人間側 とある食いしん坊冒険者と果実
おっなか空いた~♪ おっなか空いた~♪
森の中を私はポヨンポヨンと進む。…失礼な!ポヨポヨはお腹が揺れる音じゃない。太ってないから! これは胸が揺れる音!ただ食べた物が胸にいくだけだし!…何言わせるの!?
ケホン。気を取り直して…私はとある女冒険者。自他共に認める食いしん坊。ピンクの髪や服から変なあだ名で呼ばれることがあるけど…。今は関係ないか。
今日はご飯代を稼ぐためにダンジョンに…。ううん、ダンジョンに来てるのは正しいけど、ご飯代を稼ぐのが最大の目的じゃない。美味し~い果物をちょっと食べさせてもらおうと思って!
ここは『森林ダンジョン』。木の魔物、トレント達が棲んでいる場所。実は私、少し縁あってトレント達と懇意にさせてもらっているのだ。
このダンジョンは『彷徨いの森』と呼ばれることもある。ここに侵入した冒険者達は暗い木々のトンネルの中、姿の見えない化け物達に脅され追い返されるのだ。中にはさんざ歩かされ方向感覚すら失って出てくる人達もいる。
実は私もちょっと前、迷い込んだことがある。そして同じように『彷徨いの森』を受けたのだが…何分あの時の私はお腹が空きすぎて空きすぎて…。
謎の声もなんとやら、目の前に生える木の根の壁もなんのその。まるでゴーストに憑りつかれたように一目散に森の奥へと進んだのだ。
だって、森の奥からすっごく甘くて美味しそうな匂いがしたんだもの。あんなの空腹の人に嗅がせたら、正気を失ってしまう。 え、私だけ?そんなー。
まあ結果的に、私はダンジョン最奥にたどり着いた。最も、その瞬間空腹で倒れてしまったのだけど。
そしたら、目の前に虹色の宝石のような果物が一個ポトンと落ちてきた。ハッと顔を上げると、そこにはトレントのウッズ長老(勝手にそう呼んでる)がいたのだ!
あの時の果物は本当に美味しかった! 後で調べて見たら、『老樹の宝石果』といって老トレントしか成らすことが出来ない貴重な物だったらしい。
そしてどうやらトレントの長老、私の食べっぷりが気に入ったのか、その宝石果を幾つも幾つも食べさせてくれた。そうこうしている内に意気投合し、以来、時折ここを訪れさせてもらっている。
その恩返しに、邪魔そうな枝の剪定や暴れる魔物に「めっ」したりしてお手伝いしている。勿論長老だけじゃなく他のトレント達にも。
特に若トレント達には私の果物の味批評が有難いらしく、今では皆美味しい実を成らせてくれている。おかげで食べ放題!やったね!
…なのだけれど、最近ちょっと大変なことになってる。私の同業者…冒険者達が結構な頻度でこのダンジョンを襲っているらしいのだ。果物の質を上げちゃったのマズかったかな…。
責任感じるけど、冒険者同士で争うわけにも行かないし…。長老も心底困り果てているようで、私を蔦のブランコに乗せてくれながらも溜息をついていた。
あ、でも。この間私が「冒険者を仕留めるのが得意な魔物でもいればなぁ」と漏らした時、長老、天啓を得たという感じで賛成してくれた。それでなんか策を講じるって言ってたけど…。
とりあえず、道のところどころに落ちてる枝や葉っぱを拾いながら進んでいく。トレントの物だからちょっと良いお値段で売れる。よくある簡単クエスト『薬草集め』より遥かに効率が良いのだ。
と、そんな時だった。
ドサッ
「わっ! 何!?」
空から何かが落ちてきて、びっくり。結構重めの音だったけど…ん?太った鳥?
確かこれ、『グルマンバード』っていう大食いで有名な鳥魔物。とはいっても、作物を食べ散らかす害鳥だけど。そういえば長老、こいつにも悩まされているって言ってたっけ。
トレントの誰かが仕留めたのかな? 麻痺毒でやられてるみたいだし、強く縛られた跡もある。花粉と蔦のダブルコンボでやられたのかもしれない。
あれ?でもトレント達、木の上…もとい頭の上まで蔦とか届かないって言ってたような…。それに麻痺毒もここまで動けなくなるほどだっけか?
うーん。ま、良いや!この鳥、美味しいんだよね。どうせトレント達にとっても害鳥だし、持って帰って焼き鳥にしてもらお!
『あ…良いところに…こっちこっち…』
私が鳥を無理くりバックに詰め込んでると、どこからともなく呼ぶ声が。これは『彷徨いの森』の化け物…!
まあ、正体はトレントそのものなのだけど。呼ばれた方に駆け寄ると、そこには笑顔を浮かべたトレントの1人…一本?が。
『見て…これ…』
しゅるりと伸びた蔦が指し示したのは、木の横でチーンと死んでる冒険者達。斧ばっか持ってるから、どうやらトレントを切り倒そうとしたらしい。
「倒したんですか?」
『私じゃないよ…これ…』
蔦は再度動き、トレント自身の足元を指す。そこにあったのは…。
「わぁ! 宝箱!」
木の枝や葉が乗っかった、少し古ぼけながらも輝く宝箱。こんなところにお宝があったなんて!わくわくしながら手をかけると―。
パカッ ハモッ
「ぺぼっ!?」
視界が一瞬で暗く…!生あったか!?ヌメヌメする!?
『もう良いよ…出してあげて…』
トレントの声に合わせ、私はぺっと吐き出される。そう
真っ赤な舌と、鋭い牙。そして漆黒の口内。ミミックじゃん! 食べるのは好きだけど、食べられるのは好きじゃないよ!!?
『ごめんね…見せたくて…』
トレントはゆさゆさと頭を揺らし、真っ赤で美味しそうな実を幾つか落とす。お詫びの品らしい。
「あっ!もしかして、これが長老の言っていた『策』!」
べとべとの顔を拭いながら、私をポンと手を打つ。するとトレントはにっこり微笑み頷いた。なるほど、ミミックは対冒険者最強の魔物と言ってもいいかもしれない!
少し冷静になれば、木の真下に宝箱があるのはちょっと不自然だとわかる。だけどここは『彷徨いの森』、そんなのがあってもおかしくないかもと思っちゃう。
特に欲張った冒険者は真っ先に開けちゃうだろう。…はい、欲張りましたごめんなさい!だって宝箱見つけたら開けるのは冒険者の性だもん!
貰った木の実を齧りつつ、幾つかをミミックに投げてみる。すると器用にパクリとキャッチ、嬉しそうにもぐもぐし始めた。いつもは怖い魔物だけど、こう見ると案外可愛い…!
『ウッズさんのとこに行くの…?』
「はい! あの宝石果食べさせてもらおうと思って!」
『なら気を付けて…。冒険者のパーティーが今さっきそっちに向かっていったみたい…』
「あらら…。うーん長老心配だし、ちょっと見てきますね!」
トレントとミミックに手を振り、奥地へと私は駆ける。最奥まで行ける冒険者ということは、トレント達の脅しが効かない手練れということ。長老、無事だと良いけど…。
グゥ…
う…心配すると、お腹が空く。さっき貰った果物もっと食べよっと。いっただっきま―。
「よお『ピンクの悪魔』! ここでも食べてるたぁなぁ!」
すぅ…!? 聞き覚えのある声に、バッとそちらの方を見やる。そこにいたのは冒険者パーティー。そして、その内の1人は知り合いの男冒険者だった。
「…その仇名で呼ぶの止めてって何度言わせるの?」
「んだよツレねえなぁ。しっかし、お前もここに来てるとは。飲食店荒らしはお休みか?」
ゲラゲラと笑う男冒険者。やっぱりコイツ嫌い…。あの仇名で呼んでくるし…。
―ピンクの悪魔。それは私の髪色とか好んで着てる服がピンクなのと、大分前のギルド主催大食い選手権が関係している。
そこで私は大差をつけて優勝したのだけど、その時の食べっぷりが語り草となっているのだ。まるで吸い込むかのように次々と食べ物を平らげた様子が悪魔的だったことから、誰とは無しについた仇名が『ピンクの悪魔』。
花も恥じらう乙女に悪魔って酷くない!? そりゃ、何軒か食べ過ぎで出禁食らっている飲食店はあるけど…。
「…ここで何してるの?」
そんな思いを果物で飲み下し、聞いてみる。すると彼は意気揚々と答えた。
「そりゃ当然、金稼ぎだ! この奥にでっかい木があるだろ?今日はそいつを切り倒しに来たんだ!」
「なっ…!?」
思わず唖然とする私を気にせず、彼は武器をガチャンと構える。いつもは大きいハンマー使いなのだが、今日の装備は全く違う。
「見ろよこれ! 特注品だぞ!」
そう言いながら、何かの紐を勢いよく引く男冒険者。と―。
ドルルゥンッ ヴィ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ッ!
煩い起動音と、それよりも大きい駆動音。それに合わせるように、武器先の横長の板についた刃は回転し始める。
「それって…チェーンソー!?」
「おうとも! グッフッフ…環境破壊って楽しいぜ!」
明らかな悪人セリフを吐きながら、彼はパーティーメンバーと共にズンズンと森の最奥へと。なんとかして止めなきゃ!
「だーかーら!止めてって言ってるでしょ!」
「うるせえなピンクの悪魔! 落ちた木の実はやるから黙ってろ!」
駄目だ…、いくら言っても聞いてくれない。そうこうしているうちに長老と彼ら、対峙してしまった。
片やトレントの長老とはいえ、巨木の魔物。片や木々を切り倒すための武器、チェーンソーを装備したパーティー。どっちが分が悪いなんて一目瞭然。
どうしよう、後が面倒になるけど長老の援護につくべきか…! そう思い剣を引き抜こうとしたその時だった。
ザワザワ…
長老の枝の一本が揺れる。そして、宝石果の一つが私の元に飛んできた。それはまるで、「食べながら観戦しておれ」と伝えているよう。
迷ってる間に、バトルは始まってしまう。大丈夫かな…。長老、というかトレント達の戦法には
ドドドドッ!
開幕、長老が仕掛ける。地面の下を這わせた根の攻撃。ここから蔓の鞭や枝葉の矢による攻撃が黄金コンボなのだけど…。
ヴィ゛イ゛イ゛イ゛ッ!! ジジャジャジャッ!
突き刺さんと、取り囲まんと伸びる根をチェーンソーは容易く切り落としていく。しかも、それだけではない。
「切り倒せぇ!」
「「「ヒャッハー!!」」」
彼ら、我先にと長老に突貫していく。ヤバい!トレントって、懐に飛び込まれるのが弱点なのに!
移動して逃げることができず、枝や根の攻撃は角度的に届かない。密着されてしまえば、もはやなす術無い。てかバッサリと伐採されちゃう。
助けてあげなきゃ!私はとうとう剣を引き抜き走り寄る。が、それよりも先に妙なことが起きた。
ボトンッ
「あん?何だ?」
突然、何かがチェーンソーパーティーの前に落ちる。果物…ではない。
ブブブブブブッ!
「ひぃっ!蜂!?」
思わず全員が足を止める。どうやら落ちてきたのは蜂の巣。そこから出てきたのは黄色と黒の…じゃなくて赤と緑という奇妙なカラーリングの蜂だった。
手当たり次第にチェーンソーを振り回すパーティーだが、小さく高速飛行している蜂に当たるわけも無し。手間取っているうちに1人がぶすりと刺された。
「あばばばばばば…」
あれ?蜂に刺されただけなのに、まるで麻痺毒を食らったかのような感じで倒れた?しかも、さっき落ちてきた鳥魔物みたい。
「おい!早く回復魔法!」
「それが…効かないぞ…!」
よほど強い毒なのか、麻痺は一切解けない。そんな間に長老は蔦を伸ばし、麻痺した冒険者を空高く弾き飛ばした。ウッズ長老、ナイスショット!ファー!
「クソッ! 近づいちまえばこっちのもんだ!」
チェーンソーパーティー、蜂を無視して特攻し始めちゃった。ヤバいヤバい! 慌てて追いかけなおす私だったが、その必要は無かった。だって…。
ヒュウウッ ゴスッ ゴスッ
「「ぐえっ…!」」
再度落ちてきた何かが、パーティーメンバー二人の頭にクリティカルヒット。何あれ…!宝箱落ちてきたんだけど!
しかも中から触手が出てきて、メンバー絞め殺しちゃった! えっ、ということはあれもミミックじゃん!なんで木の上に!?いやこの上なく良い戦法だけど!
あっという間に残されたのはあの男冒険者ただ1人。と、彼は後ろにいた私に声をかけてきた。
「おい!分け前はやるから手伝ってくれ!なんなら好きなだけ飯を食べさせてやるから!」
「いーやーだ!」
べーっと舌を出し拒否してやる。私は伐採反対側だし、そもそも人の事を悪魔って呼ぶ奴の手伝いなんて、幾らご飯を並べられてもやるもんか!
「クソッ! うおおおおおっ!」
破れかぶれに突撃する男冒険者。しかし残念ながら―。
ヒュウウウッ ドスッ!
「ごるどっ…!?」
うわぁ…巨大な栗のイガ、いや巨大棘付き鉄球?みたいなのが頭に…。あれは無敵とかないと防げないわ…。
チェーンソー部隊、全滅! 見事なる全滅! いやー、一時はどうなるかと思ったけど、解決しちゃった。
あ、今更気づいたけどあの蜂の巣作り物だ。それに、『宝箱バチ』じゃん。ミミックの一種として扱われてる…。へえー、となると、この巨大鉄球以外全部ミミック…。
パカッ
「はぁあい☆ アナタがウッズさんが話してた食いしん坊冒険者ね? あ、ちょっと社長に似てるかも。髪色一緒だし」
「えっ…」
鉄球、栗のイガみたいに開いた…。しかも中に、女魔物。上位ミミックだったんだ…。しかも私並みに…ううん、私以上に胸ポヨポヨしてる…。
「ということでのう。ミミックを雇わせて貰ったんじゅよ」
「なるほどー」
長老から説明を受け、ようやく合点がいった。そんな変わった魔物達もいるんだなぁ。
「おかげで果物も無事じゅ。ほれ、ミミック達と一緒に食べていきなされ」
「わーい!」
やった!お腹ぺこぺこ! と、そんな私を上位ミミックのお姉さんがちょんちょんとつついた。
「なら上で食べない? ウッズさん、良ーい?」
「勿論じゅよ。ほいさ」
蔦をぶらりと垂らしてくれる長老。上位ミミックのお姉さんは落ちた蜂の巣片手に器用に登っていった。そして、その蜂の巣を木の枝の一つにピタリとくっつけた。 再利用可能なんだ…。
触手ミミック達もよじ登り、私もよいしょよいしょと登る。宝石果を落とさないギリギリまで手に取り、頑張って長老のてっぺんへ。ガサリと身体を出すと…。
「わあ!」
景色、超凄い! 一面に見えるトレント達の頭には色とりどりの果物がたくさん!美味しそう…!
あ、よく見るとちらほらと木の上に宝箱が置いてある。多分あれもミミックなのだろう。
「「いっただきまーす!」」
私と上位ミミックのお姉さん、揃って宝石果をパクリ。甘くて美味し~い!
しかしミミックが奇襲を生業とするとはいえ、まさか落下式の奇襲をかけてくるとは。新しい。でも、何故木の上にいるのだろう。
さっき見たみたいに、木の下でも効果はありそうなものだけど。もぐもぐしながらそう考えてると―。
「あっ。ちょっとお仕事するわね」
鉄球から身体を乗り出す上位ミミックのお姉さん。すると、どこからともなくバッサバッサと羽ばたき音が。
「あー! 『グルマンバード』!」
少し離れた位置に降りてきたのはあの害鳥魔物。果物を食い荒らされてたまるかと私はまたも剣を引き抜く。でもそれより先に…。
ギュルッ!
「ギュエッ…」
さっきまで私の横にいたお姉さんが手を触手にして仕留めていた。なんという早業。あっ、そっか! 木の上にいるのは鳥対策か!やるもんだ!
と、倒したグルマンバードを下に捨ててこようとするミミックのお姉さん。それを私は止めた。
「あ、その鳥要らないなら貰って良いですか? 晩御飯にします! 一羽だけじゃ足りないとこだったので!」
「…ウッズさん。この子、予想以上に食いしん坊ね」
「じゅろう? ふぉっふぉっふぉっ」
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