第7話 暴走

※1 この話は、GMである御影 イズミのオリジナルシナリオ【楽園卓 ― 通称ツッコミ不在卓 ―】 にて公開した話となります。

話自体はシナリオとは関係ありませんが、その話に少し加筆したものとなります。


※2 このシナリオのベースはGMに相談して作ってもらったものです。加筆のほとんどは私ですが、GMに感謝いたします。


雪翔⇒No.2954886

陽太⇒No.2954887

-----------------


此処に来てから8年経っただろうか

最近、脳を弄られることが無くなった。

実験台にされている間に比べ、感情がまともに戻ってきた。


それもこれも、健気に話しかけてくれた雪翔のお陰かもしれない。


「陽太、今日は依頼は無いんだろう?」

「無いよ」

「ま~だ言葉が少ないな~。兄ちゃんは心配だぞ?」


顔をグリグリと弄られる。

ちょっと前まではこの行動が鬱陶しかったが最近ではもう慣れてしまった。


「はは、ありがとな。感謝はしてるよ」

「感謝”は”って何だ!?感謝されるような事しかしてないだろう!?」

「ハイハイ」


少し前まで、と思っていたのが嘘かの様な解放感だった。

当たり前なのだが、脳を弄られないというのは気分が良いものだ。

これで本当にようやく兄弟二人、前を向いて歩いて行ける。

恐らく俺達2人はココを出てUGNで働くことになるのだろうと思っていた。


正直人の頭を弄ったUGNは全く信用はできない。

だが、これもそれもFHの所為だ。

FHの人間が俺達を此処に閉じ込めた所為で俺はココで酷い目にあった


で、あればFHの敵対組織であるUGNにつくのは自然な事。


――この時の俺は FHの所為で閉じ込められたと理解はしていたのに、そこに対して何の疑問も持っていなかった――



俺も雪翔も18になって間もなくの頃

安泰の時は跡形もなく崩壊した。


「今日はNo.2954886を使用した強化実験を行う」

「アレはまだNo.2954886には早すぎるのではないか?」

「なに、No.2954886には素質がある。おそらくジャームになることはないだろう」

「では、No.2954886を連れて来い。No.2954887は必ず引き剥がせ」


研究員の人がいつもと比べ忙しない気がした。

俺と雪翔がいる部屋に足音が徐々に近づいてくる。

勢いよく扉が開かれ、俺達は目を丸くする。


匂いでわかってはいたが、研究人が4人

4人の先頭には黒髪に金目の男が立っていた。


俺はその姿を見た時、思わず身体がこわばった。

(また…弄られる…?)

恐怖で背筋が凍る感覚がした。


しかし研究員たちは俺に目もくれず

研究員の1人と、先頭の男が雪翔の腕をつかんだ。


「No.2954886、お前を今から隔離施設へと送る」

「!」

「待てよ!!雪翔を何処へ」


普段、実験を行う だなんてことになればこんなに大人数で囲まれることは無い。

しかも今回は黒髪の男が居るのだ。

こんな男に連れていかれるとなれば――


「雪翔を放せ!!」


連れて行かれそうになる雪翔に手を伸ばしかけたが

残りの研究員がそれを阻む


「No.2954887、お前には関係のないことだ。ピュアブリードのお前にはな」

「っ───!!!」

俺が怯んだ隙に、俺は3人の研究員に地面に押し付けられる。


好き好んでピュアのの力を得たわけでは無いのに

何故そんなことを言われなければならないのか


「陽太」

「っ!!」

「ちゃんと、帰ってくるから…な?」


目の前の兄の声は震えていた。


今までされてきたこととは更に別の実験を行われるのだろう


嫌な予感がする

胸が苦しい


もしかしたらもう二度と会えなくなるかもしれない

俺と同じ様に脳を弄られ、

そんな衝動に狩られた。



―途端

周りの人々全てのそれらが敵に見えた。


研究者も、自分と同じ被検体も


「わかった、わかったぞ   お前ら、皆FHだな…?」

「陽太…?」


「俺ハ……ずっと雪翔がいるから我慢してきた。

兄がいるから、唯一の家族がいるから実験にも我慢してきたんだ。


なのに突然その絆を引きはがすだと?俺から兄を引きはがすだと?虫唾が走る!!!!!


全部全部全部全部、もう無駄だ!!ピュアだかクロスだか知らねえけれど、全部壊してやる」


俺を抑えていた研究員たちは怯んだが


「おい、No.2954887をしっかり押さえつけておけ」


再び3人は俺を押さえつける。

だが、ピュアキュマイラの俺からしたらその程度の力は塵同然に思えたのだ。


「ッハハハハハハハハ!!!!壊す、全部いらない。全部俺の敵だ!!!消えろ!!潰れろ!!FHは滅ぼす!!!俺が全て滅ぼしてやる!!!!!!それがUGNの意思だ!!!!!!」


俺は片っ端からを壊し、人だったモノを壊し

実験体とされているモノでさえも壊した。


辺りでは沢山の悲鳴が聞こえていたかもしれない。


だけれどそんなことはどうでもよく

ただ、一つ一つ無残に壊しながら

兄の行方を捜した。


―妄想の所為で、雪翔を認識できなかったというのに―




───気が付けば、研究所は、人々諸共壊れていた。




「雪翔、居ない、居ない、あの男が、連れて行った。雪翔、何処だ」


廃墟と化した研究所はまだ砂埃が舞っていた。

穴がぽっかりと開いてしまった天井では、星が綺麗に瞬いていた。


傍らで動くモノを見つけた俺は”FHだろう”と完全に思い込み

動くモノへと近づいた。


「陽太、あんまりにも壊すから心配したんだぞ?」


そのモノは雪翔、陽太が探している兄だった。

だが


「雪翔、雪翔、居ない、居ない、何処へやった、雪翔を」


目の前にいるのに


「…俺も…敵に見えるんだな、陽太」


全てが敵に見えた。

こいつも壊さなければ消さなければ

FHは滅ぼさなければ


正常に戻っていたと思った脳にはしっかりと実験の傷痕が刻み込まれたままだった。


「お前が雪翔を何処かへ隠したのか!!」

「ッハハハハ、良い子だ陽太。兄ちゃんは陽太が成長して嬉しいよ、研究所壊してくれてありがとな。凄い力だ。この研究所の人達は馬鹿ばかりだ。こんなに俺の陽太は強いのに」


雪翔はゆっくりとこちらへ近づいてくる。


「何で、何で!!!!アイツをどこにやったんだ!!!」


だが、俺には雪翔の言葉すら聞こえていなかった。

ただの憎い塊でしか無かった。


この時の雪翔は、恐らくそれがわかっていたのだろう。

わかっていて、俺にこう話しかけていたのだ。


俺が正常であったなら、雪翔が裏切っていると気づいただろう。

俺は、衝動には勝てなかった。


「でも、そろそろおねんねの時間だ。お前にこの記憶は要らないよ」


その瞬間、視界が覆われた気がした。

誰かに後ろから目を覆われたのだろうか、何も見えない。


「だからゆっくり休んでろ、いつか迎えに来るからな」


何も聞こえなかった。




       ───ブツン




───ふと気が付けば、研究所は壊れていた。

何故此処が壊れているのか思い出せなかった。

そういえば、兄が居なくなった気がする。

確か男が連れ去ったような、そんな気がする。

俺は一人、壊れた瓦礫の中で立ち尽くし、兄を連れ去った男はどこだと周囲を見渡す。



しかし誰もいない、そこは瓦礫の荒野が残るのみ。


「……」


思い出そうとしても思い出せない。

今までココの実験体だった、”ハズ”だ。

ただ、そのキッカケが全く思い出せなかった。


断片的にしか思い出せない記憶に思わず頭を抱えた。


「雪翔…何処行ったんだよ」


空を見上げれば日が登り始めている時間だった。

太陽は上がっているのに、肌寒さを感じる。



もう一度辺りを見回しても、なにも現れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る