人間側 ある侍冒険者の鬼退治

「え…っさ…ほ…ぃさ…! こ…れで…!上陸ぅ…!!」


掛け声を響かせながら、乗ってきた小舟は岩転がる砂浜にザザザッと乗り上げる。ふっ、やっと『鬼ヶ島ダンジョン』に到着だな。


「おい…! はぁ…はぁ…雇い主さんよぉ…! アンタも漕いでくれたら嬉しかったんすけどぉ…!」


と、決めている私の背で、連れてきたお供の1人が愚痴る。…アンタ、だと?


「無礼者。私のことはMr.ピーチと呼べと言っただろう。我が一族に伝わる【鬼退治】の英雄の名でもあるのだぞ?」


「へいへい…」


む。適当な返事を…ならば、脅しをかけてやろう。


「そんな態度をしていると、この一族秘伝『貴美きび団子』はやらぬぞ?」


「…いや、要らねっすわ…」


!? なんだと! 一つ食べれば私のように麗しの美貌を獲得できる、この団子を…?! 正気か!?






私はとある一族の出だ。今は冒険者として研鑽を積む身である。


しかし、私には仇敵とも言うべき魔物がいる。それは、『鬼』だ。



我が祖の一人、『タロウ・ピーチ』。彼は鬼を倒すことで英雄と呼ばれるに至った。


以来、我が一族は鬼狩りを目標としている。…最も、誰もまともに成し遂げられてはいないが…。



ふっ、しかし私は…『コジロウ・ピーチ』は違う。そんな一族の面汚しになる気はない。


この自慢の長刀を用いた剣術は正に比類なし。自惚れではない。飛ぶ燕を落としてみせたことすらある。…一度だけだが…。 


そして…我が髪と顔を見よ! この艷やかなキューティクル。麗しの肌。端麗なる顔立ち…!


正に二枚目と言うに相応しい!日輪の如き素晴らしさだ!


それもこれも、『貴美団子』を欠かさず食べているから……



コホン、いや失礼。少々宣伝のようになってしまった。では…いざ鬼退治!








身を潜めながら進み、とある地点に到着。そこには、中に入るための門の一つが。


「ピーチの旦那。やっぱり閉まってますぜ」


「しかもかなり強固になってますね…」


「どうすんすか、あーと…Mr.ピーチ」


連れてきたお供3人が、次々と聞いてくる。全く、私の供をするなら自分で考えて貰いたいものだな。




しかし…確かにこれは面倒そうだ。この間来た際は少し飛べる供を雇ったから、反対側から開けられた。


だが、今回飛べる面子はいない。それに…、僅かに開いた扉の隙間から見える鎖は雁字搦め。この様子だと反対側に飛んでも簡単には開けられないだろう。


ふむ…。幸い、見張り鬼はいない様子…。ならば―。



「どうします? 面倒ですけど、横の岩壁を乗り越えて…」


「いや、必要ない」


次策を提案するお供をそう止め、スラリと長刀を抜く。それを、上段で構え―。


「【一桃流いっとうりゅう】奥義―、『斬鉄』!」



カッッッッ! カキンッ…



「「「おぉ…! 鍵が切れた…!」」」


ふ…またつまらぬものを切ってしまった…。お供達の賛美の声が実に心地よい。










首尾よく内部へと侵入する。すると、島の外観とは全く違った景色が広がりだす。


この鬼ヶ島は尖りに尖った岩に囲まれ、ど真ん中に鬼の顔を削りつけたかのような巨大岩山が存在する。その恐ろしき威容が故に、近づく冒険者は少ない。



しかし中に入ると、町のような賑わいようを見せる。我が一族が住む地域となんら遜色ないほどに。鬼の癖に、生意気千万。


さて、今日はどう襲い、金目の物と鬼の素材を奪ってみせようか。




おっと、その前に…。私は近場に身を潜め、ついてきた三人の方へ向き直り口を開いた。


「事前に話していた通りだ。お前達に『コードネーム』をつけさせて貰おう」


「あぁ…んなこと言ってましたねぇ…。で、なんです?」


そう問い返してくるお供が1人。私はそいつに命名をしてやる。


「お前は、『Mr.ドッグ』と名乗れ」



「…なんで犬なんですかい?」


「これは我が先祖であり英雄のタロウ・ピーチがお供につれていた者のコードネームだ。要はあやかろうというわけだな」


「はぁ…まあいいですがよ…」


ぶつくさ気味だが、了承するドッグ。なら次は隣だ。



「よし、ならそっちのお前は『Mr.モンキー』だ」


「えー…猿ですかぁ…」



またも不満気味。少々無礼だが…まあいい。残るは、さっき私をアンタ呼ばわりしていたこいつか。


「そっちのお前は…『Mr.…」


ふと、言葉を止める。そのまま名付けるのも、合っていない…。ならば…。


「『Mr.チキン』としよう」




「いやなんでにわとりなんすか!? 他二人は犬と猿って大きい括りなのに…!」


思いきり不満を吐いてくるMr.チキン。説明がいるらしい。仕方ない―。



「ピーチ・タロウのお供の名はそれぞれ犬・猿・雉だった。愚弄するのか」


「そういうつもりじゃ…。…いや、じゃあ雉なんじゃないすかね!?」


「お前は飛べないのだろう。なら、鶏が適切なはずだと考えたのだ」


「確かに飛ぶ魔法は使えませんけども…!…チキンだと別の意味に聞こえるんすよ…」


「それはお前の心の内を映しているからだ。私のお供に名乗りを上げたのならば、もっと胸を張るがいい」


ごねるMr.チキンにそう返してやる。そして、改めて三人を見やった。




「さて、全員アレはしっかり持っているのだろうな?」


「「「勿論」」」


私の言葉に応えながら、お供達はバッグを漁る。そして取り出したるは…大きめの袋。取り出した衝撃で、中からジャリジャリと小さい物同士がぶつかる音が聞こえてくる。


袋の中身、それは『煎り豆』。ふっ、ただの豆ではない。『鬼特攻』が付与された専用の豆なのだ。







『セツブン』という古い行事を聞いたことがあるだろうか。端的に語るとするなら、『煎った豆を、鬼にぶつけ追い払う』という代物だ。


その際、投げる豆には特殊な力を籠めると聞く。なんでも、呪力が籠った『緋苛犠ひいらぎ』という木の葉、深淵に棲む『異和嗣いわし』という魚の首が用いられるらしいのだが…。


それにより豆には、鬼を苦しめる呪術がかかる。一発当たれば、針を突き刺されたかのような痛みが走るという。


ふっ…これが市場に流れるようになってから、この島に侵入する冒険者の数は増している様子。それも当然、これさえあれば鬼は恐れるに足りぬ。



私の獲物を獲られてしまうのは少々不快だが…。これのおかげで戦いやすくなったのは事実。


相手は私でも手こずる鬼が山ほどなのだ。故に、有難く使わせて貰っている。そうしたほうが、宝の奪取も楽になるのだからな。






ところで…凡夫たちはただこれを手で投げているようだが、それでは効果が薄い。これは結局のところ豆。そう遠くには投げられない。それに投げつける動きの間にも鬼は迫ってくる。



そこで私は、あるものを開発させた。それがこの『豆連続射出弩』なのだ。ふふ…これに、私は命名した。


撃ち出された豆は、針のような魔の痛みを以て、幾多の悪鬼を負戦に追いやる―。 そう!『魔針玩ましんがん那悪負なあふ』とな!


ふふぅ…! 指定通りの良い色だ…。青を基調とし、橙と白のカラーリング…。美しい…!私のセンスに狂いはないな…!







お供全員に魔針玩を手渡し、使い方を説明。そして豆をザラザラと装填していく。不足した時用の交換弾倉もしっかり用意しておかねばな…。



と、少し余裕が出来たからか、お供達が豆を詰めながら談笑を始めた。


「お前ら、どうやって誘われたんだ?」


「え? どういうことです…?」


「あー…。あい…ごほん、Mr.ピーチの開口一番の台詞の事か?」


「そうそう! ピーチの旦那、変わってんなって思ってよ! 『お前も豆を投げないか?』って!」


「あ。それなら俺もおんなじこと言われましたよ。皆に言って回ってましたけど、ほとんどの人に『投げない』って断られてましたね…」


「ん? 俺は『お前も鬼を倒さないか?』って聞かれたけどな…」




…あぁ。確かにそう言った。Mr.モンキーに『それじゃあ何したいかわからない』と説かれ、それ以降はMr.チキンにかけたような台詞へと変えた。


ふっ。だが個人的には、初めのが気に入っている。誘い文句としては良い部類…名台詞だと自負もしている。











魔針玩に豆を装填し、準備完了。茂みの中を気づかれぬように移動していく。


どれ、手始めに…どの鬼を狙うとするか…。 む…?



「ターッチ! 次、お前が鬼ー!」


「あー!やられたー! もう…。じゃあ…『貴様アアア!!逃げるなアア!!! 責任から逃げるなアア!』」




…なんなのだろうか。あれは…。子供の鬼が、鬼ごっこで遊んでいるようではあるが…。


追いかけ役となった子鬼が、絶叫しながら他の子鬼を追いかけている…。もしかして、鬼ごっこではないのか? なら、なにごっこなのだろうか…。




そう私が訝しんでいると、隣がガサリと揺れる。のっしのっしと出ていったのは…!? Mr.ドッグ…!?





「おい…!何を考えているのだMr.ドッグ! 早く戻れ!」


子鬼達にバレないよう、小声で叱る。しかし、Mr.ドッグはヘッと笑うばかり。



「あんなガキの鬼なら俺でもやれるぜ。旦那は引っ込んでな。俺は安全に素材を手に入れたいんだよ」



「だめだ、よせ…!! お前では…!」


そう伸ばした手を、私はピタリと止める。待てよ…? 


確かに子鬼にはそこまでの力はない。Mr.ドッグの言う通り、彼一人で充分だろう。それに、周囲に大人鬼がいる様子はない。


更に、私達も近場に控えているのだ。何かあれば手助けに入ればいいだけのこと。Mr.ドッグのお手並み拝見といこうか。



…彼の台詞、死亡フラグに聞こえたのが気がかりではあるのだが…。







「きゃー!逃げろー! ―痛っ。…?…!ひっ…!」


「へっへぇ…!捕まえたぜぇ!」



ほう。Mr.ドッグ、上手く子鬼にぶつかり、捕らえたな。


子鬼の角は柔らかめで、良い妙薬の材料となる。高価値なので、できれば大量に欲しいが…。


「動くなァ!ガキどもォ! 一人でも逃げたらこいつをぶっ殺すぞォ!」


おぉ…!良き気迫だ。悪役然としている。見事見事。


「テメエらの角を差し出せば、命は勘弁してやる。なに、また生えるんだろ? 早く並べオラァ!」


ふ。決まったな。後は角を切るだけだ。私達も手伝うと―



…む? 何か、おかしい…。子鬼達が、何か話し合っている…?



「アレ持ってるの誰…!?」

「僕…! やるよ…! お姉ちゃん、お願いします…!」


微かに、そんな会話が聞こえてくる。と、直後―。




「やああああああっ!!」


子鬼の一人が棍棒を振りかぶり、Mr.ドッグに突撃していった。







「ん―? 効かねぇなあ」


そして、それを容易く受けるMr.ドッグ。子鬼の棍棒は棘が丸く、鉄製でもない玩具のようなもの。効かないのも当たり前。


「へっ。ガキが。焼いて食っちまおうか?」


嘲笑うようにオーソドックスな冗談を口にするMr.ドッグ。―と、それに返すように、女魔物の声が響いた。



「あら!それ、良いわね! アンタをシメた後、サイコロステーキにでもしてやろうかしら!」



カパパパパパッッ!!






…は!?!? 子鬼が持っていた棍棒の棘が…一斉に蓋のように開いただと…!?


刹那―! そこから幾本もの触手が!!それは怒涛の勢いで伸び―。


「は…!? ぐえぇッ……」



み、Mr.ドッグぅっっー!!







い、一体何が…!?一瞬で、Mr.ドッグが負け犬に…! …言ってる場合か!



混乱する私達を余所に、触手棍棒からポンッと身体を出した魔物が…!な…あれは…!上位ミミックだと…!?


「ひっ…! う、撃てぇ!!」

「え!え、えーい!」


!? 待て、Mr.チキン!Mr.モンキー! 今、豆を撃っても…!



タタタタタタタッッ!!





動転した2人のお供は、上位ミミックに向け魔針玩を放つ。鬼特攻の豆は勢いよく放たれるが…。


「ん? よいしょっ!」


ガガガッ…!



「な…! あいつ…ドッグのヤツを…盾に…!?」


驚くMr.チキン。上位ミミックは子鬼の棍棒から半身を出したまま、絞めたMr.ドッグを軽々と持ち上げ…子鬼を守る盾としたのだ…!


「撃つのを止めろ!豆は鬼への特攻しかない…! これでは私達の居場所をバラしただけに等しい。Mr.ドッグは残念だが…この場を離れて別の鬼を狙うとしよう!」


私はお供2人を無理やり引っ張り、急ぎ撤退する。 しかし何故、上位ミミックがあのような場所に…!?












島の外に逃げようとするのは愚策。私達はあえて、鬼の町の方へと向かった。その策が幸いしたのか、先のミミックが追いかけてくる様子はない。


「…2人共、気分は落ち着いたか? 豆は補充したな? ならば、次はあの酔いどれ鬼達が標的だ」


お供2人を宥め、新たなる目標を指し示す。茶屋らしき店で、酔っぱらっている連中だ。



先程は妙な乱入者に焦ってしまったが…。私が慢心していたからでもあろう。次はそうはいかない。


開幕から魔針玩を使い、一気に片をつけるしよう! 行くぞ…いち、にの…さんッ!




「撃てーっ!」

「「おおーっ!!」」


タタタタタタッッッッッ!!!



「!? 痛てててて!?」

「な、なんだ!? 襲撃!?」

「ぐああっ!? 痛くてたまらねえ!! 建物の中に逃げろ…!」



鳩が豆鉄砲を食らったような反応を示し、酔いどれ鬼達は驚き慌て悲鳴をあげる。まあ実際に鬼に豆鉄砲を食らわせているのだがな!


これなら楽勝に違いない。さっさと距離を詰めて、角を頂いていこう。 ……ん?



「た、頼んだ…!」

ドスンッ カランカランッ




鬼が隠れた茶屋の中から投げ捨てられてきたのは…。宝箱と、枡&巨大な朱盃。これを渡すから、見逃せということなのだろうか。


ふっ…残念ながら、そうはいかないな。鬼を倒し、宝も貰う。それが『鬼退治』なのだから。



お供2人に手で指示し、意気揚々と茶屋へと向かおうとする。 ――その時だった。




パカッ! ギュルッ!



―!? なん…だと…!? 宝箱の蓋が勝手に開き、牙が…!? 枡から触手が伸び、大杯おおさかづきを構えた…!?


まさか…!いや間違いない…! これは…!!


「「「また、ミミック!!!?」」」




私達が叫んだのと同時に、二体のミミックは地を駆け迫りくる。お供2人だけではなく、私も慌て、魔針玩を乱射するが…。



ガポポポポポ…


…! 宝箱型のミミック、食べている…! 自身に当たった豆を、そのままもぐもぐ食べている…!?



カカカカカッ!


―! 触手型のミミック、弾いている…! 持ち上げた大杯を、盾にしている…! 結局のところ、豆の弾だから…!




そんな状況把握で限界なほどの余裕しかなく、あっという間に接近を許してしまう。そしてまずは―。


「ぎゃあっ…」


Mr.モンキーが、宝箱型ミミックに食べられてしまった…! Mr.チキンは…!



「ひいいいいっ!!」


…な…。既に私を置いて、逃げている…! やはりチキン臆病者ではないか…!



シュッ!


と、私の横を何かが掠める。それは、触手型ミミックが手にしていた大杯。まるでフリスビーの如く飛んでいき…。



ガッ!

「あだっ!」


Mr.チキンの頭にナイスヒット。すると―。



「シャアアア!」

「ひっ!蛇…!? あば…ばばばばば…」



…なんと…。大杯の高台部分―、あの下の出っ張り部分から蛇が出てきた…。あれは『宝箱ヘビ』…。ミミックの一種だ…。



…ここはいつの間に、『鬼ヶ島』から『ミミックヶ島』に変わったのだ…? ―ぐえっ…!?


し、しまった…! 余所見していたら…触手型に巻き付かれ…! くっ…刀を…抜けない…!





「痛てて…やってくれたなぁこのヤロウ…!」


「うわ…豆が散乱していて、まきびしみたいになってやがる…」


「手間増やしやがって…! ミミックちゃん達が踏み潰してくれるから、片付けはかなり楽だけどよぉ…!」



と、ぞろぞろと鬼達が出てくる。全員、怒り心頭。おのれ…!刀さえ抜ければ…!



「で、どうするこいつ?」


「見たとこ、今回の連中の親玉みてえだし…。とりあえずオンラム様に引き渡すか」


「そうすっか。ミミックちゃん、運んでもらっていいか?」



鬼の頼みに呼応するように、私を縛る触手型ミミックが動き出す…。どこに…どこに連れていく気なのだ…?













「ふーん、こいつがそうなんだ。刀、ながっ」


荒縄で縛り直された私は、この島の主の前に放り出される。しかし…よもやよもや、だ。


まさか、島の鬼の頭領が…こんなに麗しき乙女だったとは…! 多少、素行は悪そうだが…それもまた、良し…!


まさに私の細君になるに相応しい…!鬼だとしても構わない…是非、求婚をしたい…!



「う~ん、別にタイプじゃないな~。 え?彼ピ候補ちゃうん? 侵入者? じゃあ問答無用でぶっ飛ばして良いじゃん」


……な…ぁ…。…今日一番の…ダメージが…胸に……。おのれ…鬼…。人をどこまで弄べば気が済むのだ…!





「あーし、社長から派遣して貰ったポルターガイストたちお手製の竹輪食べたいし。ちゃっちゃっと片付けちゃお」


そう言い、立ち上がる女鬼頭領。横に置いていた巨大棍棒を軽々構えた。



―ここでやられるわけには…いかぬのだ…! 私は必死に姿勢を正し、名乗りを上げた。


「我が名は『コジロウ・ピーチ』! かの鬼退治の英雄『タロウ・ピーチ』の子孫なり! 美しき頭領よ! そちらの名はなんという!」



「え!!美しいだって! きゃー!なんか嬉し! …なんとかピーチ? …あー!すんごい前に、悪党鬼の集団を潰してくれた有難い冒険者っしょ? 習ったし!」


記憶の手繰り寄せに成功し、嬉しそうにポンと手を打つ頭領。そして、名乗り返してくれた。


「あ。名前? あーしは『オンラム』っていうの!」


「ほう…! 見た目と同じく可憐な名だ…!」


「えー!この褒め上手ー!」


にやにやと顔をほころばす頭領…もといオンラム嬢。これならば…!イチかバチか…!



「オンラム嬢よ! 一つ頼みを聞いてくれまいか…?」


「ん? とりあえず聞いたげる」


「私と、結婚…じゃない。決闘を…! 其方に『一騎討ち』を申し込ませてほしいのだ!」









取り巻きの鬼は反対したが、オンラム嬢は即座に了承してくれた。仕合場は、この屋敷の庭。



条件は『各々武器一つを使った真剣勝負』。褒賞は、『負けた方が勝った方のいう事をなんでも一つ聞く』というもの。


ふふ…! 美しき姿とはいえ、オンラム嬢は少々軽忽けいこつと見える。私の申し出なぞ無視し、棍棒を振り下ろせばそれで終わりだったというのに。


どうで私は殺されるだけの身。なのに、私に百利あってオンラム嬢に一利なしの条件まで受け入れた。ふふふ…上手くいけば、生きて帰ることはおろか、彼女を娶ることすら可能やもしれぬ…!





一足先に庭へ立ち、スラリと長刀を抜く。たとえ手強き鬼とはいえ、一対一の状況かつ、武器が限定されていれば恐れる必要はない。 我が妙技で、切り伏せて魅せよう!



「うぇいうぇい♪ あーしと戦いたいだなんて、アンタ、ヤサ男に見えて覚悟あんじゃん!」


一方のオンラム嬢は、自身の身の丈もある巨大棍棒をクルクル振り回しながら出てくる。む…?もう片手には巨大瓢箪?


武器にする気か? …いや、少し端に降ろした。武器として使う気はないらしい。では―。



「「いざ尋常に―、勝負!」」








長期戦になれば、体力の多い鬼の方が有利。速攻で決めるが得策。


刀に、力を籠める―。精神を、集中させる―。まさに、全集中。 …と、耳にオンラム嬢の声が聞こえてきた。



「さーて、どうしよっかな~。この間社長にぶつけたヤツが最強の技なんだけど、あれ使うと怒られっし…。じゃあ、こっちで!」



……? なんだ…? オンラム嬢が、棍棒を大きく振りかぶって…?



「―この剛撃は、あまねく魔性を反し、あらゆる勇猛を除き去る狼の遠吠えの如く、空を駆ける! 行くよ~ぉ!『反魔はんま勇除狼ゆうじろう』!」



宣言と同時に、彼女は棍棒を勢いよく振り―!  刹那、私は見てしまった。彼女の…オンラム嬢の背に…オーガのような貌が浮かんでいたのを…!




ゴッッッッッッッッッッッッッ!!!!






直後、眼前に迫るは極大の衝撃波!!? 馬鹿な…!?棍棒を盛大に振り回しただけで、これほどの…!ひいっ…!!!



反射的に目を瞑り、尻餅をついてしまう。数秒後、背後で大きな激突音が。



「ヤッベ…!まーたやっちゃった…!」



目を微かに開けると、しどろもどろになっているオンラム嬢。私がゆっくり首を後ろに向けると…。その先にあったのは、島の中央に聳える巨大岩山。


そこには…目新しい抉れが…!? ま…まさか…!あの山に描かれた鬼の顔…!あれはオンラム嬢がつけた痕だというのか…!?


か、勝てない…! 化物だ…!



「勝負あり!」



…! な、何故…決着の知らせが…? 心が読まれ…?


「挑戦者ジロウ・ピーチの武器破損により、決着とします!」


は…? …あぁっ!!! 我が愛刀が…!!数cmの刃元を残して…先が全部消滅している!!


今の衝撃波にもってかれたのかぁ…。うぅ…我が愛刀…『物干し丸』ぅ…!








「ふ~い!終わり終わり! もうちょい楽しませてくれると思ったんだけど…ちょっち残念かなぁ」


グイっと伸びをするオンラム嬢。―その隙を、私は見逃さなかった。



私に待つの殺される未来のみ…! ならば、やれることを全てやってやろう…!



即座に懐に手を入れ、あるものを引き出す。それは、小型の魔針玩。もしもの時のため、隠し持っていたのだ。


勿論、鬼特攻の豆を装填済み。 これでオンラム嬢を弱らせ、その立派な金の角を切り取ってみせよう…!


卑怯? 知った事か! 勝てば官軍だ! 勝てばよかろうなのだ!




ジャキンと構え、狙いを定める。気づいた周りの鬼が急ぎ止めに入ろうとするが、もう遅い。食らえ…鬼は外!




タタタタタッッッッッ!!!









「きゃっ…! あー…びっくりしたぁ…。忠告通り、傍に置いててよかったぁ…」


「でしょう? ああいう奴は、絶対最後になりふり構わず何か仕掛けてくるのよ。プライドが高い、嫌な男の典型ね」



……え……?  オンラム嬢に、豆が一発も当たっていない…? というより、全部防がれた…。



何に…? 触手に…。それは、オンラム嬢が少し端に降ろした巨大瓢箪から…。って、また…!


「上位ミミックぅ…!?」


今度は、瓢箪の口から半身を覗かせている…! 何体いるのだ…!?







「決闘しかけておいて、負けたら不意打ちって…ほんと酷いわねアンタ…」

「サイテー!」


上位ミミックとオンラム嬢が、私に罵声を浴びせてくる…。く、くぅ…おのれ…!


…いやしかし、今はなんとかして逃げないと…!! どこかに逃げ道は…!



「判断が遅い!」

ギュルッ!


ぐぁあああ…! 死ぬ…ミミックに絞め殺される…!


「ただ復活魔法陣送りなんて、生ぬるいわねぇ。ちょっとお仕置きしたげる!」


うぁ…! 引っ張られぇ…!! 


「【箱の呼吸】…えーと、何の型にしよう…。…まあいいわ!『吸移込深すいこみ』!」


な、なぁぁ…!? ひょ、瓢箪に…吸い込まれぇぇえ…!!?









ひっ…、ここは…どこなのだ…? 暗い…動けない…!


「瓢箪の中よ。この中でじっくり溶けて、お酒になりなさいな」


…!上位ミミックの声…! どこに…!? 酒になるってなんなのだ…!? あ、あ…!体が溶けてる気がする…!!


「じゃ、さよなら~」


ま、待ってくれ…! 瓢箪の口、明らかに私の手ぐらいしか入らない大きさだったのに、どうやって私をいれたのだ…!?


い、いやそれよりも…待ってくれ…! 出ていかないでくれ…! キュポンと蓋を閉めないでくれ…!



た、助けてくれ…!!  く…暗いよ、狭いよ、怖いよぉおお!!!!


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