第8話 答え合わせ

もう8年も前の事だっただろう。


親元から離れた俺は、陽太と町から外れた山にあった小屋でひっそりと暮らしていた。

俺がオーヴァードに目覚めてから、両親に捨てられた。

目覚めていない陽太も一緒に、だ。

当時10歳だったとはいえ

まだ幼かった俺たちは当てもなくさ迷うしか無かった。


「君達オーヴァードだね?」

「誰だおっさん」


そんなある日一人の男が現れた。

黒いシルクハットにスーツ姿、黒い髪に金色の瞳。

山に来るような恰好ではない、恐らく最初から俺達目当てでここへ来たのだろうと察した。怪しいことこの上なかった。

隣にいる陽太は眠っていて起きる気配は無い。

俺は陽太を庇う様に前に出た。

男は自分を研究者だと言った。より胡散臭さが増した。


しかし、聞き慣れない単語に首を傾げる。


「オーヴァード…ってなんだ?」

「まぁ、簡単に言えば力を持つ者だ。こんなところに子供二人…至って普通なわけがない」


力と聞き、あの時陽太を噛んでしまった時のことを思い出した。

目の前の男は胡散臭いが、俺がこうなってしまった原因を聞けるかもしれないと思ったのだ。


「…弟は…違う、と思う…けど俺、陽太を噛んじゃったんだよ。その血が、凄く美味くて、飲みたい衝動にかられた」

「ふむ…」


男は俺の話を茶化すわけでもなく、怖がるわけでもなく真剣に聞いてくれた。

それは紛れもなくオーヴァードの力が覚醒したことによるモノだとも教えてくれた。


どうやら俺はレネゲイドウィルスの所為でオーヴァードに目覚めてしまったらしい。

しかし、それが目覚めたものだとわかった所で

俺がまた陽太を噛んでしまうかもしれない、と言う可能性が消えたわけでは無かった。


「行く当てがないのであれば私の所に来るかい?」

「おっさんの所に?」


陽太をチラリと見る。

男は、勿論そちらの弟君も一緒に、と付け加えた。


「……おっさん怪しいな。情報提供は感謝してる。けれど具体的にどんな場所なのか教えろ。話はそれからだ」

「随分と肝が据わった少年だ。良いだろう。」


男は自分をFHの人間。

敵であるUGNに対抗する為、優秀な人材を集めているんだとか。

また、おっさんが声をかけなくてもその内声をかける人が出るだろうと忠告もされた。


子供がオーヴァードに目覚めることは珍しくはないが

人としての成長も未熟な子供がオーヴァードとして完璧なはずがない。


「……俺は陽太を護れるなら…それでいい。」

「しかしまだ未覚醒の弟君はFHで生き残れるかどうかは心配だが…………そうだ、UGNは敵ではあるがツテがある。二人とも…そこで実験体にならないか?」


護れるなら良いとはいったが

それに対する問いに、実験体にならないかと聞いてくる男が今までにいただろうか。

いや、いない。


「おっさんどうかしてるな?実験なら普通自分の所でやるだろ。と言うか最初から怪しいと思ったんだ。俺達の様な子供を集めて実験をする…それが目的だろ。」

「確かに一理あるが、私は君達が成長しやすい場所を提供しているに過ぎない。私が言うのもなんだが…FHは残虐なモノも少なくはない。我々が育ててやってもいいが――正常でいられるとは限らないぞ」

「…………」

「見知らぬ土地に預けられるが不安であれば、スパイ行為だと思えばいい。何もただ其方に預けるだけではない。定期的にお前達の様子を見に行く。その時に研究所で手に入れた”データをこちらに提出してもらう。ある程度データを徴収できた所で施設を壊し、お前達の身柄を確保する。どうだ?」


つまりこのおっさんは

FHに俺を入れ、いきなりスパイとしての役目を果たせと提案してきている。

FHにもUGNにも、俺の存在がまだ知られてない今だからこそできるチャンスだと


「FHに来れば弟を守り続ける手助けをしてやろう」


普通であれば、こんなバカげた提案お断りだろう。

だが


「良いな、それ最高だな。相手を騙すのは―――嫌いじゃあない」

「ほう?それは奇遇だな。私も同じだ」


聞けば、UGNは人間とオーヴァードの共存を願っている者が多いらしいが

俺は自分を、陽太を恐れていた母と父を見た時、既に人間への興味は無くなっていた。

共存何てバカげている話だと思った。


「俺は陽太と共に実験体になって、最終的に施設をぶっ壊す。最高のシナリオだ、良いよ、協力するよ。」


毒されているわけでは無い

陽太を護り、親の言う通りバケモノになれるなら何でもよかった。

散々化物だと罵ってくれたのだ。


本当にそうなってやろうじゃないか


「あ……でも、陽太には言わないでおいてくれ。こいつ不安でいっぱいだろうからさ」

「不安なら計画を伝えるべきでは?」


最もだ。いっその事陽太と二人でこの計画をできればそれが一番良いだろう。

しかしオーヴァードになった影響だろうか

そんな事は今となってはもう、わからない。


「俺は、陽太がんだ。だから――計画は年月をかけ綿密に話そう。そう言う条件付きだ。」


「OK、良いだろう。ならその時が来るまで暫し修行をしてくるんだな」

「任せておけ」




-----



あれから幾年か経ち

俺の目論見通り、”陽太が”研究所を破壊した。


『助けて!!!』

『誰か!!あいつを処分しろ!!』

『誰かいないのか!!誰か!!ギャッ』


もう壊しても問題ないと男に言われ

施設に潜り込んでいたリーダーはそこらの研究員を操り俺と陽太を引き剥がした。


見事に陽太は暴走した。


―一つ気がかりなのは、陽太がリーダーを見た時こわばっていた気がするが気のせいだっただろうか?―



俺は、陽太がシナリオ通りに動いてくれたことに喜びを得た。

陽太は俺が居なければ何もできないから。

俺が居なければ、アイツは可哀想な子だ。



いつしか、陽太にそう思い込んで欲しいと思っていた願いは

俺がそうであると思い込んでしまっていた。



施設が半壊し、静寂が響き渡る頃

陽太は真ん中に座り込んでいた


コレで陽太を連れてFHに行けば自由だ

陽太を守る事が出来る。


そう思ったのだが、リーダーに止められた。


「…………もう少し彼を泳がせてみてはどうだ?」

「何……?」

「おそらくあのまま連れてきてもアイツは我々に牙を向くだろう。聞いただろう、暴走していた時に放った言葉。お前らはFHだと。もしかしたらUGNの研究員が彼に”FHは敵視するのだ”と刷り込んでいる可能性はある。更に今は混乱している。そんな精神状態の男を連れて行っても反抗するだけだぞ?」


確かに陽太は驚くほどFHに対して敵意を剥き出しにしていた。

まるで親の仇かの如く、FHを見る目が鋭かったのを覚えている。


―あいつが怒るのは俺に関することが多い。両親の事でも思い出したのだろうか?


しかし、あのままFHを憎まれていたら連れて行くものも連れていけないのは確かだと思った。


「ならどうしたら」


「簡単だ。ここ最近の記憶を消してしまえばいい。薬やエフェクトを使えばどうとでもなる。そして時間をかけどんどん記憶を欠如させ……本当に大切なものが何かわからなくなった時に彼を引きずり込めばいい。アレは壊れやすい。そうだろう?」


とんだ狂った提案だ。

人が大事に、護りたいと思っていた陽太に手を出すというのだ


しかし

その提案は俺にとって魅力的な蜜のように感じた。

甘く、一度食べたらハマってしまいそうになるだろ。


「何だ、やっぱりFHの味方をして正解じゃないか。そこまで提案したんだ、最後まで付き合えよ、リーダー」

「勿論だ、我が友よ」




「雪翔、居ない、居ない、あの男が、連れて行った。雪翔、何処だ」

「陽太、あんまりにも壊すから心配したんだぞ?」


「雪翔、雪翔、居ない、居ない」


目の前の男、陽太は俺が目の前にいると言うのにこちらと目が合わない。あっても俺を俺だと認識していないようだ。

「…俺も敵に見えるんだな、陽太」

「お前が雪翔を何処かへ隠したのか!!」

「ッハハハハ、良い子だ陽太。兄ちゃんは陽太が成長して嬉しいよ、研究所壊してくれてありがとな」

「何で、何で!!!!アイツをどこにやったんだ!!!」



「でも、そろそろおねんねの時間だ。お前にこの記憶は要らないよ」


「だからゆっくり休んでろ、いつか迎えに来るからな」


陽太の後ろから、リーダーが目を覆う。

アロマだろうか、薬だろうか

何を使っているかは明確にはわからなかったが

暴走していた陽太が次第に落ち着いて行く姿が見えた。


「雪翔…………」


最後に俺の名前を呼ぶと、陽太は意識を失った。

俺は倒れた陽太をそっと撫でた。

今まで一緒に居たのに暫くのお別れか


と思うと胸が痛んだ。


「陽太…」


「さて、行くぞ。私のセルに来たからには仕事は山積みだ。お前にお似合いの仕事が待っているぞ。先ずは―――この研究所から逃げ出した残党の処理だ」

「あぁ――俺の大事な陽太をあそこ迄壊した研究員には鳴いてもらわなければ困るな」




陽太が成長した時だろうか、俺が成長した時だろうか

いつ迎えに行けるかはわからない


けれど迎えに行ったその時は―――きっと涙の再会が待っているだろう。






「…リーダー………待ってくれ…………」

「……」

研究所は、山にあった。

残党を狩り終えた俺達は、下山をしているのだが


俺がバテた。


「……雪翔、お前はもう少し体力をつける必要があるな」

「エッ」

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