序章

第1話 陽太の休日


俺、神崎 陽太かんざき ようたはフリーのオーヴァード

どちらかと言えばUGN寄りな為、UGNイリーガルだなんて言われてる


普段はスーパーで接客をしつつ、さり気なく日常の中で耳にする噂から情報を得ている。

スーパーでの業務を終えれば【何でも屋】

これが俺の本業だ。


とは言え、金を注ぎ込まれたらなんでもすると言うわけでもなく

主にUGNから『依頼』として持ち込まれた仕事をしている位だ。

その辺の奴は金を持ち逃げにすることが多いからな


ここ最近は、一つのチームで固まって一つの依頼をこなすことが多い。

たまたま職場のスーパーの店員に絡む事件が多かったから承諾したものの

その依頼のキツさはエスカレートしている


正直帰ってこれないんじゃ無いか、と思う程までに。



こんな俺にも勿論休暇はある。

大体が依頼がひと段落したくらいが休みだ。




とは言え、これが素直に休みと言って良いものなのかと言われたら

NOだ。



「陽太!!!!今日は休みだな!!!!俺もだ!!!!」

「・・・・・・」


大体この男、神崎 雪翔かんざき ゆきとのせいで潰れると言っても過言では無い。

溜息が尽きない。


「…なんで毎度毎度俺の休みを把握してるんだ」

「仕事がひと段落するタイミングが多いことは計算済だ。後は仕事の内容や周りの状況、バイト先の状況等を把握すれば自ずと現れるものさ」

「ありえねー…弟に気を使おうとか思わないわけ?」

「弟も何も、双子だから弟扱いするなと以前に言ったのは誰だったかな」

「さて誰だったか」



「で、どこに行きたい?」

「家でダラダラしたい」

「よし!喫茶店だな!!!!」

「言葉のキャッチボールできないのか?」


こうして潰れることが大半だ


会話から見てわかるように、雪翔は俺の実の双子の兄だ。

一般的に雪翔のような男がアウトドア派なら

俺はインドア派と言ったところだ

家にいてはつまらないだろうと誘われる。


俺も俺でついていかなければ良い話ではあるが

どうせやる事がないのは紛れもない事実なので仕方なくついていく。



【喫茶店】


外から見れば一見普通の喫茶店だが

裏取引が行われそうな場所でもある。


雪翔の御用達らしく、防音もしっかりしている建物だ。

常連だからか、いつも通り個室に案内された。


「さて…今回の依頼はどうだったんだ?」

「話す義理はない」

「俺とお前の仲だろう?!」

「お前な、俺が裏切り行為が嫌いなのわかってるだろ?」

「あぁ。だからそんな陽太から"あえて"聞き出そうとしているんじゃないか」

「・・・・・」


こいつ、雪翔はFHエージェントだ。

オーヴァードなら誰でも知っているだろう

UGNとFHは基本、敵対関係にある。

(とは言え、先日一緒になった奴にFHエージェントもいたっけな)


「普通」

「え」

「"どう"だった?と聞かれたからな。普通だと答えた。」

「そう言う事じゃないんだがな?!」

「ははは。UGNに関わることなんざ喋るわけねえだろ?」


先ほども言ったが俺はフリーながらUGNイリーガル

たとえ双子の兄でも敵対組織に居る人間に教えるものは何もない。



そもそも俺はFHが大嫌いだ。



「ま、その辺の情報は既に入手済だから問題はないがな。」


そう言うと、雪翔は鞄から取り出した資料を眺める。

どうも何処かでこいつの部下に監視されているそうで、なぜか俺の情報は筒抜けだ。


しかしいつも通り楽しそうに資料を眺めていた雪翔の顔が一瞬で歪む


「陽太……俺のいないところでジャームになんてなるんじゃないぞ?」

「お前が居たところでなるつもりは無いよ」

「…日に日に侵食が強くなってるじゃ無いか。このままでは帰れなくなるぞ」

「…わかってるよ」


帰れなくなる


俺達オーヴァードは、常に死と隣り合わせ

と言うのは勿論なのだが

さらに一歩踏み込みすぎると己の理性が無くなってしまう状況でもある。


元は人であったのに

ウィルスのせいでそれが失われつつある

そんな日常だ。


先日の戦いで、俺は結構ヤバイ所まで行った。

周りの仲間のお陰で難なく帰ってくることができたが

こうして人との繋がりが無ければどうなっていたか、考えるのすら恐ろしい。


「陽太はやはり俺の手元で働かせておきたいな」

「勘弁してくれ」

「いいや!今日こそFHに来てくれてもいいと思うんだがな!!今度こそ、本当に帰れなくなったらどうするんだ」

「…何も考えてないよ、ジャームになっちまったらそんな事どうでも良くなるだろうしな」


「俺はお前を失うのが惜しい」

「ハイハイ、血の提供者がいなくなるからな」

「それもあるがそうじゃない!!」

(そこは否定しねーのか)

「……俺は人間が憎い、あの日お前を一生守ると決めた。」

「気にしなくて良いっつってんのに」


「よし!!!!そうと決まれば先ずは俺のセルに来るか!!!!」

「はぁ?!何でそうなった!!!!」

「善は急げ、だ!」

「善じゃねえ!!!!ってわ、引っ張るな!!!!」



雪翔は

いつも俺の心配をする。

FHなのに。



ジャームになるな、なんて言ってくる。





こいつの行動は理解ができない。



【どこかのFHセル】


「戻ったぞ!!!!」

「あらおかえ……雪翔が2人?」

「あ、お前何?強引に連れて来ちゃったの?」

「・・・・・・」

「まさかこの子、雪翔が五月蝿く毎日語ってた陽太君!?」

(どうしてこんなことに…)


あの後、まさか本当にセルに連れてこられる事になるとは誰が想像しただろうか

そこは綺麗とまでは言えないが

実験施設がありそうな建物だ。


というか、そうだな

不良のたまり場に近い。


目の前にはセルの人間であろう

青い髪の女性と茶髪の男性がいる。


(これが、今の雪翔の仲間か)


だが、俺はその仲間になるつもりは無い。


俺はFHが嫌いだから。


「今日から陽太はここの一員になる!!」

「ならんわボケ!!!!帰る!!!!」

「何故だ!!!!折角ここまで来たと言うのに?!」

「強引に連れてこられたんだよ!!勘弁しろ!!」


実は、大人しくついて来たわけでは無い。

暴れて振り解こうと思ったが、動きを封じられ、このザマだ。

両腕にはしっかりエフェクトの力が働いているのだろうか、縄で縛られている。

雪翔はデバフを撒くタイプだ。行動が遅い俺は驚く程相性が悪い。


「本当に強引に連れて来てるよ…」

「普段からやりかねない性格だけど一度も実行しなかったのに」

「…陽太を失いたく無いからな」


「………ッチ………」

「ものすごーく機嫌悪いわよ、この子」

「陽太はFH嫌いだからな」

「貴方本当嫌な性格してるわね」

「あーあー。縄で縛られてるし。外してやるよ」

「触るな、FH」

「おっと、警戒心MAX」

「雪翔……無理矢理は良く無いんじゃない?だって……この子はUGNイリーガルよ。いくら私達の支部だからとは言え、あのお方達が足を運ばないとは限らない。


安全とは限らないのよ。

フリーのオーヴァードなら、しかもUGNの情報を持ってるオーヴァードなら壊れても問題は無いものね?」


「俺以外に壊されなどはしないさ」

「……」

「…とは言え、ここまで嫌がるとは兄ちゃんがっかりだな」

縄を外す

「……」

「陽太、俺はいつでもここに帰ってくる。だからもしもUGNが嫌になったらここに来るといい。お前の嫌がることはしないさ」

「既にしてるくせに何を言う。ハァ…」

「陽太、心配だから送っていく」

「彼氏か!!!!???????お前は俺の彼氏か?!?!俺は!!!!自分の身ぐらい自分で!!!!」


「…護れないだろう?お前が出来るのは、力を振り回し力に振り回されることだけだ。」

「っ…!!」

「だから、兄ちゃんが護ってやるんだよ。相手を殺してでも」




【大通り近く】


「ここなら家も近いし大丈夫だな!!」

「……」

「陽太、さっきの言葉を気にしているなら謝る。しかし、ヒトには適材適所と言うものがある。お前が適しているのは己を強化し殴る事。俺は相手の動きを封じ味方を手助けする。それぞれ役割があるんだ。」


わかってはいる

自分1人では生きていけないことなど


現に俺はいろんな人達に助けられている

そうで無ければ今頃、依頼で帰ってくることも叶わなかっただろう。



改めて、今の立場は危ういものだと実感させられる。



人との繋がりが消えてしまっては、人として生きていけなくなってしまうから。



「…俺はお前をうちに引き込むと言うのは冗談ではなく、真剣だ。


考えておいてくれ。今より給料は弾むぞ」


「…ハァ…お生憎様。俺は今の生活で満足してるんでね。ジャームになったってアンタのとこに行ってやらねえよ」

「ハハ、これは手厳しい。また会おうな!!!!」


「ハイハイ、今日はご馳走さん」

「おっと、そうだ忘れてた」

「ん?なn--ーー痛ってえ!!!!!」

「すまない!!!!陽太の血が足りなかった」

「お前な、お前な!!!!」


別れ際に血を吸うだなんて

なんて奴だ


「今度こそまたな!!!!」


「…………はぁーーーーー…………」


騒がしい兄が去ってから太陽を見る。

かなり日も傾いていて、大通りでは買い物をする人が増えて来たようだ。


また1日という貴重な時間を取られてしまった。

明日は掃除が待ってるというのに


「……………」


大体、こうして休みは潰れていく。

だが、不思議と悪い気はしない。

退屈はしないのだ。


腹は立つが



雪翔が必死に心配する姿を見ると

FHも悪いもんではねえか、と錯覚してしまうこともある。


だが、俺はFHには絶対に入らないだろう








「もしもジャームになっちまうなら、凍らせて貰わなきゃなぁ……」

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