時系列不明編

一時の安らぎ

「今日はいい天気だな」

「雪翔」

「絶好の洗濯日和だな!他に洗濯して欲しいものはないか?」

「…雪翔」

「あぁ、そうだ!腹は減ってないか?飯にしようか!」

「雪翔!!!!」


「どうした、陽太。そんなに怖い顔をして」


「ここは、何処だ」


「…ここは俺の家だよ。陽太」



絶好の洗濯日和など嘘だ。

外では雨が降っている。

土砂降りで外に出ることは難しい。

洗濯物など干せるはずはない。



特にここは湿気が強く、じめじめとしている。



地下室だ。




「お前の家って…」

「陽太は今何を好んで食べている?肉だったな。野菜も食え」

「っ…断る」

「それは却下だ。流石に野菜は食べなさい」

「…」



陽太はそんなことが聞きたいわけでわけではない

と、言うのは流石にわかる。



「どうして、俺をここに連れてきたんだ」



どうしてだろうか?

そんなものは、お前が一番わかっているはずだ。


陽太



「お前をジャームにしない為だ」



陽太は先の戦いで、ジャームになりかけている。

ジャームになってしまえば

おそらく陽太は妄想が炸裂し

陽太の周りの者全てが敵に見えてしまうだろう。



俺はそれが恐ろしかった。



「…陽太、自分がどれだけ危険だったか理解してるか?」

「…それは」

「こうならない様にずっと護ろうと努力してきた。俺の唯一の家族はお前なんだ。あの時守ると決めたのもお前が最初で最後だ」

「…」

「もう、お前を失うのは嫌だ」


本心だ


陽太に幾度か嘘をついたことはある

しかし手元に置いておきたいのは本当だ。


失いたくないのも本当だ。


「…でも、俺には仲間がいる。仲間を見捨てたくない。ここでのんびり監禁されたくないね」

「だろうな、お前はそう言う奴だ」



だから



その記憶は消してしまう



火を使わずに香るアロマ

しかし不思議とアロマからは煙が出てくる。



「雪翔…?おい、ここ地下室だろ。煙なんて焚いたら」

「大丈夫だ。火は使ってない」

「窒息はしちまうだろ。雪翔」


俺は陽太に背を向けたまま、アロマの煙をただただ眺めていた。

だがそれは直に阻まれ、陽太は俺の肩を掴んだ。


俺はそのまま引っ張られ、陽太の方を見る。


「ゆき…」

「陽太、俺と同じになろうか」

「?!」



「家族のことだけしか考えられず、家族を手元に置いておきたいのは俺だけだなんて寂しいじゃないか」

「っ!」


俺はそのまま陽太を抱き寄せる。

陽太は俺と二卵双生児

だがやはり兄弟、特質はかなり似てるのだ



ならば心も同じであるべきでは無いか?



「別にこの先お前が誰かと共に過ごそうが構わない。だが――俺を忘れないで欲しい」

「今まで、忘れてなんか」


「消しただろう?ひとつ。いや、消されたが正しいか」

「お前、あの時のこと」


「薬の効きが悪いな」

「は?………っぁ……な、に」


ガクン、と陽太の力が抜け、脚が下がる。

俺は陽太が倒れないように陽太を支え続けた。


「仕方ない。お前は1人で何でもできる様になりすぎた。俺を必要としなさすぎた。ただ正常に戻るだけだ。」

「まっ……なん…………変……はな、せ…雪翔……」


離さないぞ


「雪、雪翔、ゆきと、こわ……こわい、こわい、待って、いやだ、やめてくれ、俺をここから出して、出して…いやだ、消えたくない」


「消えない。いや、消えるが消えない」


陽太は元に戻るだけ。

俺をバケモノではないと叫んでくれたあの時の様な陽太に。


「ゆきと、なんで。俺、お前を心配…。……ぁぁぁぁぁぁぁあああああ」


「そう、俺を心配してくれたか。あの時もそうだったな…陽太」

「雪翔は…化け物じゃ……ぁ………俺も、にんげ…ん……の形をした、ナニカ」



「そう、俺たちは人間の形をしたナニカ」

「俺は、俺たちは……双子、だろ。いつも、一緒だろ」

「なら離れ離れになるなんて」

「ありえ…な…………ぁっ……やめろ、やめろ!!!!!!!!」

「っ!!!」



我に帰った陽太に突き飛ばされ、床に倒れ込む

顔を見上げれば陽太は逃げ出しはしないものの

俺を見て酷く怯えている。


いや、嫌悪か

その顔は次第に怒りへと変わり

俺を”醜いもの”として見上げてくる。


「おま…え……FH……ダカラ」


あぁ

まだあの時の呪いが、消えないのか


俺がFHであるが故に、陽太は俺と同じになれない様だ。


「くそ、マタ……記憶が…お前いい加減に……しろよ……また、思い出セナイ…」


失敗か。

いつも試みている実験


嫌な気持ちを、記憶を消す煙草に

気持ちを和らげる香

そして俺の言霊


陽太の嫌な記憶は確かに消えているのに、消しているのに

UGNの忌々しい実験のせいで刷り込まれた""FHは滅ぼす""との常識


これさえ無ければ、陽太は既に手中に堕ちていた。

しかし堕ちない。

UGNにかけられた呪いが、俺達双子の邪魔をするのだ。


故に、更に不完全な神崎 陽太になる。


「……お前が何をしたいのかわからないんだよ…雪翔…」


ただ

俺から逃げようと言う意思は消えたのか

陽太が逃げ出す様子はなかった。


ただただ

俺が、神崎 雪翔の考えることがわからないと

魘される。


「俺はお前の呪縛を解放したいだけだよ」


「……」


陽太はため息をつき、上へと上がっていく。

流石にこんな地下室にいてはまともな考えがまとまらないのだろう。




「…何処が洗濯日和だよ」

「ん?聞いていたのか、あの言葉」

「大雨!!!土砂降りじゃねーか!!」

「ハハハ」

「笑うんじゃねえ!!!!!」


地上に出て落ち着いたのか、陽太は陽太らしさを取り戻した。


これでは帰れないと悟ったのか、陽太はベッドに仰向けで寝転がる。


「俺を縛り付けておきたい癖に、ベッドは一つしかないんだな」

「あぁ、一緒に暮らすなら二つ用意しよう。おっと、疲れただろう。珈琲を入れようか」

「あぁ」


狭すぎないが、ワンルームと言われるであろう部屋。

街の離れにある、地下室のある一軒家。

そこが今俺達の居る 俺の家だ。


寝転がる彼からそう遠くない台所でコーヒーを淹れる。

(いつもならここで薬を入れるが、まぁ意味は無いな)



珈琲を二つ用意し、テーブルに置く。

こうやって陽太と食事をする為だけにあるテーブルだ。

その為に椅子は二つあった。


流石の陽太も起き上がり、椅子につく。

俺も陽太の向かいに座り、珈琲を手に取る。


「ミルクや砂糖はいるか?」

「いらない。ブラックで良い。……お前が淹れた割には美味いな」


陽太もブラックを飲むということはわかっている。

彼を調べて来た調査の結果、と言うのもあるが、俺もブラック派だった。


こうして何気なく、仕事も考えず、オーヴァードのことも考えず

一時の休息を味わう。


二人でこんなことをするのはいつぶりだろうか?



果たして、そんな時間今まで存在しただろうか?



「……雪翔」

「何だ?暮らす気になったか?!」


「……お前は俺を呪縛から解放したいって言ってたけど……俺は、お前が俺…神崎 陽太と言う呪縛に囚われ過ぎてるんじゃねえかって思うよ」

「…」


陽太から意外にも、先ほどへの返答があった。

いつもであればどうでもいい、等と突き返していたというのにだ。


しかし陽太の意見は最もな意見だ。

それは、今まで幾人かにも言われ続けてきた。


不毛だと。



俺はあの時、捨てられた時からずっと

陽太のことばかりを考えてきた。


俺が陽太に執着する限り、陽太は俺と言う呪縛から解放されず

俺は陽太という呪縛から解放されない。


呪縛から解き放ちたい、だなんてただの綺麗事で矛盾でしかない。



「FHは、皆何かしら欲望を持ってるんだ」

「欲望?」

「そう。陽太なら――何だ?」

「俺、か。日々酒を飲む為にのうのうと生きてるよ」

「はは、それもまた欲望だな」


「…お前は?」

「…俺は」



「支配、だよ」



陽太は絶望し、更に恐怖するだろうか。

しかし、俺の元にいれば自ずと知ることになるのだ。

今更遠慮など無意味だ。


だが、陽太の反応は予想とは違っていた。


「だと思ったよ」

「え」


「お前は俺を支配したくて仕方がない。綺麗事を日々並べているだけの我儘な兄貴だ」


先程から陽太に確信ばかりを突かれている。

正直な話、動揺している。


「は、はは」

「お前でも動揺するんだな。なら…余計にお生憎様。お前のもんにはなってやんねーよ」

「お前な」

「つか、俺はこうして毎日ダラダラしたいわけじゃ無いよ。刺激のある日々を送って、たまにこうしてお前とお喋りをする。俺はこれで満たされる」


「陽…太……」


「それに、俺の溢れそうになってた侵食抑えてくれたの、さっきの香だろ?ありがとな。記憶弄ろうとしたのは許さんけど」


今日の陽太は何かがおかしい、そう確信した。


「陽太、さっきの実験で何かおかしい所はないか?!お前が正論を言うなんて異常だ!!」

「失礼だな?!ずっと思ってたことを口にしただけだよ!!つか、やっぱりさっきの実験か!!」

「おっと、俺としたことが口を滑らせた」

「お前な……」

「……っく……はは……どうあがいても俺とお前はやっぱり双子だな」

「あん?何を当たり前のことを」


本当に、そう思う。

双子なのだ、俺達は。

二卵性双生児なので何もかもが似ているわけでは無い。

正反対の部分もいくつかある。


しかし重なる部分があるのもまた事実。


「昔からお前と俺の好みは正反対だった。 だが、稀に重なることがある。珈琲もその一つだ」

「はぁ?」

「頭脳の出来は正反対になったのが残念だけどな」

「喧嘩売ってんののかお前……けど、考え方はそっくりだよ」

「考え方?」


「もしも俺とお前の立場が逆だったらって考えたことは何度もある。もしもFHに居たのが俺で、UGNに取り残されたのがお前だったらって。そうした場合―――俺はやっぱりお前に執着してただろうな」


考えたことが無いわけでは無かった

もしも俺が、FHを毛嫌いするほどの洗脳にかけられ

それを救おうとする陽太


しかし、そんなことはあり得ないと直にかき消してしまうことが多かった。


実際の未来は俺が執着しているのだから。


「お前の衝動は吸血だったな。もしも取り残されても俺の血を求めているのであれば、FHに入った俺を見て葛藤する姿が見られたんだな。血は欲しいけれどアイツは殺すべき敵だってさ。

っく、良いなソレ。そう言うお前を想像するのは楽しいな。俺はお前に血を吸ってもらいたいし、UGN抜ければwinwinの関係だろってさ?」

「…それは、血を吸って欲しいと言うことか?」

「違う、もしもの話だってば」

「そう言えば先程貰えばよかったな!今貰う!」

「ちょっ」


1日に一度は飲みたい血

血等、鉄の味しかしないと思っていた。

しかし陽太の血は、どうも美味しいのだ。


それこそ麻薬なのではないかと言う位には。


「…この状態で聞くけどさ、何であんなに馬鹿でかい地下室あんの?」

「ん……」


ゴクリと血を飲み込む。

今日も美味かったと一言添え、陽太から離れる。


「お前がジャーム化したら完全獣化している可能性があるからな。流石の俺も暴走を抑えるのは難しいからな。暴走しているお前を監禁するために用意した」

「地下室用意するならベッド用意してくれた方が嬉しかったなー」

「ハハハ!それはお前が此処で暮らすのであれば考えると言っただろう!………地下室は1人でも使いようがあるが、ベッドは2つあっても無意味だからな」

「…それもそうか」


雨はまだ止みそうにない


「暇だから、さっきのシナリオ…お前の妄想力でもう少し考えてみてくれ。新たな扉が開けそうだ!」

「何だよ新たな扉って。人を妄想狂みたいに言うなよ」

「妄想狂だろ」

「失礼な」


「…うーん…俺研究とかできないからなー…まぁ…俺とお前の立場が逆じゃなくてよかったなとは思うよ」

「俺としては叶ったりだが」

「お前も俺と同じ洗脳受けてたとしたら、その考えの雪翔は存在しない」

「確かに」


「俺と雪翔の立場が逆だった場合―――俺はお前を殴って気絶させて拘束できるよ。簡単にな」

「…………………………それは俺に力が足りないと?」

「お前の得意分野は相手の動きを封じる事だろ?俺は物理的に弱らせる」

「…いや、抵抗――」

「させると思うか?何ならオーヴァードなら一度死んだ程度じゃどうってことは無い。一回殺しとくかもな」

「俺は陽太を傷つけたくないんだが!?」

「お前は記憶と精神弄るだろ。こっちは物理なだけだっての」

「ま、お前は簡単に捕まって。何なら記憶操作できる奴がいたら記憶操作しておしまい!おっとお前より簡単にFHに引き込んじまった。いやぁ、悪いな」

「酷い暴論だ」


何てことはない会話を、もしもの会話を繰り広げる。


『俺はこうして毎日ダラダラしたいわけじゃ無いよ。刺激のある日々を送って、たまにこうしてお前とお喋りをする。俺はこれで満たされる』


会話の中、先程の陽太の発言を何度も頭の中で繰り返す。

こうして楽しいという感情は毎日欲しいものだけれど

それでは確かに刺激は足りない。


たまにが丁度いい


「さて…小雨になってきたな。買い出しに行こう、陽太」

「えー…俺折角のオフなのに」

「たまには手料理でも振る舞ってやる」

「ハァ……そーかいそーかい」

「陽太の作る男の料理も嫌いじゃないぞ。栄養バランスは最悪だけどな!」

「一々喧嘩売ってくるな!」


とは言え…今日このまま、一時の安らぎを味わってもバチは当たらないだろう。



明日からまた敵同士

俺は俺の欲望の達成の為に動くだけだ。

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