1章 実験体編

第2話 覚醒


アレは幾つの頃だったか、10歳くらいだろうか

思い出したく無い忌々しい記憶だ



これは俺

神崎 雪翔かんざき ゆきとがオーヴァードとして目覚めた日の話



「キャァァァァアアアア!!!!!」


赤く染まる

ー目の前の、瓜二つの顔の持ち主の首から零れ落ちる液体によって

赤く染まる

ー床に滴る液体によって


赤く染まる


何が起こったかわからなかった。


ただ、ただただ

俺はいつもみたいに双子の弟…陽太ようたと遊んでいただけなのに



気づけば俺は、陽太の首に噛み付いていた。



その血はとても美味しかった。



我に帰った俺は陽太を起こした。

―この年齢では体を揺らしてはいけない、なんて事など分かるはずもなく―

「陽太、陽太ぁ……!!!!起きて、起きて!!ごめん、ごめん、ごめん、俺、俺……!!」

我に帰ったとはいえ、あの時の俺はパニックを起こしていたことに変わりはなかった。

息が絶える程ではないが、普通に暮らしていれば血を大量に吸われることはほぼ無い。

だが、まだ覚醒したばかりだった俺に加減等知る筈も無く

陽太はかなり衰弱していた。


顔が青ざめている。血が足りないんだろう。

だと言うのに、陽太は


「……だい…じょうぶ…だ。雪翔、お前は……怖がらなくて良いよ」


なんて


俺の心配をするのだ。


俺の頭を撫で

いつもみたいに優しく微笑んでいた。

―怖がること無く―


「うちの子が…………バケモノ……に……お、お父さん、お父さん!!」



母もパニックを起こしていた。

だが、母は傷ついた陽太には目もくれず、真っ先に救急車を呼ぶ訳ではなく、父親に連絡をしていた。


そんな母を見た陽太は、ゆっくり体を起こし、母の元へと向かう。

陽太はこんな状況ですら、自分よりも俺や母の心配をするのだ。

―我が弟ながら少し危うさを感じる。もう少し自分の身体を気遣って欲しい―


一番傷ついているのは陽太のはずなのに。


「っ…母さん、雪翔は……バケモノじゃ無いから……大丈夫」


ふらふらとした足取りで、受話器を持つ母親の傍による。

俺は平気だよ、だから怖がらないで、と。


しかし

「ば、バケモノ!!!!近づかないで!!!!」

「え……」


そんな陽太の気持ちは母に届かなかった。

それどころか心配してくれる我が息子を、しかも被害者である陽太をあろうことかバケモノ扱いし始めたのだ。


「雪翔がバケモノだったのよ?!?双子のアンタもバケモノよ!!!!私バケモノなんていらないわ!!お父さん、ねえお父さん!!!!うちの子達、いいえ、このバケモノ達が怖いのよ!!!!私こんな子産んでないわ!!!」




「っ……かあ……さん…………」




あの時の

陽太の顔は今でも覚えている。焼き付いている。





信じていた家族に 裏切られ

絶望しているあの顔を





しばらく、俺と陽太は子供部屋に隔離された。

母親は化け物の姿は見たく無い、と。



やがて、父も帰って来た。


父親は母に比べ温厚な性格だ。

もしかしたら母を宥めてくれるだろう


と、俺は信じていた



「まさか内に化け物がいたなんて……うちの雪翔と陽太をどこへやった」

「父さん……?何を言って……」

「父さんと呼ぶんじゃ無い!!!!汚らわしい……私と妻の息子は、双子の息子は人間なんだ。


お前達がうちの息子を食べてしまったんだろう?!どうなんだ!!!!」


今まで私達はバケモノを飼っていたのか

と、母を抱き寄せながら俺達を見る、あの目




ただ、ただの一回

俺が陽太を噛んでしまった

それだけの事で




親は豹変した。




だが、俺はともかく

陽太までバケモノ扱いされるのは流石に見ていられなかった。

今は傷が塞がりつつあるが、出血は相当なものだ。

せめて手当だけでもして欲しい、と言う気持ちが先立っていた。


「違う!!!!俺が雪翔だ!!!!そしてこいつは弟の陽太だ!!!!俺は…ともかく、陽太は化け物なんかじゃ無い!!!!だから陽太の怪我を手当てして…」

「うるさい!!!!陽太が人間であればお前の様なモノの姿を見たら震え上がるに決まってる!!!!」

「……」

「なのに見てみろ、あの顔。平然としている。同じ化け物である証拠だ」

「バケモノに治療なんていらないでしょう?ほら見て、もう傷が塞がりかけてるわ。あんなに大怪我をしていたのに」

「平然としてる…?違う!!!!父さんと母さんの対応にショックを受けて……」


何を言ってもダメなのか

こんな親だなんて知らなかった


「雪翔、もう良いよ」

「陽太?」


ふと 陽太に、服の裾を掴まれた。

振り返った時に見た陽太は



心底、どうでも良さそうな顔をしていた。



落胆したのだろう。



「何を言っても信じてもらえないなら、オレ達がここにいる必要、無いはずだ。」

「陽太、何を言って」

「行こう、雪翔」


「待て。まさか、人の家でただ飯を食べて来た上に勝手に出て行くと言うのか?」

「だって、俺たちは必要ないでしょ」

「せめて金にはなるだろう。お前達の様な化け物を扱う場所を知っている。そこに売りつけてやる。」

「父さん……」


昨日まで優しかった父と母は

もう、俺たちを子供として見ていなかった。


野生の猛獣を見る

そんな目だった。


これ以上、反論を続けても無駄だと悟ったのか


「雪翔、これはもう、父でも母でも無い。ただの人間だよ」


陽太は完全に"他人に"心を閉ざした。













「雪翔、アルバムは?」

「全部燃やした」

「ん」

「これで、俺達の痕跡はもう無い筈だ」


『次のニュースです。昨夜未明、アパートの一室から男女の遺体が発見されました。部屋が荒らされ、金品が無くなっている事から事件と見て――』


「しかし山奥に良い隠れ家があったな!暫く雨風は凌げそうだなー」

「そうだね」

「…陽太、本当に良かったのか?俺と一緒に居て。その…俺…お前の血…吸っちゃったし……」

「今までずっと一緒だったのに何を今更。俺はお前が怖くないよ」

「…はは、そっか…… ありがとな。」


俺は

この弟を

一生をかけて、この手で護ろうと決めた。


あの時、優しく手を差し伸べてくれた陽太の様に



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