第4話 永遠の被害者

(私の脚が食べられてしまった)

 いつも雄の蝶たちに褒めそやされる自慢の脚だ。

 蝶は恐る恐る自分の脚を覗くように確かめた。

 だが、彼女の脚は無事だった。そして、蜘蛛クモの姿を探した、

(いた、確かにそこに一匹の蜘蛛がいる)

 蝶は彼女の側に立つ蜘蛛のシルエットを確認した。


「大丈夫か?」

(六つ目だ、六つ目が帰ってきたのだ。では、あの目の細い、角張ったあごの蜘蛛は何処へ行ってしまったのか?)

蝶の頭の後ろの方で声がする。

「いてええ、うごっ」

 蝶を食べようとしていたもう一匹の蜘蛛は、六つ目の体当たりを受けて、巣の端まで吹っ飛ばされていたのだった。頭の上のオレンジのキノコが、小刻みに揺れている。


(ヘンな頭)

 蝶は、この状況の中でもそんなことが頭に浮かぶらしい。


「なんだよ、暴力反対!少しくらいいいだろうがよー、脚の一本くらいはよー。」

 細い目の蜘蛛は、六つ目の体当たりを食らった箇所を見せながらわめく。

「見ろ、怪我してるじゃないか!賠償しろよな、俺は何にもしてないのに、おまえが急に襲い掛かってきたんだからな」


 六つ目が黙っていると、さらに調子づく。

「謝罪だ、謝罪!心からの謝罪と賠償を要求する!解るだろ?」


 この蜘蛛の口癖は解るだろ?に加えて謝罪と賠償だ、蝶にもそれは解った。


「俺は、お前たちに無理矢理この森に連れて来られたんだからな、お前は、俺に食い物を寄越す義務があるんだ」

 

六つ目は反論を始めた。


「シヨン、いい加減にしろ、確かに俺達は遠い故郷からこの森にやって来たが、それは俺達、蜘蛛の掟だ。あんなに高く遠く空を飛ぶなんて、もう一度やれと言われても出来ることじゃない。あれは、俺にとっても大冒険だったさ。ビビリのお前が怖かったってのも解るつもりだ。だがな、あの時お前は泣いて俺達に連れて行ってくれと頼んだ。俺達が断っても、お前はしつこく食い下がった。だから別の一族のお前を仲間に入れてやったんだ!忘れたのか?何処かに蜘蛛の楽園があるとか、本当の自分を探すとか、寝言こいてやがったのはシヨン、お前だ!いまだに自分の巣も作らず、仲間の目を盗んで食い物をチョロまかしてるお前が、ごちゃごちゃぬかして被害者ぶってんじゃねーぜ。そもそもお前らの種族を信用出来ないと言ってた大人たちがいたが、俺は、酷すぎると思ってたぜ、お前自身に罪はないって反論した。だがな、あの年寄りの言ってたことは、本当だった。今は、お前とかかわった事を後悔してる。」


 シヨンと呼ばれた、キノコ頭の蜘蛛は、ピクリと身体震わせて、六つ目を恨めしそうに睨む。


 六つ目の話は終わらない。

「空を飛んだあの時もお前は、自分の糸さえ出さずに楽してやがったよな?」

「なん、何の事だよっ」

シヨンと呼ばれる蜘蛛の声は、先程と違って小さい。


「みんなの協力が大事とかなんとか言ってたよな?お互いに知恵を出し合ってとか。お前は俺達にいつでも面倒な事は全部やらせて、綺麗ごととメシだけは、三人前だ」


「そ、それはー、誤解だ、言い掛かりだぞ、俺はチャンと……」

 シヨンは図星を刺されたのか、明らかに動揺している。反論しようと口をパクパクさせるが、言葉は出てこなかった。


 六つ目は容赦しない。

「それに、高いところが怖いって泣いて、ションベン漏らしやがって、そんなお前をここまで運んでやったんだ」

「ウソをつくな、あれは他の奴のションベンだ。それに過去のことを持ち出すなんて汚いぞ!俺達、これからは未来志向じゃなきゃ駄目だ。未来志向だ。解るだろ?」


 どうやら、この蜘蛛は自分の言っていることの矛盾むじゅんにさえ気が付いてはいないようだ。


 六つ目はもはや議論する気などない。何度となく、この蜘蛛に騙されてきたのだ。いや、この蜘蛛のその場かぎりの言葉に騙されてきたのは六つ目だけではない。

「未来?どの口が言ってるんだ?!ありもしない過去の作り話で、たかることしか出来ないお前は、あの時のままのシヨンだ!噓つきでションベンたれのシヨンのままだ」

 シヨンは、うつむいて、六つ目の視線をのがれた。


「俺は、俺は……ほんとの、本当の俺は、まだ本気出してないだけで……俺がチャンとしようとしてるのに周りが悪い、差別だ。そうだ俺は差別されてるんだよー。俺は平和な楽園に生まれてくるはずだったのに、お前たちの一族が侵略したんだぞ」

 キノコ頭のエラの張った蜘蛛は、脚を滅茶苦茶に動かして地団駄を踏む。


 六つ目は、大きなため息をつく。この馬鹿の妄想に付き合ってる暇はないと言わんばかりに。

「馬鹿言ってんじゃねー。てめーらの祖先に全てを与えて、奴隷の身分から自由にしたのは俺の種族だ。同じ蜘蛛の仲間として扱った。だがお前らは!」

(今日こそはこいつを殺してやろうか?だが……蝶を怖がらせたくない)

 そう思って、とっさに自分の気持ちを抑えた。



「シヨン、シヨンよく聞け、いい加減に働けよ、朝早く起きて巣を張るんだよ!」


「うるせー、俺は、貴族なんだ、この世は働いた奴の負けなんだよー!俺は、俺は、本当は本当の俺は王子なんだ、お前らとは違うんだよ。今頃、本当はうまいもん食って、女にもてて、いいとこ住んでエ、ハぎゃんqazwsxードンゴン¥bokkenうッがにいハ玄rfvtgb*ダーげyhnujm⊕SAヨーッM荷駄」


 最後の方は何を言ってるいるのか分からない叫びを発しながら、シヨンは六つ目の巣から走り去った。言葉の意味は解らないが、吐き気がしそうな響きが蝶の頭に残る。


「本当、本当って、今いるお前の他にお前がいるか?!馬鹿な奴だ」

 そう呟きながら、六つ目は、集めてきた蜜を蝶の胸の上に下した。


「怪我はないみたいだな、良かった」

「怖かった、本当に恐ろしかった」蝶は、絞り出すように声を出した。

「あなた強いのね、それに優しいわ、あの蜘蛛の為にお説教までしてあげて」

「いや」

 六つ目は、くすぐったい気分だ。

(やはり、奴を生かしておいて良かったのだ)

 褒められた六つ目は、自分の選択が正しかったと確信した。


「何なのあいつ、本当にセレブなの?そんな風に見えなかったけど」

 セレブの意味が六つ目には解らない。

「ほら、貴族だって自分の事を言っていたじゃない?あいつ」

「ああ、あいつの名前はシヨン、他の種族の蜘蛛だ。本当の名前は忘れたけど、俺達がここへ飛んできた時、ションベンを漏らしたから、皆、奴のことをシヨンって呼んでる。ションベンを短くして、シヨンだ」


「弱虫ね。それに誰かが作ったような顔をしてる」

 蝶は、馬鹿にしたように言った。

(あんなヘンなキノコ頭の男を好きになる娘がいるのかしら?でも、女の子達は、あーいうのが案外と好きかもしれない、誰かが褒めると何にでもすぐ、アリのように群がろうとするから……それに案外、あいつのことを可哀想とか思う娘がいるかも?)

 残念なことにこの蝶の想像が当たっているのだから恐ろしい。


「俺は、貴族ってよく判らないんだけど、シヨンが言うには、貴族は自分で食べ物を捕らないで、他の奴が捕ったものを食べて暮らしているらしい。俺が思うに、それは泥棒と同じに聞こえるけど。多分、貴族というのは態度のデカい泥棒のことじゃないかな」

六つ目は、自分なりにシヨンの言う貴族というものについて考えていたことを話した。

「ふーん、私の知ってるセレブのイメージと少し違うみたい」

「さあ、奴のことは、もういいから、集めてきた蜜を食べてみてよ」

「はい、いただきます」

 蝶は、蜜を吸い始めた。

「おいしいわ」

「本当に?」

「うん、すごく」


 六つ目は嬉しさを隠せない、疲れも忘れて食事中の彼女を笑顔で見続けた。

(あれ?俺は、この娘と、さっきから楽しく話しが出来ている、何故だろう?……。シヨンの奴からこの娘を助けたからなのか、うん?でも蟷螂カマキリからも助けたし……。まあいいか、でも、俺の夢は叶ってしまったぞ、思ったことが現実になる。不思議だ。今、俺は何か大事なことが解りかけているのでは?)


「どうかしたの、何を考えているの?」

 蜜をすっかり吸い尽くした蝶は、考え込んでいる様子の六つ目に声を掛けた。

「いや、何でもない」

 六つ目は、笑顔で応えた、彼女を見ると自然と笑顔になってしまう。

「すっかり吸ってしまったね、明日は、また別の蜜にしようか、君は何の蜜が好きだい?」

 六つ目は、彼女の為に何処へでも行って、どんな花からでも蜜を採ってきてやりたい気持ちになっていた。


「えー」

 蝶は、考え込んで、

「やっぱり、わたし、あの黄色の薔薇の蜜がいいわ」



                  つづく

次回予告 シヨンの襲撃から命を救われた蝶は、心を許したのか六つ目に誰にも話していない自分の重大な秘密を打ち明ける。


次回 六つ目と蝶 第5話 秘密! 秘密にご期待ください。



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