顧客リスト№22 『ワイバーンの山岳ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌
カラカラとところどころにある小石を踏みながら、私と社長は山道を登っていく。結構雲が近くなってきた。
だというのに、結構温かい。周囲の草木は意外と生い茂り、そこに棲む獣達もパッと見ただけで結構な数が窺える。
ここはギルドによる名称『山岳ダンジョン』。そこそこ腕の良い冒険者から挑める難易度のダンジョンである。それはここを支配する魔物が理由なのだけど―。
と、そんな時だった。
「フシャアアアッ!」
草陰から私よりも大きい獣が飛び出し、こちらを威嚇してきた。今にも襲いかかってきそう。私達を今日のご飯にするつもりだろうか。
でも大丈夫。今の私達には心強い護衛がいるのだ。
ビュウッ バサッ
突如、空高くから勢いよく降りてきた何かが私達の前に着地する。それは持ち前の大きな翼を一気に広げ、鱗に包まれたいかつい顔で獣に吼え返した。
「ギャオオオオッ!!」
「キュンッ!? キャンッキャンッ…」
脱兎の勢いで逃げ去る獣。グフンッと鼻を鳴らすは私達の護衛、兼、依頼主。如何にも堅そうな皮膚と鱗…竜鱗で全身を纏い、腕代わりの大きい翼を持つ彼は、かのドラゴン種が一種『ワイバーン』である。
ドラゴンは色々な種類がいる。手乗りサイズの『フェアリードラゴン』や、山のように大きい『ギガントドラゴン』、蛇の様なひょろ長い身体を持つ『ワーム』、人の姿を兼ね備えた『竜族』など、実に様々。
その中でワイバーンはというと、下位存在にあたる。大きさは羽を閉じた状態で、私の一回り二回りほど大きいぐらい。要は人とほぼ同じサイズなドラゴンである。
先程も述べた通り、竜らしく鱗と厚手の皮膚、そして腕と一体化した大きい翼と鞭の様な尾を持つ。しかし火とかは吐けず、言葉を話すこともできない。
因みに地面も歩けるようなのだが、その時は翼を前足代わりにして這って進むか、今私達を先導してくれているように二本脚で立って移動するらしい。尻尾をふりんふりん、ぴょこたらぴょこたら歩いていく姿は恐ろしくも可愛らしい。
だが、そんな可愛い姿を見て舐めてはいけない。…誰も舐めている人はいないか。
彼らはその分肉体派なのだ。意外とお腹側の筋肉?が立派だし。特に獲物を見つけた時は『獰猛』という言葉が似合うほどの暴れっぷりを見せつける。
先程獣を一喝できたのもむべなるかな、伊達に生物最強格のドラゴン種が一角ではない。
それとワイバーンは群れで暮らすため数が多い。人間達だけじゃなく、他魔物にとっても一番目にすることが多いドラゴンといっても過言ではないだろう。
そのせいか、人間達にとってワイバーン討伐は一種のステータスな様子。中にはワイバーンの絵を紋章として盾や鎧に彫り込んでいる人達も結構いる。格好良いかららしい。わからないでもないんだけど…。
そして彼らの素材はドラゴン種の中では比較的手に入りやすく、お値段も中々に良いため、中級者以上の冒険者から常に狙われている。こういうと悪いけど、いずれ依頼が来るだろうとは思っていた。
え?ワイバーンは言葉が話せないのにどうやって依頼をしてきたのかって?それはあのワイバーンの方が…名前は無いみたいなので、便宜上『ギャオさん』と呼ぶことにしよう。
そのギャオさんが直接我が社を訪れてきたのだ。力を借りたいと。勿論二つ返事で了承し、今こうして彼らの棲み処に向かっているわけである。
へ?? そうじゃない? 話せないのにどうやって依頼を聞き出したのかって?
あぁ、それは問題ない。そういう時のために翻訳魔法があるから。いやでも、今回それ使ってないのだけど…。
どういうことかというと―。
「グルル、ルルル!」
のそりのそり歩いていたギャオさんが突然振り向き喉を鳴らす。と、それに応えるように私が抱いた箱から社長が顔を出し…。
「ぐる! がうう、るる?」
と、言葉ではない言葉を発した。ギャオさんがコクリと頷いたのを見ると、社長はそのまま私の方を向いた。
「さっき逃げた魔獣、ご飯として捕まえてくるから先進んでてだって!」
…まあこのように、コミュニケーション取れちゃっているのだ。何故か。
因みに社長だけじゃない。他のミミック達もギャオさんの言葉がわかっていたらしく、彼が訪問してきた際に、和気藹々と歓談していた。私やドワーフのラティッカさん達だけ、蚊帳の外感半端なかったのだ。
「ほんと何で竜語?ワイバーン語? を話せるんですか? どこかで学んだんですか?」
森の奥へ飛び去っていったギャオさんを眺めながら、私は社長にそう問う。すると社長は首をきょとんと傾げた。
「別に正しい竜語なんて話せないわよ?」
「へ?」
「フィーリングよ。だってうちにいる下位ミミックのほとんどが言葉喋れないでしょ。でも言ってることわかるでしょう?」
「確かに…」
思わず私は頷いてしまう。さっき出かける前、宝箱型ミミックの子がぴょんぴょんしながら駆け寄ってきたのだけど、多分箱の裏辺りにオナモミでもくっついちゃったんだと思って見てあげたら案の定だったし。
「ほら、アストの種族だって下位悪魔とか喋れない子いるじゃない。でも何を伝えたいか明確にわかるでしょう?」
社長は畳みかける。確かにそういう子達もいる。使い魔とか。言われてみれば、言葉なんて基本介してないや…。
「ミミックは基本的に他の魔物と共生する種だからねー。他の魔物達の言葉は大体わかるし、話せるようになってるのよ。生まれつきね」
「へえー。あ、じゃあワイバーン語で私の名前って何て言うんですか?」
興味交じりに、社長にそう聞いてみる。その時だった。
「グルゥルゥッ!」
「えっ!? 他にもワイバーンが!?」
突如聞こえてきたワイバーンの唸り声に、私は辺りを見回す。かなり近い。ほぼ目の前…って、なんで社長ケタケタ笑って…?
「私よ、わ・た・し。騙されたわね! ケホッ…ちょっと喉痛めるけどね…」
…どうやらやろうと思えば本物同然の声まで出せるらしい。いったいミミックってなんなんだろ…。
ギャオさんと合流し、山道を進む。というかもう面倒なので飛んでいく。ワイバーンの棲み処は山の上、雲の中にあるらしい。 …しかしこの雲、巨大な綿菓子みたいに山を包んでいる。
因みにギャオさん、しっかりと獲物を仕留めてきた。足にがっしり掴んでいる。社長の翻訳が正しかったということでもある。
モスっと雲を突き抜け、中に入る。外の景色とは一転、草木はかなり少ない。ところどころにある穴の下にはマグマっぽいものが見える場所も。
いやそれよりも多いのが、脈動するかのように仄かに光る地の裂け目。まるで体の長い竜みたい。
これは『竜脈』と言い、ドラゴン種が棲む場所に必ず現れる魔力気力の奔流…いやそういった場所にドラゴンが棲むんだっけ?
どちらかはとりあえず置いておいて、ドラゴンが棲む場所の証明となる模様なのだ。ドラゴン種が生態系最強種なのも、それが関係あるのかもしれない。多分。
そんな山中を飛び、とある場所に到着する。山岳の崖の至る所に穴が空いており、そこには沢山のワイバーン達が巣を作っていた。
「ギャオオオ!」
と、ギャオさんが吼える。
「ぎゃおー!」
と、社長が…なんで続いた? 私もやるべきなのかな…?
そんなことを迷っているうちに、穴の一つからパサリパサリと何かが飛び出してくる。社長よりだいぶ小さい。猫ぐらいの大きさ。
「キュウ!」
「キュウキュウ!」
「―! 可愛っ…!」
現れたのは、二匹の子供ワイバーン。恐らくギャオさんの子達だろう。くりくりお目目で牙も爪もそんなに生えていない。しかも片方は産毛なのかモフモフしてる。
「ルルルルル」
ギャオさんは捕まえた獲物をドサリと置く。ご飯タイムらしい。次いでだし、私達も捌くのお手伝い。
「頂きまーす!」
「「「ギャウン!」」」
厚切りハムみたいにカットしたお肉を、社長とワイバーン達はもぐもぐ。 え、私? 私はちょっと…生肉だし…。社長はミミックだから何でも食べられるけど、私が食べたらお腹壊しそう。
帰社したら食堂でステーキでも食べよっと。レアなやつ。
「ふんふん…『冒険者が侵入してきて、鱗や牙、爪や卵を盗んでいく』ですか」
食べながら、お話を伺う社長。やっぱりギャオさんはグルルル唸っているようにしか聞こえないけど。
「ほうほう『仕留めようと近づくと、縄や魔法で捕まっちゃうことがある。追い込んでも森林に逃げ込まれると、空からじゃ探しにくくて逃がしてしまったりする』。あらら…」
なるほど。ただの獣ならいざ知らず、知恵を持った人間相手だと案外不利になってしまうことがあるらしい。
加えて、狩り場を荒らされている気がして気に入らないご様子。ギャオさんの口調、大分不満を漏らすような感じになってきてるし。
…うーん。社長が復唱してくれてるけど、やっぱり私も直接聞いた方が良いかな。翻訳魔法を―。
「キュルッ!」
「ルルッ!」
「え? あ、ご飯食べ終わったの?」
袖をクイクイと引っ張られ、そちらを見ると元気いっぱいな顔の子供ワイバーン達。見るからに遊んでモード。
「良いわよアスト、遊んであげて。こっちは商談進めとくから」
「はーい」
そうと決まれば何してあげよう。そうだ、魔法でボール作ってと…。
「そーれ!」
ひょいっと投げてあげると、子供ワイバーンは足で見事キャッチ。そのまま私の元ともう一匹の子で楽しくキャッチボール。
「うーむむ…。巣の保護は問題ないとして、そう言った場合の冒険者対策…」
一方、頭を悩ます社長。空を飛ぶワイバーンとミミックをどう組み合わせればいいか悩んでる様子。
特に、隠れた冒険者を追うのが難しそう。広い山岳森林、適当に配置しても意味がないだろうし…。
「キャウ!」
「え?」
社長の様子を気にしていた私は、子供ワイバーンの声にハッと気づく。とー。
ポコンッ!
「あうっ!」
余所見していたせいで、ボールが顔面ヒットしてしまった。
あらぬ方向に飛んでいったボールを、私は指を降って引き寄せる。こういった時魔法製は便利。
すると子供ワイバーンの一匹が、引き寄せている最中のボールにバシンと乗っかり捕らえた。狩りしてるみたい。
「―! あ、そっか!それで良いんだ!そうしましょう!」
と、一連のボール遊びを眺めていた社長が突然手をポンと打った。ギャオさん、ワイバーンの子供達、私は揃って首をハテナ?と捻る。ボール遊びから何を思いついたのだろうか。
「アスト、さっきやった竜の鳴き声も活用できるかもよ」
そう言いぐるるぅ♪と鳴き真似をする社長。子供ワイバーンもその後に合唱し始めた。
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