人間側 とある冒険者達と魔女

時は深夜。月の光がうっすらと辺りを照らす森の中。


なのに突然、俺達の前に姿を現したのは、ぽつんと一軒家。窓からは仄かにランプの様な灯りが見えている。


微かな夜風に花壇の花がそよそよと揺れ、月の光を浴び佇むそこは世捨て人の棲み処。


その世捨て人の正体は『魔女』なんだが。





考えて見て欲しい。周りは魔物魔獣がこれでもかと出る森林地帯の深部。その中で、綺麗な家と花壇を維持している…。冷静に考えればおかしいだろう。


よく昔話やら伝承とかで聞くはずだ。『森に迷った人が、偶然灯りの付いた家を発見し、住人にもてなされるが、実はその住人は魔女だった』っての。


まさにその通り。魔女は大体こういった森奥に居を構えることが多い。たまに城とか立てて貴族然としているやつとかもいるが。


不用意に家に入った後、食われるか実験に使われるか無事に帰れるかはお伽噺によって様々だが、知っていればこんな妖しさ満々のところに近づこうなんて気は起きないはずだ。


…魔女に用がある奴と、俺達みたいな冒険者以外はな。






「ほ、ほんとに入るんですか…!?魔女の家なんですよ…!? 食べられちゃったり、薬の材料にされちゃったり…!」


「いや、今更怖気づくなよ…。『魔法使いと魔女の違い、見せてあげます!』とか言ってたろ…」


怖がるパーティーの女魔法使いに、肩を竦める。このダンジョンに潜るのは初めてらしい。パーティーを集める際、そんな台詞を言って加入してきたんだが…駄目かもしれない。



てか、魔法使いと魔女の違いってなんだろうなぁ…正義っぽいか悪っぽいか、か?魔物の棲み処であるダンジョンに侵入する魔法使いのほうが悪っぽいが…。黙っとこう。


「安心しろよ。さっきも説明した通り、ここの『魔女の家ダンジョン』には人食い魔女は住んでいない。だいたい、死んだとこで復活魔法陣で戻れるだろ」


「うぅ…なら良いですけど…」


その一言でようやく落ち着く魔法使い。まあ、死んだ後何されるかは知らないが…これも黙っておくか。死ななければいいだけだし。





武器を構えたまま、コンコンとドアをノックをする。すると、描かれていた小さい魔法陣が輝き、ギイィと開いた。


「行くぞ」

「「おー!」」

「おー…」


4人揃って、扉をくぐる。すると、中は―。



「「「「おおー!」」」」


歓声を上げるのも仕方なし。まるでお城の大広間のようなそこは、外の家よりも明らかに大きい。何度見ても驚いてしまう。


装飾も、カーペットも、シャンデリアも一級品。しかも昼間のように明るい。


「これが…魔女の力…! すっっっごい空間魔法…!」


怖がっていた魔法使いも、呆けた顔を浮かべている。 と、その時であった。





ゴ、ゴゴゴゴゴ…!


岩を擦る音を立てて動き出したのは、端にあった彫像。ガーゴイル。魔女の作った使い魔にして、ここの門番。


こいつを倒せなければ、奥に進めない。要はチュートリアルである。だが結構強いから、油断せずに…!


キュイイイ…ゴッ!  ドゴォオオンッ!



「「「は…?」」」


突然目の前で爆散したガーゴイルに唖然とする俺達。いや、正しくは後ろから大きな火球みたいなのが…。


「見ましたか…!『魔法使い』の力を…!!」


その声にハッと背後を見やると、杖からシュウウと音をあげさせている魔法使い。たった一発で、ガーゴイルを屠ったのか…! 強い…!




「あら! あの子を一撃で壊すなんてやるわね!」


と、どこからか拍手と共に褒める声が。上…! おっと…!魔女が1人飛んでいたか…!


その魔女は、すいいっと箒で降りてくる。そして魔法使いの前で停止し、彼女の顎をクイっと。


「貴方、良い魔法使いねぇ…。才能に満ち溢れてるし…私達の仲間にならない?」


まさかの勧誘…!魔女ってそうやって仲間を増やすのか。魔法使いの返答は如何に…


「あ…あぁ…あう…」


えぇ…。超どぎまぎしてるじゃないか…。仕方ない、助けてやるか。よっと!



「おっと、危ない!」


俺の剣戟をするりと躱し、空へ飛び上がった彼女は残念残念と笑った。


「退散しましょっと。じゃ、考えといてね~」


そのまま廊下の一本に、ひゅるりと消えていった。ともあれ、ダンジョン探索の開始だ。あ、その前に…



「勧誘を受けるかどうかは好きにしていいが…とりあえず今は探索に集中してくれよ?」


「う…。も、もう大丈夫です!次あったら魔女なんて狩ってしまいますから!」


ちょっと苦言を言ってやると、魔法使いはそう返してきた。いや、狩るって…。魔獣じゃないんだぞ…。








廊下の一本に進路を定め、進む。角を曲がる度に壁や屋根、窓やカーペットの材質は様変わりしていく。酒場風だったり遺跡だったり魚の鱗だったり荒れ地の風景だったり…相変わらず奇妙なダンジョン。


それだけじゃない。道中の階段もおかしい。上がったと思ったら下がる階段だったり、右に左に動いてたり、透明だったり、蛇で出来ていたり…。何人の魔女が住んでいるかはわからないが、こんな場所に住んでいて頭おかしくならないのか。


まぁでも…魔女だしなぁ…。イメージ的に、変でもなんかおかしくないというか…。




そして、道中に出てくる使い魔や魔女も結構いる。骨の兵士や、低級悪魔、巨大黒猫や烏、なんかよくわからん魔物とかとエンカウントし、何度も戦うことに。


その度に廊下は広場のようにぐねりと広がり、戦いやすくなるから楽だが…それでも強い魔女は強い。妙な魔法打ってくるし。


…さっきなんか、『魔女の一撃!』と称してぎっくり腰になる魔法をかけてきた魔女もいた…。ヒーラーが解除魔法をかけてくれたか助かったが…とんっっでもなく痛かった…。


くそっ…魔女、やっぱり狩ってやろうか…!







色々あったが、襲い来る全員を退けどんどん奥に。今回は強い面子が集まって助かった。なんやかんや、怖がっていた魔法使いも大活躍。


幾つかの宝箱を開け、魔法薬や魔法スクロールを沢山ゲットもできた。その度に魔法を使う連中は凄い物だと目を輝かせていたが…俺はよくわからん。高く売れればそれでいい。


…でも、そうだ、このメンバーなら…。





「「「魔女の部屋に、忍び込む!?」」」


俺の提案に、メンバー全員が声を揃える。そう、魔女の部屋に侵入し、もっと良いものを狙おうと持ち掛けたのだ。


このダンジョンは名の通り、『魔女の家』。つまり時折ある扉が、魔女の住む部屋である。だって中から「ひっひっひ…」って如何にも魔女な声が聞こえてくるしな。


だが、基本的にどの部屋も防護魔法っぽいのがかかっているため、魔法使いがいないと開けられない。それに、中にいる魔女の抵抗も予想される。


しかし、今の面子ならば…!



「魔女の強さの秘訣、見たくないか? きっと強力な魔法アイテムとかもあるぞ?」


そう誘うと、仲間達…特にあの魔法使いがうーんと唸りだした。


「まあ…見たいですけど…」


よし、上手くいった。やっぱり魔法への興味には勝てないらしい。…いつか魔女になるんじゃないか?この魔法使い。






ということで入る部屋を物色することに。できれば戦闘は避けたいから、声がしない部屋を…。お、ここが良いんじゃないか?


「じゃあ頼む」

「はい。 えーと…ここをこうして…こうして…詠唱は確か…」


魔法使いが扉を弄り出し、数分が経過。すると―。



「やった…!魔女の魔法に勝てた!」

ガコン…ギィイイイ…


魔法使いの声と共に、扉がゆっくり開いていく。警戒をしながら、ゆっくり静かに入っていくと…。


「お…!沢山の魔導書と魔法スクロール…!」


入った瞬間、辺りに積まれている魔法陣が描かれた大量の本や羊皮紙が目につく。これだけでも儲けものだ…! ん…?


「すう…すう…」


遠くから、小さな小さな寝息。この部屋の魔女は寝ているらしい。好都合。好きなだけ奪っていって…!


「ぎゃっ…!」


…ん? なんだ、今の断末魔みたいなの…。後ろから…


「!?」

「「ひっ…!」」


声を詰まらせてしまう俺と、小さく声をあげる魔法使いとヒーラー。


4人パーティーだったろ、もう一人は? だって? 



それなら…目の前で…扉横に置いてあった大釜鍋に呑み込まれてる…!







「「きゃああああああ!」」


悲鳴をあげる魔法使いたち。瞬間、部屋の端から烏や黒猫が怒り狂って飛んできた。ヤバい…!逃げろ…!


身を竦める仲間2人をひっつかみ、追いかけてくる烏と猫、宝箱から必死で逃げる。角曲がって、階段上って、降りて、カーブして…!!! うおおお…!!!





「はぁ…はぁ…もういないか…?」


闇雲に走り回ったおかげで、気づけば追っ手はいなくなっていた。撒けたらしい。はぁ…危なかった。


しかし…あの釜、『ミミック』だよな…触手の…。なんであんな場所に…。魔女の使い魔なのか…?


「あのー…」


そんな考え事をしていると、魔法使いがちょんちょんと俺を突く。一体なんだ?


「ここ、どこなんでしょう…?」







…! し、しまった…!ここではそれを気をつけなければいけなかったんだ…!


空間が捻じ曲がっているせいか、元からそういう造りかは知らないが、このダンジョンはとんでもなく入り組み、あろうことか道が勝手に動くこともあるのだ。


そんなとこで迷子になんかなったら、もう帰れないに等しい。通りかかった魔女に殺されるか、飢え死にを待つだけ…。


幸い壁が色々と違うから、覚えていれば大丈夫だが…逃げるのに必死で記憶しているわけがない。


やらかした…。せっかくいいアイテム集められたのに…!



「お、おい魔法使い…。道がわかる魔法とか使えないのか…?」


「それが…さっきからナビ魔法を使ってるんですけど…。私達、小さな家の中から動いていない扱いらしいんです…」


魔法使いはボウっと地図を空中に浮かべる。確かに、小さな家の中に俺達がいるだけの表示しか…。


「ワープ魔法とかは…?」


「使えないです…。あと多分、ここじゃ使えないと思います…。魔力の流れがぐねぐねですし…」


ヒーラーの提案にも、残念そうに首を振る魔法使い。マズい…本当にマズい…!どうすれば…!



と、その時だった。


「そこのお困りの冒険者よ…私が手助けになろう…」







「だ、誰だ…!?」


突然聞こえてきた女性の声に、俺達は驚く。しかし、辺りを見回しても誰もいない。


「こっちだ…後ろを向くがいい…」


…なんかやけに芝居がかっている気がするが…。恐る恐る後ろを向くと、そこには宝箱が。


「さあ、開くのだ…」


その言葉に、思わず3人で顔を見合わせる。さっきのミミックの件があるしな…。


「怖がることは無い…。ふむ…ならばそこの魔女…じゃなかった。魔法使い…だよね?」


おい、若干キャラがブレだしたぞ、この謎の声…。まあいいか…。


「ご指名だぞ」


「うぇっ…! わ、私ですか…?」


びくつきながらも、じりじりと近づき宝箱に手をかける魔法使い。ゆっくり蓋を開くと…。



「あ、あれ…? 魔女帽…?」


中にあったのは、魔女が被っている黒いとんがり帽子。すると、声はその帽子から聞こえてきた。


「よくぞ私を取り出した…。私は『魔法の帽子』。さあ、被るがよい。さすれば出口までの道を明らかにしよう…!」


おお…!凄い好都合!  …どうでもいいんだけど、喋る魔法使いの帽子ってどっかでみたことあるような…。







「むむむ…見える…見えるぞ…来た道が…! まずは三つ目の角を右に行くのだ…」


魔法使いの頭にちょこんと乗っかり、ナビをする魔法の帽子。ちょっと胡散臭い気がしたが…。


「確かにここ、通ったような…」

「こんな壁あったよね…」


確かに、闇雲に走っていた時に目の端に映った壁が次々と。正しそうだ。一体なんだあのとんがり帽子…?迷った魔女用か?


…いや!さっきのあの台詞…! もしかしたら魔女に封印されたヤバい魔法アイテムだったりするのかも…! 


ならば、このまま持ち帰って…!







「あ…! ここって…!」


と、魔法使いが声をあげる。そこはさっき侵入した魔女の部屋の前。幸い扉は仕舞っている様子。ここまでくれば帰り道はわかる。


「おや…、もう場所がわかる位置なのかな? ならば私の出番はここまでだ…」


言うが早いか、勝手に魔法使いの頭から飛び降り地面へと落ちる帽子。そのまま元来た道を帰ろうとする。


逃がすか…! 急いで拾い上げようとした、その瞬間だった。




ギィイイイ…


扉が開く音。まさか、さっきの魔女が起きたのか…! 慌てて武器を構えた俺達の前に出てきたのは…。


「げっ…!ミミック…!」


まさかの、さっきの釜入りミミック。マズいの見つかった…! 思わず後ずさる俺達。すると、その後ろから―。


「え? 何? さっきこの人達が部屋に侵入してきたの? あらー、女性の部屋に勝手に入るなんて不躾ね。じゃ、お仕置きかしら」


という、明らかに口調が変わった帽子の声。…って、え?



「よいしょ!」


掛け声と共に、地面に落ちていたとんがり帽子はくるりと半回転。なんと尖った部分だけで地面にストンと立った。そして、ひょっこり姿を現したのは…。


「せっかく案内してあげたけど、ここで復活魔法陣送りよ!」


「「「じょ、上位ミミック…!!!?」」」




嘘だろ…! ミミックって宝箱に潜むモンだろ…。帽子にも隠れられるのか…!


ハッ!そうか…あれはとんがり帽子。形がしっかりとあるから、潜んでいてもわからなかったのか…。ひっくり返していれば…!


前方の釜ミミック、後方の帽子ミミック。更に扉からは使い魔らしき烏や黒猫たちがぞろぞろ。勝てるか…?


と、そんな折―。



「あら? さっきの魔法使いの子達じゃない。どうしたの?」


ふわりとそこに現れたのは、入口で会った魔女。更なる増援か…!


「ふぁああ…何よぉ…。寝てたのにぃ…」


更に、部屋の主の魔女まで寝ぼけ眼を擦り擦り出てきた。終わった…。





「実はかくかくしかじかでー」


上位ミミックが説明している間、俺達は正座待機させられる。烏と黒猫に睨まれながら。


「なるほどねぇ…別に殺すまでしなくていいわよ…ふぁふ…」


「んー。でも、このまま返すのも面白くないし…そうだ!」


ポンと手を打つ、入口で会った魔女。彼女は魔法使いを指さした。


「貴方、ちょっと残って私達と話さない? そうしたら、仲間の2人は安全に入口まで帰したげる。あと、もっと沢山魔法薬とかあげるわよ。ミミックちゃん、在庫まだある?」


「ありますよー、ウィカさん。それー!」


腕を軸に、倒立する上位ミミック。すると、帽子の中からドサドサドサと大量の薬瓶やスクロールが。一体どこにそんな量が…。てか、あれ魔法使いの頭の上に乗ってたんだが…。


「全部あげるわ。勿論、断ったら…どうなるでしょうねぇ?」


そうドSな表情を浮かべる魔女。もうこれ選択肢はないだろ…。仲間を売るようだけど…


「悪い…! 取り分多めに払うから…!」

「お願い…!」



懇願する俺達に、魔法使いは泣きそうな表情。と、そんな彼女の肩を魔女が抱いた。


「決まりね! 大丈夫よ、とって食べたりなんてしないから。イイコトするだけ。貴方に魔法のセンスがあるから、魔法を教えたくなっちゃっただけよ」


「えー…そうなのぉ…? わ、ほんとだ。良い魔力してるぅ。けど、垢抜けてないわね。磨けばかなり光るわ。うちの部屋使う?」


寝ぼけていた魔女も、いつの間にか魔法使いに擦り寄っていた。魔法使いも女とはいえ、両手に美女とは羨ましい…。





「はーい、じゃあ残ったお二人は入口まで配送しまーす!」


ボウっと眺めていた俺達を、上位ミミックが触手にした手で掴みあげる。そのまま、釜ミミックの中へと放り入れられた。食べられ―!はしない…。良かった…。


「じゃ、魔女釜の宅急便と行きましょう! 入口に置き配だけど!」


すいいっと動き出す大釜。俺が最後に見れたのは…。



「さ、じゃあお部屋に入りましょう。魔女に興味はありそうだったし、手取り足取り魔法の使い方教えてあげるわ」


「あ、なら明日マギお婆様に合わせてあげましょうよぉ。きっと見惚れて『魔女になりたい』って思うわよ?」


妖艶な魔女2人に挟まれ、部屋に連れ込まれる魔法使いの姿だった。

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