ふーん」

「私の夢はダンスコンテストで優勝することよ、地区の予選は優勝したから、次は本戦よ」

 六つ目は優勝がどういうものかも分からなかった。

「どうしたら、優勝になるんだい?」

「ダンスは練習したから、多分大丈夫だと思うけど、とにかく綺麗な娘が優勝するのよ」

「なら、大丈夫、君より綺麗な娘なんていないよ」

「ありがとう、でも油断大敵よ。コンテストには、【課題】と【創作】があってダンスの後で創作意図を審査員や観客の前で言う事になってるの。例えば、滝をイメージしてダンスの振り付けをしました~とか、自分の創作ダンスに名前を付けて発表するの、皆すごく上手よ」

ステファニーはダンスコンテストに出るライバルたちを思い浮かべているようだ。

「夢をあきらめなければ、きっと叶う。だろ?だから君が勝つはずだ」

 六つ目は言ってみた。

 それに対するステファニーの答えは、こうだ。

「皆、夢をあきらめてないのよ、そんな娘ばっかり。噂では、選手が審査員の彼女だったりすることもあるって。とにかく優勝する為ならなんでもあり。だから、どうなるか分からない」

「えっ、審査員の彼女?」

「あくまでも噂よ。もちろん私はちがうわ」

「?……」

「でも、私もせっかく蝶になれたんだから、この夢を叶えたいのよ」


 若者の夢を食い物にするどこの世界にもある話だが、当然のように賄賂や他の贈り物がものを言う世界がこんなところにも存在している。以前の大会で入賞者の彼氏が200万ハニーの賄賂で自分の女の優勝を買おうした事実が後々明るみに出ている。だが、ステファニーはそのような腐敗の事実を知らない。こんな裏がある事を知れば大半の競技者は大会に参加しないであろうが、それを承知で優勝を取りにいく、ある意味強靭な精神の女たちもいることは確かだ。


  六つ目は、ステファニーの話を半分も理解できていない。ただ、自分ならコンテストに出なくても、蝶の羽で飛び回れるだけで充分な気がした。それにコンテストにどの様な価値があるのか説明を聞いても全然ピンとこない。

「優勝すればどうなるんだ?」

「会場には何千って蝶が集まるのよ、そこで名前を呼ばれるの。それってすごくない?一躍セレブの仲間入りってわけ」


 六つ目は、蝶たちの群れを思い浮かべてみる。

(それは壮観だろう、だが、狂気じみた美しさだ。頭の芯がしびれてくる。

それが蝶の世界の価値観なのだろうか?審査員の彼女が選手?どういうことだ?理解できない)

そんな考えが頭をもたげてくる。だが六つ目は、嫌悪感を覚えそうになった自分を慌てて否定した。


(蝶たちの世界がどうなっていようと構わない。ステファニーの夢を叶えてやりたい。いや、正確に言うとステファニーの夢を叶えられる自分になりたい。そうしたら、彼女は俺を褒めてくれるだろう)

そう思うだけで六つ目はウキウキとした気分になるのだった。

「俺に出来ることはないか?」

「手伝ってくれるのー?やっぱり、あなた優しいのね」


[優しい]の意味も今一つ理解出来ていなかったが、ステファニーが何か言ってくれる度に何でもやってやろうと思えてくるのだった。


 

                 つづく



次回予告 ダンスコンテストに出るステファニーの為に何でもしようと決意した六つ目にステファニーは、恐ろしい要求を突きつける。シヨンへの嫉妬心と自分を忘れてもらいたくない一心から六つ目は覚悟を決める。


 次回 六つ目と蝶 第7話 新しい夢! 新しい夢にご期待ください。

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