顧客リスト№32 『魔女の家ダンジョン』

魔物側 社長秘書アストの日誌

本日の依頼先のダンジョンは、森の奥深くにある小さな家。お洒落な外観をしていて、こじんまりとした花壇もある。



へ? こんなところがダンジョンなのかって?まあその疑問も当然。


けど、それは家の中に入ればおのずとわかる。そう、目の前にあるドアをノックし、勝手に開いた扉をくぐれば…





「わぁー! 広ーい!!」


歓声を上げる社長。家の中に広がっていたのはなんと、暖色系な石造りの広い空間。明り取り用のステンドグラス窓が天井や壁に並べられ、手練れの職人でなければ描けなさそうな装飾が至る所に彫られている。


既にこの場だけで外観の家の大きさは優に超えているが、この場の端からは通路らしき道が幾本も。どうやらここはエントランスで、奥はまだまだ続いている様子。因みにガーゴイルと思しき彫像も置かれている。



それだけではない、石畳な床には緑のカーペットが引かれており、花が咲いている…。うん、これカーペット状に形成された芝生だ…。因みにそこから伸びた蔦が、壁や柱に絡まり、これまた花束のように花を咲き誇らせている。


空中をみれば、燭台らしきものがふわふわ浮いており、そこに妖精達が腰かけ遊んでいる。そして、烏や黒猫も飛んで…。間違いなく飛んでいる。黒猫が。空中を歩いている感じで。


そして、極めつけは…。



「あら、お客さん?冒険者…じゃないわね。 あ、今日来てくださるっていう『ミミック派遣会社』の方かしら?」


高い天井から声がする。そこには浮遊する箒に腰かけた、黒いシックなロングワンピースと黒いとんがり帽を被った女性。



もうお分かりであろう。彼女は、魔女。そう、ここは―。


「ようこそ、私達の『魔女の家』へ!」





ギルド登録名称『家ダンジョン』。ただそれだけだと通りが悪いからか、『魔女の家ダンジョン』と呼ばれることもしばしば。


外は一軒家なのに、中は王城以上の空間が広がっているというとんでもないダンジョン構造。それを成立させているのは、『魔法』である。


空間を捻じ曲げ、広くする魔法。それさえあれば狭い家でもこの通り。壁の装飾もステンドグラスの模様も自由に作り替えられる。


因みにこの魔法、我が社の建物にも使っているけど…ここまで凄くはない。恐るべし、魔女の皆さん。




少々話がズレるが…『魔女』とは、冒険者がよく就くジョブ『魔法使い』と何が違うかとよく議題に挙がることがある。


曰く、魔法を極めた者の呼称。曰く、悪魔と契約した者の仇名。曰く、人に害なす魔法使いの罪名。曰く―。


まあ色々言われているけど、実際何が違うのかは私達はおろか魔女本人達でさえわからない様子。案外漠然としているらしい。素性不明、というのも魔女たる要因なのだろう。



ただ少なくとも、魔法に精通し、危険なこともやってのける彼女達が恐れられている存在なのは確かである。そして、魔女たちはそれを喜んでいる。


…ドS的な素質も、魔女には必須なのかな…?







「じゃあ、うちの家長の部屋まで案内するわね。こっちよ~」


箒に乗ったまま、すいいっと移動していく魔女に私たちもついていく。廊下の一つへと入ると、壁は大理石に変化した。


更にそこから違う通路へ進むと、今度は丸太壁。さらに行けば、モフモフ毛の壁。やりたい放題である。


あと…気になるのが…。



「あのー…すいません…」


「あら?どうしたの?」


先行く案内役の魔女の方は、私の呼びかけに小首をかしげる。いや、だって…。


「なんか、どの部屋からも変な声が聞こえるんですけど…。『ふっふっふ…』とか『ヒッヒッヒ…』とか…」


「あぁ!私達の口癖よ。お鍋とかで調合や錬金する時に、つい口ずさんじゃうの。あとご飯作る際に、お鍋煮る時とかも」






幾つかの廊下を進み、ダンジョンの奥の方に。その間も(魔女の変な声が度々漏れている)部屋がちらほら。


なるほど。このダンジョンは外見から『家ダンジョン』と名付けられたのだろうが、実際の内部の様子も、奇天烈さこそあるが『家』である。魔女たちの集合住宅といった感じか。


実際、箒や使い魔に乗って本読んだり魔法練習している魔女たちと何度もすれ違ったし、軽く挨拶も交わした。なおその度に社長は可愛がられ、お菓子やら小さな魔女服やらを貰っていた。完全に子供扱いである。


…当の社長本人は楽しんでる様子だからいいか…。気づけばハロウィンにする魔女コスプレみたいになってるし。






「―よっと。この部屋よ」


箒からスタリと降り、目の前にある部屋の扉を叩く案内役の魔女の方。因みに周りの風景は、古城みたい。厳かで少し恐ろしい感じ。


なんでも廊下とかの模様替えは、近くの部屋の魔女の趣味となっているらしい。となると、重々しさすら感じられるこの場に居を構える魔女とは一体…。


伝書烏による手紙で依頼が来たので、実は初対面。ただ、書かれていた文字はとても綺麗で、サイン代わりに描かれていた魔法陣に触れると、ダンジョンまでの詳細な地図が浮かび上がるという魔法付きの手紙だった。


さあ、どんな方が…!




「はぁい」


部屋の中から聞こえてくる返事は、妖艶なる声。案内役の魔女の方は、それに名乗り返した。


「ウィカです、マギお婆様。『ミミック派遣会社』の方々がいらっしゃいましたよ」


「あら…!もうそんな時間…!? あらほんと…!年を取ると時間感覚が狂って嫌ねぇ…。いっそ、時間固定魔法でも使おうかしら」


ちょっと慌てた声の後に、サラッとヤバげな台詞が聞こえた気がするけど…。 


と、その時であった。




ギィイ…


独りでに、重そうな扉が開く。それと同時に、中からはお香の様な煙が帯となって揺蕩ってくる。


しかし、部屋内の様子は見えない。光を含んだ明るい靄が、レースのカーテンのように扉奥にかかっているのだ。


「ごめんなさいね、直接お出迎え出来なくて…。さぁ、どうぞ中に」


手招きされているかのような声に従い、私は部屋へと足を踏み入れる。靄へとぶつかると―。




「…わっ!」


一転、景色ががらりと変わる。周囲は大量の魔導書が収められている本棚となった。古城の書庫という雰囲気。魔導書の幾冊かは、表紙を翼のように羽ばたかせ飛んでいるけど。


さらに天井には、紐で結わえられ吊り下げられているトカゲやコウモリの干物や、様々な薬草。戸棚には瓶詰の魔法薬や何かをすり潰した粉や花びら。…なにかの目玉まである…。


床を見ると、スクロールと思しき羊皮紙やら神やらが無造作に散らかっている。正直、綺麗とは言い難い。あ、でも…道を作るように勝手に動いて近場に片付けられていく。



本当にどんな方なんだろう…。私よりも何倍も魔法を使いこなしている。そういえば、先程案内役の魔女…ウィカさんは依頼主である『マギ』さんのことを『お婆様』と呼んでいた。


なら、お年をかなり召している風貌をしていてもおかしくないけど…でも声はしわがれていなかったし…。


そう悩みながら歩いてゆくと、社長が何かを発見したらしく声をあげた。


「あっ! 見てアスト! 大釜鍋よ!」




社長が指さした先には、ソファが輪を描くように設置され、柔らかそうなクッションが積まれた広間。リビングっぽい。


そしてその真ん中には、私でも簡単に身を隠せそうな大きな釜。中には緑の液体…魔法薬かな? がポコポコと音を立て煮えている。流石魔女。やっぱり必須アイテムなんだ。



「好きな場所に腰かけてちょうだい。なんならお鍋の中の、もう食べても構わないわ。ちょっと早いけどね」


またもどこからともなく声が。すると、近くの部屋の扉が開き、コツコツとハイヒールの音を立て誰かが現れた。


「ようこそ。社長、アストちゃん。私が依頼をさせてもらった『マギ』よ」





「「…わぁ…!」」


私も社長も思わず口を開けてしまう。そこにいたのは、黒いとんがり帽に映える、銀糸の如き長髪を湛えた艶めかしい佳人。ちょっと厚みのある唇と、長いまつ毛、そして泣きぼくろがあだっぽさを強めている。


加えて、肌に張り付くような黒のロングドレスのせいで、抜群のプロポーションが丸わかり。というか、胸の部分がかなり開いているから歩くたびに大きなお胸がたゆりたゆりと揺れる。


しかも、そこにも綺麗なほくろがぽちりと。サキュバスに負けないぐらい…凄く…官能的…。



負けた…。私がハロウィンの時にした魔女仮装、なんて貧相だったんだろ…。本物の魔女って、こんななんだ…。






勝手な敗北感を抱いている中、マギさんはゆったりとこちらへと。私達に隣に座るよう促しつつ、ソファに腰かけた。


その座り方も、なんとも妖艶。身をクッションに委ねるように、ドレスのスリットから片足をチラリと見せるように。狙ってやっているわけじゃないと思うけど…。


魔性の女、略して魔女。だったりして。




「よっこいしょっと…。 あぁ…駄目ね、年取るとやっぱり掛け声を出しちゃうわ…」


と、そんな彼女は自分の口から洩れた一言に溜息をつく。いや、それは若い人でも言う人は言う気が…。


てか、本当に年取ってるの…? たしかにうら若き、というほどではないけど、大人の女性の魅力がムンムンというか…。


「そう思って貰えると嬉しいわぁ。でも、本当にもう結構な年だもの…」





「えっ!?」


まさか、心を読…!? 


「まあそんなとこね。読む気は無かったのだけど…ごめんなさいね」


マギさんはそう謝ってくる。やっぱり心を読まれてた…!凄い…! だけど、そんな年を取ってるようには…。


「300は越えているわね。アストちゃんみたいな魔族や、エルフとかと比べれば超高齢というほどではないでしょうけど…私は『人間』だもの。そろそろ身体にガタがきてるのよ」


いっそ別の身体に転生しようかしら。そう呟くマギさんに、社長が首を捻った。


「えー、でもすっごいお綺麗なお身体ですし、必要あります?」


「そうでもないわよ。魔法で無理やりアンチエイジングしているだけ。ほら、私の肌と貴方がたの肌を比べてみてごらんなさい? はりつやが全く違うわ」


そう言い、マギさんは腕をスッと出してくる。いや、わからない…。充分きめ細やかで綺麗。皺ひとつない。というか私より綺麗では…?


…あぁ!『美魔女』ってこういう人のことを言うんだ…!







色々と談笑をし、紅茶やお菓子も頂いた。因みにその時使った机は魔法陣が組み合わさって即席に完成したし、紅茶セットはどこからともなく浮遊してきた。


気づけばマギさんの太ももには黒猫が丸まり、肩には烏が羽を休めている。その様子は、確かに年相応?の穏やかさと抱擁感を感じさせた。



「へぇー、ミミックって色々できるのねぇ…!」


小さな鼻眼鏡をかけ、手渡したミミックカタログを読みこむマギさん。彼女が読み終わった頃合いを見計らい、社長が声をかけた。


「因みにどのようなご用命でしょうか? やはり冒険者対策で?」


「そうねぇ」


と、マギさんは眼鏡を外し、胸の隙間(!)にむにゅんと仕舞う。そして、そのまま引っ張り出してきたのは長キセル。


吸っても?と目で問われ、私達は揃って頷く。ありがと、と言葉で返したマギさんが口をつけると、キセルは自然に火がついた。


「ふう…」


絵になる姿で一服するマギさん。その唇から細く漏れ出た白煙は、空中にふわりと溜まり…。あれこれ、煙草の匂いじゃなくない?


「わ! アスト見て!凄いわよ!」


突然社長がはしゃぐ。なんと、マギさんが吐いた煙が映像を描き出したのだ。色までついて…!


「なんですかこれ…!」


「投影魔法よ。面白いでしょう?」




「社長の言う通り、冒険者対策なのは正しいわ。だけど、ここダンジョンの防衛というよりかは…冒険者を翻弄したり助けたりする役をお願いしたいの」


どういうことですか? そう問うより先に、煙は動く。ダンジョン内の何処かだろうか、そこには宝箱がちょこんと。


「正直言うと、冒険者の侵入を防ぐだけなら簡単なのよ。ここに住む魔女たちは他の魔女たちと比べても手練れが揃っているしね」


でしょうね。というか、マギさん一人で何とかなりそうである。



と、彼女はキセルをもうひと吸い。そして答えた。


「だけど、それじゃあ刺激が足りないのよ。楽しくないの。だからわざと冒険者を招きこんで、魔法のお試し台として利用しているの」


ふうっとマギさんが再度煙を吹くと、パッパッパッと映像が切り替わっていく。宝箱だったり、大鍋釜だったり。その中には、沢山の瓶や丸まった紙が。それをバッグに詰めている冒険者の姿も。


「冒険者への餌兼ご褒美として魔法薬や魔法スクロールを用意しているのだけど、ミミック達にはその補充をお願いしたいの。転送魔法も結構疲れるから。あと、迷った冒険者を脅かして誘導する役も」



と、映像がまた変わる。そこには明らかに迷ってしゃがみ込んでいる冒険者パーティー。「もう歩けない…」と泣いている。


「ここって、広い上に道が勝手に変わるように作ってあるのよ。だから、私達でも慣れていないと迷うの」


…良かった、案内役の方がいて。まあ社長いるから大丈夫だっただろうけど。



「あとは…勝手に魔女の部屋に入ってくる不躾冒険者を追い払ったり仕留めたりとかもかしら。色々とお願いできる? お代は魔法薬とかで良いかしら?言ってくれればどんなものでも作るわね」


「はーい! お任せくださいな!」


マギさんの頼みに、小さな魔女姿の社長は胸を張った。その拍子に被ってた帽子がずるっと落ち、顔が埋まったのはご愛敬。







「ところで、話は変わるのだけど…」


キセルをまたも胸に仕舞い、マギさんはこちらを向く。その顔は、ちょっと真剣。


「つい癖で、2人の魔力を魔法で見ちゃったの。その時に間違えて心も読んじゃったのだけど…。2人共、凄い強い魔力を持っているわね…」


ごくりと喉を鳴らす彼女は、そのまま私達にずいっと顔を寄せてきた。


「社長は当代の『魔王』と同じぐらいだわ…。最も、映像越しで見ただけだから正確かは微妙だけど…」


えへへ、と照れる社長。しかしマギさんは表情を崩さず、今度は私の方に。


「そしてアストちゃん。私の目に狂いがなければ…貴方、かなり高位の悪魔族の血族よね。いいえ、最高位の1人と言ってもいい…。それこそ、魔王の腹心級の…」


2人共、何者なの…? そう呟くマギさんの目は、実験対象を見るかのよう。うーん…何者かって言われても…。




ポンッ!


と、急に弾けた音を立てたのは、ずっと煮えていた大釜鍋。それで正気?に戻ったのか、マギさんは立ち上がり鍋を覗き込んだ。


「あら、出来たみたいね」


そう言い彼女がパチンと指を鳴らすと、スープカップ&スプーン3セットとお玉が現れ、釜の中の液体を自動でよそっていった。


「はい、どうぞ。私特製『魔法のスープ』よ。ここの魔女たちはみんなこれを好きなの。瓶詰にして冒険者用のお宝にもしているわ」




渡された緑色のスープからは、食欲を誘う良い香りが。マギさんの自慢の一品なのか、楽しそうに解説してくれた。


「効能は体力増強、魔力最大回復、疲労改善、美肌効果…とかとか。勿論美味しいわよ。あと、面白要素として、混ぜれば混ぜるほど…」


マギさんに促され、スプーンでスープを混ぜてみる。すると…



「あっ…!色が!」


緑が黄色に、黄色が赤に、赤が白に、白が飴色に…!


「そう! 混ぜれば混ぜるほど、練れば練るほど色が変わって…! ふっふっふ…!」


マギさんも自分のを混ぜながらそう口ずさむ。小さいカップでも適用されるんだ、それ…。



そうこうしているうちにスープは柔らかな虹色に。もうこれ以上変わらないみたい。じゃあ、頂きます…。 ん!


「「うまいっ!」」

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