顧客リスト№21 『トレントの森林ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌
時刻は昼間。本来は燦々と日が照っている時間帯。されど、今私達がいる場所は薄暗い。
上を見上げると、空を隠すかのように生えるは幾千の木の枝と、幾万の木の葉。左右から伸びたそれらは、私達が進む道先を覆いトンネルを作り上げている。
木漏れ日すらまともに入らない中、植物達の青々とした香りが強く鼻を包む。絡み合う草木のせいで空気が上手く入れ替わらず、若干空気が淀んでいるようである。
ザワザワ…ザワザワ……
木々が大きく揺れている。おかしい。風は届いていないのに。まるで自身の意志で揺れているような…。と、擦れ合う葉音に加え、おどろおどろしい声が至る所から聞こえてきた。
『『『立ち去れ…立ち去れ…』』』
枝葉のトンネル内を反響する合唱、恐ろしき化け物の如し。しかし、その声の主は姿を見せない。辺りを見回しても、隠れる人影はおろか、獣の姿すら存在しない。
だというのに、一歩足を踏み出すたびにその脅しは強まる。更には鞭のようなものがしなる音や、地面の揺れまで加わり始めた。
怖くなり、私は抱えていた社長入り宝箱を少し強く抱く。すると、社長は拾っていた枝を振り振り指示を出した。
「アスト、回れぇ…右!」
声に合わせ、私はその場で半回転。そのまま来た道を引き返し始める。すると、途端におどろおどろしい声の調子が変わった。
『『『待って…帰らないで…帰らないで…』』』
少し慌てた様子の声と共に、空を包んでいたトンネルはパカリと割れる。眩い日の光によって、私の背後…先程まで進んでいた道の先が照らされた。まるでそちらに進んでと言わんばかりに。
「はーいアスト。再度回れー、右!」
社長の言葉にもう一回半回転しながら、私は肩を竦めた。
「もう…社長、人が悪いですよ。せっかく皆さんが技を見せてくださってるのに…」
「ごめんなさーい! ここで他の侵入者のように帰ったらどうなるか気になっちゃって…。あ、
てへっと自らの頭を手にした枝でコツンと突く社長。上手くないですよとツッコミを入れ、私は代わりに謝る。
どこに? 周囲に。 と、軽く枝葉が揺れる音と共に声が返ってきた。
『こっちこそごめんね…突然始めちゃって…』
『騙されちゃった…ちょっと悔しい…』
『気にしないで…木だけに…』
あ、社長のギャグ気に入った方がいる…。私は周囲の、並び生える木々に目を移す。
すると先程まで何もなかった樹皮に、木のうろの様なものが幾つか突然浮かび上がってきた。それはまるで顔のよう。
そう、彼らこそがここに棲む魔物達、『トレント』なのだ。
トレント、別名『じんめんじゅ』。その名の通り、人面…人の顔を持った樹木魔物のことである。とはいえそこまでリアリティある顔つきではなく、木のうろや皺、枝とかで構成されたデフォルメ顔。結構可愛い見た目。
そんな彼らが棲むここは勿論ダンジョン。冒険者ギルドの登録名称は『森林ダンジョン』という。これ以上ないほどぴったりな名前であろう。
内部は鬱蒼とした森林。勿論、その全てがトレント。魔物達はいるにはいるが、それはこの森に棲みついた住人達である。ほとんどがトレント達と仲良しらしい。
そんなこの場所に人が迷い込んだらどうなるか。魔物達に襲われるだけではない。先程私達が体験したように、トレント達が揃って脅しすかしてくるのだ。
聞くと、『彷徨いの森』という協力技らしい。そういえば技と枝って字が似てる…。コホン、要は怖い雰囲気を作って穏便に帰還を促すのである。
なにせ彼らは樹木の魔物、自らの意志で枝や根、蔦や葉を自由自在に動かせる。しかも短い距離づつではあるが、移動もできる様子。
道の先を塞ぐこと、帰り道を作ってやること、道をそもそも作り替えることなんでもござれ。だけど彼らは優しいのだ。帰してくれるのだから。
だって、彼らがやろうと思えば森の中に囚われ、養分とされてしまうのだもの…。
皆も、森に不用意に入らないように。もしかしたら、貴方の背後の木がトレントだったり…。
ダンジョン内をどんどん突き進む私達。トレント達が木漏れ日を巧みに活用し道先を教えてくれるから、迷うことはない。
終いには熊の魔物の背に乗せてもらい、のしりのしりと。どうやら今回の依頼主から遣わされた子らしい。
社長は楽しそうに枝を振りながら歌を歌ってる。それに合わせ、トレント達もコーラスを重ねて来てくれる。わ、他の動物までも集まってきた。なんともメルヘンチック。
そうこうしているうちにかなり開けた場所に出た。どうやら目的地のダンジョン最奥らしい。熊から降ろしてもらい、正面を見やる。
そこは不自然に開いた広場。そしてその真ん中には、太く大きく、沢山の枝葉を湛えた老樹がそびえていた。
「ふぉっふぉっ…楽しそうな歌じゅったのう…」
老樹はぶるぶると震える。すると、幹部分に顔が浮き出ていた。深い木の皺も相まって、まるで髭をたくわえたお爺ちゃんのような見た目。
彼がこのダンジョンの元締めで、今回の依頼主。『ウッズ』さんである。
「わーい!」
ウッズさんが作ってくれた蔦製のブランコで遊ぶ社長。子供みたい…いや、私も人の事言えないかも。
私も作って貰ったのだが、これが案外と楽しいのだ。 ちょっと恥ずかしくはあるけど…。
「2人共お腹は空いとらんかのぅ…? 手を皿としてちょっと前に出すんじゅ…」
やっぱり喋り方ちょっと独特だなと思いながら、言われた通りにしてみる。するとウッズさんの頭…もとい枝葉が揺れる。そして―。
ポトンッ
手のうちにピタリと落ちてきたのは虹色の果物。まるで宝石のよう。皮ごとシャクリと齧ってみると…。
「「ん~っ!! 甘~いっ!!」」
「もしかして、この果物が依頼の発端ですか?」
『鑑識眼』を発動しながら、私はウッズさんに問う。この果物、『老樹の宝石果』と言う名で高値の取引が行われている様子。これを狙いに冒険者が、というのはあり得る話である。
「その通りなんじゅよ…少し持っていくだけなら構わんのじゅが、粗方持って行こうとするからのぅ…」
幹についた顔をしおしおと歪めるウッズさん。やっぱり。と、彼は更に言葉を続けた。
「それだけじゅなくての…儂ら自体が素材になるらしく、枝を大量に折っていったり、切り倒されたりするんじゅ…」
あー…木だから…。全身素材のようなものだし、大変そうである。そんな中、ブランコをこいでた社長が質問をした。
「冒険者達との戦闘手段はどれぐらいありますか?」
それは気になっていた。さっきは脅して追い返す技を見せてもらったが、手慣れた冒険者には効かないだろう。もしかしてされるがまま…? そう思っていると、ウッズさんはふぉっふぉっと笑った。
「試しに儂と戦ってみるかの…?」
「良いですよ! やりましょうか!」
ブランコからスタンと降りた社長は私を手招き。突然のバトル開始である。大木vs宝箱(私もいるけど)という妙なマッチメークなのは気にしてはいけない。
「ウッズさん、私もアストも強いですから! 本気で…あ、
「もう良いですからそのネタ…」
苦い顔して私はツッコむ。と、ウッズさんは全身をミシミシと鳴らし、皺の顔をにんまりと曲げた。
「ふぉっふぉ…そうさせてもらうぞい…!」
ドドドドドッ!
瞬間、地面を割って現れたのは何本もの尖った木の根。私は急ぎ空中へ飛び上がり、回避する。既にこれだけで、生半可な装備の冒険者は貫かれ即死であろう。
社長は引っ張り上げなくて大丈夫かって? 心配なさらず。こういう時は、基本的に手を貸さなくて良いと言われているのだ。
ほら、下を見ればわかる。いくら鋭い刃であろうと、社長の箱は貫けない…あっ、根に包まれて…檻に閉じ込められちゃった…!
助けたほうが良いかな。とりあえず下に降りて…。
「―!? ゴホッ…」
身体が痺れて…!? 一体何が…。
「アスト、気を付けてー!この花粉は毒よ!」
社長の声にハッと気づくと、周囲には確かに細かい粉がふわふわと。慌てて息を止める。
しかし、花粉とわかれば話が早い。風魔法で吹き飛ばして…。
シュルルッ バシンッ!
「あうっ…!?」
突然何かが身体を強かに打った。直前に気づいてガードは間に合ったが、少し離れた位置に吹き飛ばされてしまった。痛たたた…。
その正体、蔓の鞭。さっきまでブランコになっていたあれである。それに思いっきりビンタされたらしい。
でも、ここならば根も蔦も届かない。遠距離魔法で決めてしまえる。詠唱を…!
ヒュウッ!ヒュウッ!
「―! あっぶなっ!」
また何か飛んできた。慌てて身をよじり回避できたが、今度は何…枝と葉っぱ!?見事に地面に突き刺さってるし…。矢とか手裏剣みたい。
優しそうなウッズさん、かなりの戦力持ちである。まさか対空攻撃まで持っているとは思わなかった。しかし、これだけ戦えるのに冒険者に悩まされているとは…?
バキィッ!
そう考えてると、何かが折れる音が聞こえてきた。社長だ。どうやら根の檻をちょっと壊して抜け出したらしい。
そのまま地面を素早く走り、ウッズさんに近づいていく社長。そうはさせまいと根や蔦、枝の矢が一斉に浴びせかけられるが、社長はそれを右に左に回避。当たっても箱には傷一つつかないだろうが。
「とうちゃーく!」
あっという間に社長はウッズさんに肉薄。と、ウッズさんの攻撃が急に弱まった。下手に攻撃すると自分の身を傷つけかねないのだろう。
「おのれ…!ならこれならどうじゅ…!!」
わなわなと頭の枝葉を震わすウッズさん。まだ何か隠し玉があるらしい。と―。
ゴロゴロゴロ…。
「わー!果物いっぱい落ちてきたー!」
先程頂いた宝石果が山ほど落下してきた。社長は思わず楽し気な声をあげる。するとそれでウッズさんは正気に戻ったらしく、またもしょぼくれた。
「しまったのう…またやってしまった…」
「そうなんじゅよ…。儂らは肉薄されると抵抗できなくての…。果物落とししか手段がないんじゅ…」
枝までしおしおとさせ、悲しそうな表情を浮かべるウッズさん。なるほど、普通の魔物ならば足を使ってその場から逃げることができる。しかし、彼らは木だからまともに移動できない。近づかれたら一巻の終わりなのだ。
しかし、果物を落としたところで冒険者を喜ばせるだけ。だから私達に依頼を寄こしたというのが顛末らしい。
「しかも近頃はガラの悪い鳥魔物も増えて来ての…。無駄に実を食い散らかされることも増えてきたんじゅよ…。蔓は上手く届かんし…」
ミミン社長のように、綺麗に美味しく平らげてくれるなら良いんじゅが。そうウッズさんは溜息をつく。
因みに社長、勿体ないからとさっきウッズさんが落とした果物を全部拾って自らの箱に詰め、もぐもぐしている。虹色の果物だから宝石箱みたいな見た目になってる。
「うーん、どうしたものですかね…。木の真下に宝箱を置きます?それっぽく偽装して」
とりあえず提案してみる。でも、何か物足りないというか…。少なくとも、鳥魔物の対処は出来ないであろう。
と、社長は口の中の果物をごくりと飲み込み、目を輝かせた。
「それも良いわね。でも、私良い案思いついちゃった! 木を隠すなら森の中、ミミック隠すのも森の中。これと同じにしましょう!」
『これ』って…宝石果? 私が首を捻るのを余所に、社長はもう一口がぶりと齧りついた。…いや食べ過ぎでは?
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