第6話 違和感

陽太の様子がおかしい。


「陽太、仕事か!」

「…あぁ、仕事」

「最近元気ないぞー?」

「別に」


俺は感情を読み取られまいと笑顔を振りまいているが

陽太がおかしくなったのは今に始まったことではない。

気づいたのは、陽太がオーヴァードになってからだ。


互いにオーヴァードとなれば自ずと一緒に居られる時間が増えるだろう。

俺はそう考えていたし、陽太も同じ気持ちだったはずだ。



陽太は元々、俺正反対のタイプではあった。

『雪翔は明るく、陽太は大人しい。名前と逆な双子だな』

小さい頃から言われていたくらいだ。


しかし俺の名前は雪を翔けると書き、雪翔

陽太は太陽をひっくり返して陽太。

名前とは逆、と言われたら意外とそうではないのかもしれないと俺は思っている。



昔からぼんやりすることが多かった陽太が怒るのは、珍しいことだった。

俺がバケモノ扱いされたあの時、久しぶりに彼が怒っている姿を見たくらいだ。


(そういえば陽太は、いつも俺のこととなると必死に怒ってくれたな)


しかしオーヴァードとなってからと言うものの、怒ったり感情的になる姿を殆ど見なくなってしまった。

それどころか俺の事すら眼中にない、そんな反応だ。



「No.2954886、客だ」

「おっと、もうそんな時間か」


今でも実験体としてこの施設に居座り続けている俺だが

決して暇を持て余しているというわけでは無い。


「やぁ、元気か」

「いつもその一言から始まるな。俺は見ての通りだ」

「実験体とは思えないな」

「ハハハ、褒めるな褒めるな!」

(褒めてはないが)


いつも来ている黒髪金目の男との面会だ。

この男と俺が会う目的はただ一つ。


現状報告


「最近、どうもFHの残党狩りが其方で流行っているらしい。雪翔、何か知っているか?」

「そういえば一部の実験体にその類の依頼が入っているのをよく見るな。所詮実験体だから万が一死んでも問題は無い上、FHを潰せればUGNとしても願ったりだろうな」

「確かにな。戦力はいくらでも補強できる…か。UGNの中にも随分と過激派が居たものだ……」


男は月に一回、多くて週に一回のペースでここに訪れる。

俺は相変わらず、ここで得た情報を男に提供している。

研究員の素性、実験体の情報、些細な情報から繊細な情報まで内容は様々だ。


「もう一人の双子はどうした?」


「…相変らず心ここにあらず、だよ」

「そうか…弟君の為にも早くここの情報を集め終わらなければな」


これも、俺と陽太が成長して UGN


――しかし、俺はこの男に昔から違和感を感じていた。


「…アンタ、何か俺に隠してないか?」

「ん?」

「……そうだな、例えば―――俺が此処にいるのにしている、とか」

「どうしてそう思ったんだ?」


「此処はUGNの施設だ。なのにFHであるアンタがこんなところにホイホイ来れるなんて何か裏があるんじゃないか、と思ってな」


この男は、FHの人間だ。

しかもセルリーダー


顔が知られていないはずが無いのだ。


実は、ここに連れて来られたのは俺をスパイとして潜り込ませる為。

勿論、オーヴァードになりたての子供がスパイとしてここに入ってもスパイだとは気づかれにくいだろう。


ただ、こいつはこの施設の担当者に"ツテ"があるといい

俺たちをここへ誘導した。



ツテがあると言うことは顔を知る人物がいる、または既にスパイがいる

または、コイツ自身がFHだというのがそもそも嘘なのかと


そうであるならば情報をわざわざ提供必要は無い。こいつ自身で調べられる筈なのだ。


「もしもそうだと言えば……お前はどうする?」


「どうもしない。俺一人では情報収集するのに骨が折れるし人が一人でも多い方が助かるのは確かだ」

(ふむ)


だから、俺は会話の合間に鎌を掛ける。

――とは言え、大人相手に通じる手だとは思っていない――


「ただし―――陽太に手を出していたとなれば話は別だけどな?」

「ふふ、怖い怖い」

「……俺は信じられるのは己だけだ。それは皆同じだろう?」


男は、やれやれと言った具合で口を開いた。


「仕方ない、ならば少し移動しようか。ここでする話では無い」

(…移動…?)


悪というものは

自分の都合が悪くなると、対象を消すものだ。


警戒は怠らず、移動を始める。



たどり着いた場所は、天井近くだった。

舞台裏の様な場所から鉄骨の階段を登った先

実験施設の中が一望できる場所だった。

本来は照明などを整備するときに使われる足場だろう。


「ここの研究員の一部には人間もいてな。私はそう言った人間を少し操っている。とは言え、長時間操っているというわけでは無い」


――男が言うには、自分がここへ視察をする時に身分を偽りさりげなく洗脳をしている様だ。その力を上手く使いここへ足を運べるのだと。


しかしその方法では情報を集めるには不十分。

そんな時に俺たちと出会ったそうだ。



再び応接間に戻る時、まだ疑心暗鬼になる俺の前で

男は試しにその辺りの研究員を操ってみせた。

力を使えば他のオーヴァードに勘付かれてもおかしくは無いのだが

その場にいたのは人が多い為か、気付くものはいなかった。


操られた研究員は、気持ち悪い笑顔を振りまき

俺たちにお茶や茶菓子を差し出すと部屋を出て行った。


「信じるか否かは求めていない。君がこれからどんな選択をするかは君の自由だ。最もこの施設で自由なんてないがね?」

「そういう事を素直にお喋りしてくれる奴は嫌いじゃ無いな」


この男の話を全て信じられるか、と言われたらそういう訳ではない。

しかし、この施設にいるのとこの施設を出るの

どちらが幸せになれるかとすれば一目瞭然だ。


「信じるかは置いといて、目的は?」

「UGNを潰す手掛かりを一つ一つ集めている。地道に長い年月をかけてな」


男は不敵に微笑み、テーブルの上の緑茶と羊羹を食べ始める。

その緑茶には茶柱が立っていた。


俺もその茶菓子に手をつける。

程よい甘さがと桜の香りが口に広がる、春を感じさせる味だった。







俺と陽太がこの施設に来ておよそ7年目の春だった。

俺達は17歳になっていた。

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