顧客リスト№41 『鬼の鬼ヶ島ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌
「むーむーむ♪むーむーむ♪ むーむむむ むーむっーむ♪」
「…なに歌ってるんですか社長? え?どこを指さして…赤い花?」
そう聞くと、私の背中から社長の触手がにょっと。それが指さした先、そこに咲き誇っていたのは沢山のお花…。
あれ? 社長の手がチッチッチッと。惜しいってことみたい。じゃあ、なんだろう…。
「…あぁ。『蓮の花』ってことを言いたいんですか? 綺麗な紅蓮華ですね」
わ。今度は〇になった。当たりらしい。やった。 ……ん?どういうこと…?曲名…?
「むーむむー♪むーむむー♪むーむむーーー♪♪」
…一気に盛り上がりだしてしまった。聞くに聞けない。 なら、今のうちに今回の訪問先を説明するとしよう。
本日訪問しているのは、ギルド登録名称『鬼ヶ島ダンジョン』。時たまにある、島丸々ダンジョンにしたタイプである。
遠くから見ただけだと、岩しかない大きい島にしか見えないが…中に入ると意外にも牧歌的な風景が広がっている。更に、建っている建物も立派なのが数々。和風建築というやつだろうか。
どうやら、島を取り囲む岩が天然の城壁のようになっているらしい。加えて、島の中央にある超巨大な岩山がおどろおどろしい威容を誇っているのだ。
天を突くように飛び出た頂上二つがまるで二本の角のように。そして山の中途の抉れ部分が厳つい表情を形成している。
恐がりな冒険者はまず入ってこないだろうこのダンジョン、棲んでいるのはどんな魔物か…。いやまあ、もう言っちゃってるんだけども…。
周りで盃や升を手に、良い感じに酔っぱらっている方々。毬や棍棒で遊んでいる子供達。そんな彼らの頭からにょっきり伸びてるは、島と同じような立派な角。
一本だったり二本だったり。色も黄色やオレンジ、白や黒だったり。見た目もざらざらだったり、つるつるだったり。
但し、悪魔族とは違い、角はほぼほぼ真っ直ぐ。くるんと曲がってたり、大きくぐねっている角は全く見かけない。
もう説明の必要もないだろう。ここにいるのは『鬼』達である。
鬼―。『オーガ族』とも言われる彼らは、筋骨隆々な者が多く、かなりの怪力を誇る。
それは、各々の武器…棘付きデカ棍棒をみれば一目瞭然。だって、大きい物だと持ち主を上回る大きさをしているのだから。
…ラティッカさんを始めとしたうちの力自慢ドワーフ達と腕相撲したらどっちが勝つのだろうか。あの人達もあの人達で、自分の倍はある巨大ハンマー振り回せるし。
因みに子供鬼は、棘もマイルドな柔らか棍棒を持っている。それで、楽しそうに辺りを走り回っている。
多分、遊んでいる内容は『鬼ごっこ』。あっちの子達は『凍り鬼』してる。どの子が鬼なのだろう。…いや、全員鬼ではあるのだけど。
「むーむむー。むむむむむ?」
「…はい? なんですか社長?」
「むむむむ、むむむ?」
「……いや、聞き取れないですよ…。いい加減咥えてるそれ、外すか食べてください…。というか、なんで今日はおんぶなんですか?」
そう。普段は宝箱に入った社長を私が抱える形…要は抱っこで移動しているのだが…。何故か今日の社長はおんぶをせがんできたのだ。結構珍しい。
しかも、用意周到に別の箱まで用意していた。なんて言えばいいのだろう、木の箱なのだけど…和風というか。結構大きめで、子供一人なら簡単に入るぐらいのサイズ。
更に背負い紐までついているのだ。だからおんぶと言うよりは輸送している感じ。『鬼のとこにいくなら、この格好が一番ね!』とか言ってたけど…。
あと…社長、何故か竹輪を咥えてる。紐を通し猿ぐつわのようにして。こっちに至っては本当に謎である。何で…?
いや、期限がヤバそうなお魚が沢山あったから、厨房のポルターガイストたちが大量の竹輪にしてて…それを貰って来たのだけど…咥える必要はあるのだろうか。
だって、そのせいでさっきから『むーむー』しか言えてないし歌えてもいないのだから。
「むぐむぐ…。アストも竹輪食べる、って聞いたの」
あ。結局食べたらしい。いや、いいです…。もうすぐ着きますし…。
「じゃあ、これ着る?」
「…なんです?この服…?」
社長が手渡してきたのは、羽織…? 黒と、緑の。市松模様って言うのだっけ…。
………いや、着るのは止めとこう。直感だが、これ以上は危ない気がする…。
「到着しましたよ、社長」
「む!
依頼主の御屋敷前につき社長に促すと、まーた咥えていた竹輪をしっかり呑み込んだ。流石に商談の時まで咥える気はないらしい。
さて、では中に…と。
お世話係の鬼の方に導かれ、広いお屋敷をどんどん奥に。…なんか、すごい豪奢。金造りな箇所が結構あるし。
流石はこのダンジョン…島の主。どんな方なのだろうか。依頼は手紙で来たので、顔合わせは初となる。
「オンラム様。『ミミック派遣会社』の方々がお見えになられました」
とある部屋の前で深々と頭を下げるお世話係の方。と、襖の奥から竦むような声…ではなく、やけにフランクな声が。
「お! もう来てくれたん!? 通して通してー!」
その島の主とは思えぬ声に私と社長は顔を見合わせる。すすッと襖が開いた先にいたのは…。
「来てくれてあんがとねー! ささ、こっち来て来て!」
風と雷を操る鬼神が描かれた金屏風の前で、腕置き代わりの巨大瓢箪に身体を委ねながら手招きする鬼の女性。
片手には顔よりも数回り大きな朱杯を手に、片膝立ちのあぐら。金色で滑らかな角を湛えた彼女の服装は、虎柄…というか虎の毛皮のみ。
上はワンショルダー式のビキニで、下には腰巻…なのだけど、あぐらをかいているせいでパンツが…丸見え…。そこもしっかりと虎の紐パンツ…。
すると、その姿を見たお世話係の方が彼女を叱り飛ばした。
「オンラム様! お客様がいらっしゃるまでお酒はお控えくださいと! それにせっかく着つけて差し上げました服はどうなされたのですか!?」
「ヤベッ…!」
慌てて姿勢を正そうとするオンラムさん。しかしその勢いで巨大瓢箪が滑り、彼女はその場ですってんころりん。ただ、杯のお酒は一滴も零してない。凄い。
「申し訳ありませんお二人とも…今お召し替えをさせますので…!」
「いえいえ! 私達もお話しやすい方が有難いですし!」
平謝りするお世話係の方をそう宥める社長。そしてすいいっとオンラムさんの前に移動し…。
「丁度、うちで竹輪を沢山作ってもらいまして…お酒のつまみに合うと思って、持ってきてみました!」
箱の中から大量の竹輪料理を取り出した。瞬間、オンラムさんは目をキラッキラ。
「マジ!? うっわ!超美味そう! 飲も飲も! アストちゃんも早く早くぅ!」
酒宴、開幕である。 …鬼の酒豪っぷりも中々に有名なこと。私、ついていけるかな…。
「〜!!んまぁっ! あーし達が作ってるチクワより美味ーい! え、どう作んのこれ??」
「宜しければ、うちの料理人…もといポルターガイストたちを数体派遣いたしましょうか? 上位ミミックが居れば翻訳も出来ますよ!」
「マ? お願いお願い!」
「承知しました! それにしてもこのお酒、すっごく美味しいですね! おつまみのお魚やお肉、お野菜もとっても!」
「でしょでしょ! このお酒、『鬼殺し』って名前ついてんの! あーし達が死んじゃうぐらい美味いって意味で! ご飯も自慢だから、美味しいって言ってくれて嬉し!」
出てきた沢山のつまみと酒入り瓢箪を前に、オンラムさんと社長は楽し気に飲み交わす。いやでも…ペースが速い…!
コップ代わりに渡された升で私も飲んでいるが、追いつかない…。結構飲める方だと自負してたけど…。オンラムさん、あの大きい盃でゴプゴプ飲んでくから…!
なんとか合わせようと、つい必死になってしまう。と―、私の升がすっと押さえられた。オンラムさんである。
「アストちゃん、無理しちゃダーメ。自分の速度で飲んじゃって! お酒は楽しく飲まなきゃ面白くないし!」
「あ…はい…! すみません…!」
「てかさ!その角触らしてもらっていい? あーし達とどんな風に違うのか気になり!」
「え。はい、勿論!」
「やた! おー…!なんか違う! この触り心地、鬼にはないわ~!」
ぐいぐいと強く、それでいて優しい触り方。なんか…、楽しい…。
しかし…オンラムさん、実に気さくな方である。いや、気さくと言うか…ギャル…?
…あぁ、『鬼ギャル』って彼女のことを言うのかもしれない。
「…んでね。最近冒険者が増えてきちゃって! ここの山からは良い鉄とか金とか銀とかがわんさか取れるし、海からは真珠とか宝珠珊瑚とか獲れるし、あーし達の角って霊薬らしいじゃん? そういったの狙ってくんの!」
「なるほど。それで、鬼の皆さんがやられてしまうと」
「そ! しかも酔っぱらってるおじんとか、遊んでる子供達とか優先的に狙ってくるからタチ悪くて~」
気づけば本題。オンラムさんはミミック派遣の理由を話してくれていた。やはり平和を乱す冒険者対策らしいが…。
「あのー…オンラムさん…」
「ん? どしたんアストちゃん?」
おずおずと手を挙げると、オンラムさんは小首を傾げる。一つ、気になることがあるのだ。
「その冒険者達って、鬼の皆さんでも簡単に倒せないほど強いんですか?」
そもそも鬼は怪力無双。一対一で勝てる人間はそうはいない。いやそれどころか、鬼一人vs冒険者パーティでも、簡単に薙ぎ払えるほどと聞く。
なのに、私達の会社に助けを求めるとは…。子供達が毎回人質にとられてしまうならばさもありなんだが…。
と、そんな質問をした瞬間…オンラムさんは私の手をぎゅっと握ってきた。
「そ! まさにそこ!ドンピシャ! アストちゃん優勝!アストちゃんぴおん!」
そのまま腕を引っ張り上げられ、優勝者のような感じに。一体どういうことなのか…?
「いや実はね、
「豆…ですか?」
「そ、あの美味しいやつ。酒のつまみにぼりぼり食べちゃって、気づけば袋を空にして叱られるやつ」
…それはオンラムさんの自業自得な気もするが…。
「その豆にね、変な魔法?でもかけてるくさくて、すっごい痛いの!」
ちょっと保存してあっから持ってきたげる! そう言い立ち上がり、ふらつきもせず奥へ消えていくオンラムさん。少し後、手にして持ってきたのは…。
「本当に豆ね…」
「豆ですね…」
社長共々呟く。それは升に入った、煎り豆。とくに不思議なところは…いや…。
「これって…確かに…」
一粒摘み上げ、よく見てみる。確かに、魔法…呪術に近い物がかけられている。効果も…『鬼特攻』といっていい。
こんなのをぶつけられたら、鬼ならばまず悶絶するだろう。尖った針をブスブス突き刺されるのと同じぐらいの痛みはあるはず。
これは、鬼とは言え手をこまねくのもわかってしまう…。 …ん?
「もぐっ」
ポリポリ
……えっ!? 社長が…豆を食べた!?
「いやちょっ!? 何食べてるんですか! ぺっしてください! ぺって!」
「うわぁ…それ食えんの…? あーしが食べようとしたら、唇腫れあがったんだけど…」
慌ててしまう私と、引き気味のオンラムさん。しかし社長は既にごくんと。
「―うん! 私には…ミミックにはただの煎り豆ですね! これなら問題ないです!」
…あぁ…。安全性の確認してたのか…。びっくりした…。良かった、変な効果無くて…。
「それでは、契約成立ということで! 酔っ払いの方や子供達の守護を中心に、皆様を御守りしますね!」
「ホント助かる! もう感謝感激って感じ!! 社長達マジ最っ高!」
幾つかのミミック潜伏手段を考案し、それに全部頷きまくったオンラムさん。もう満面の笑みである。
そして契約書にサインを交わし、諸々の説明。それが全て済んだ時だった。オンラムさんは思わぬ提案をしてきた。
「ね、ところで社長。強いんでしょ? あーしとちょっと闘わない?」
「良いですよ~!」
「よっしゃ! やろやろ! そこの庭先で!」
…へ。 え? なんか、凄い勢いで対戦が決まったような…。
私が呆然としている間に、オンラムさんは屏風の裏に。自身と同じ大きさの鬼棍棒を引っ張り出した。上に乗っかっていた、脱ぎ捨てられた綺麗な服を外しながら。…そこに隠してたんだ。
一方の社長も、木箱の中から普段の宝箱を取り出し、乗り換え。2人揃って意気揚々と庭へと繰り出していった。
「うーし! あーしの準備はできたよ!」
「私もです! いつでも良いですよ~!」
ある程度の間を空け、向き合うオンラムさんと社長。止めるのも無粋だし、私は縁側に座って見学することに。
…オンラムさん、明らかに目の色が変わってる。三度の飯より酒と戦いが好きって感じな顔。流石、鬼である。下手したら、私達が招かれたのってこのためなのかもしれない…?
「ちょーしこかしてもらうよ! 先手必勝! 雷よ…来い!」
先に動いたのは、オンラムさん。大きな棍棒を片手で振り上げ、天に。と―。
ゴゴゴゴ…ゴロゴロ…ゴロ…!!!
…あれは…雷雲…!? 一瞬にして、オンラムさんの直上に稲光湛える黒雲が…。直後…!
カッッッッッッッッ!!!
棍棒を通じ、落雷。オンラムさんの身体を、黄色の雷が包み込んだ。彼女の金の角も、一際強く輝いて…!
「これが、あーしの必殺技の一つ! 雨上がりの琉璃空に煌めく星のように、あーしの雷は輝き、八岐大蛇の如く襲い掛かる! これぞ、『
掛け声?と共に、オンラムさんは棍棒に力を籠め―、薙ぎ払う。 刹那、八本首の大蛇の如く姿を変えた雷撃は一直線に社長へ…そして…!
バチチチチィィッッッッッ!!!
直撃した!!!
「お…おおお…!! こ、これは中々に強力ぅ…!」
身に絡みついてくる雷を耐えながら、社長はそう漏らす。一方のオンラムさんは驚愕の表情。
「ウソ! 耐えちゃうん!? すごっ!! でも…その雷は、社長が力尽きるまで纏わりつくかんね!」
「ふふ…! なら、逆手にとっちゃいます! とぅっ!」
言うが早いか、社長は雷に蝕まれたままジャンピング。と、空中で一瞬止まり…箱を閉じ…。
「【箱の呼吸】壱ノ型! 『
宝箱型ミミックのように食らいつかんと、凄まじい勢いで雷ごと浮遊突撃していった!!!
…って。いやいやいや!そんな技名ないでしょう! しかも、またさっきのように直感だけど、なんか危ない命名な気が…!!
ドガァアァッッッッッッッッ!!
「ぐぅうう…!!」
そんな社長のレールガン?みたいな一撃を、見事に棍棒で防ぐオンラムさん。しかし―。
「ひゃっ!? あ、あーしが…押されてる…!?」
ズズズッと、彼女の身体が押し込まれていく。あっという間に壁際へと叩きつけられてしまった。
「ぉおお…! こんのぉっ!」
気合一閃、社長を弾き飛ばすオンラムさん。雷は霧散し、社長はくるくると着地した。
「やるじゃん!社長!」
「オンラムさんこそ!」
強者同士の笑みを湛え、次のぶつかり合いに向け構える2人。―その時だった。
「オンラム様! ミミン様! いい加減に…してくだいっっ!」
お世話係の方の『雷』が…落ちた。
「幾度目の注意ですか!オンラム様! 無暗に雷を落としますと、轟音で皆が驚きます!それに、建物も焦げて、壁も壊れているではありませんか!」
「はい…すんません…」
「ミミン様もミミン様です! オンラム様の全力を受け止めてくださったのは有難いですが、できれば止めて頂きとうございました…!」
「はい…ごめんなさい…」
激怒するお世話係の前で、平伏するオンラムさんと社長。と、お世話係の方はオンラムさんへと向き直った。
「もう…オンラム様は昔から…!おねしょの度に雷を落とす頃からは成長なされましたが…!」
「ちょ…! それ今関係ないじゃん…! てか、社長の前で怒らんくても…」
「いいえ! これはオンラム様のことを思ってのこと! 私は心を鬼にしてお叱り申し上げておるのです!」
びしりと言い切るお世話係の方。…すると、オンラムさんはプスっと笑いを漏らした。
「…心を鬼って…。あーし達そもそも…」
「“そもそも”? 何でしょうか? 言ってみてください」
「まずっ…!」
「何がまずいのですか? 言ってみなさい! さあ!」
お世話係の方の怒気がみるみる膨れ上がっていく…。要らないこと言うから…。
私はそのパワハラ会議のような様を、顔を伏せるようにしながら眺めるしかなかった。全く、鬼より怖いは母親、もとい世話係…。
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