閑話②

会社施設紹介:箱工房

「今日は何を作ったんでしょうね」


「さあねえ。でもあの興奮振り、期待できそうね」


社内の動く廊下に乗り、私と社長はとある場所へと移動中。向かう先は食堂でも、社長室でもない。というかさっき社長と朝ごはん食べたばっかだし。


動く廊下は曲がり降りを繰り返し、会社の外へと。目的地は会社の横に付設されているとある大きめの建物である。


そこにあるのは、通称『箱工房』。ミミックのための箱を作る専用の工場なのだ。



因みに余談だが、社長室等がある社屋も、その箱工房も外観は巨大な宝箱型をしている。社屋のほうが蓋が半開きになった派手な宝箱、箱工房のほうはしっかり閉まった黒めの宝箱といった見た目。


もっと言うなら、その箱工房のほうからはもくもくと煙が出ている。工房なのだから当然ではあるのだが。


もしあれが巨大なミミックだとするならば、間違えて爆弾とかを食べちゃった感じか。そう見てみると案外可愛らしい…?




話を戻そう。その箱工房で箱作りをしているのはミミックではない。ドワーフ達である。


流石に手先が器用な上位ミミック達とはいえども、物づくりは別。それに生半可なものを作って冒険者に簡単に負けるわけにもいかないため、社長が腕の良い職人たちをスカウトしてきたのだ。


…そりゃ彼らは物づくりの天才。あらゆる道具に通じているのは知ってるけど…。まさか箱状のものを作りたくて仕方ないって人達がいるとは思わなかった。


剣や防具ならわかるけど、箱専門て。どんな分野にも好きものはいるけど、そんなのもありだとは思わなかった。おかげで我が社は大助かりなのだけども。




ウィイと開く自動扉をくぐり、箱工房内へ。するとそこには―。


「わっ…!また数増えてる…!」


見渡す限りの箱、箱、箱。木箱に鉄箱宝箱。大きいものや小さいもの、中が広いものや狭いもの、装飾が華美なものや地味なものまでなんでもござれ。



勿論箱だけじゃない。花瓶や壺、樽に籠にタンスもある。巨大な花や鎧まで。


最もそれらは『それっぽく作られている』ものだから本物ではないのだけど。例えば花瓶を倒しても、パリンと割れることは無い。


因みに、あそこにある巨大な毛玉やこれまた巨大な蝸牛の殻とかはこの間依頼があったダンジョンに合わせて作った特注品。軽さと動きやすさを兼ね備えているらしい。楽しいのか、たまにそれで外を転がっているミミックを見かける。



まあ要は中にミミックが隠れられる隙間があるものならば何でも作ってしまうのだ。ドワーフ恐るべし。







「…ねえ、アスト。良い?」


と、うずうずした様子の社長は私をちらりと窺う。実はここに来るたび、社長はあることをやらなければ気が済まなくなるのだ。


「えぇ、どうぞ。その間にこの箱メンテに出しておきますね」


「わーい!」


私の言葉を聞くや否や、社長は入っていた箱をぬるんと抜け出し、近くの箱群へとダイブした。


「ひゃっほーっ!」


そしてみるみるうちにどこかへと…あっもうあんな高いところまで。目を凝らさなければわからないほどの位置だが、それでもはしゃいでいることは明確に伝わってくる。



簡単に言えば、ミミックとしてのさが。彼女達にとって、箱はベッドであり、服であり、家である。だから、惹きつけられてしまうのだ。


別に社長に限った話ではない。ここにある大量の質の良い箱群は、ミミック達にとってテーマパークのアトラクションに等しい。下位ミミック上位ミミック問わず、ほとんどの子達はここを遊び場にしている。


…前々から思っていたのだが、宝箱の姿をしている下位ミミックがそれより一回り大きい本物の宝箱の中で寝ている姿は中々にシュール。二重箱状態である。





「おはよっ、アスト!社長はもう遊び始めちまったかい?」


そんな折、私の背にとある声がかけられる。そこにいたのは社長ほどじゃないけど少女のような女性。


ボサッとした髪を後ろで束ね、へそ出しチューブトップとダボついたズボンを履いた彼女こそが箱工房の取り仕切り役、『ラティッカ』さん。この見た目でも私よりは少し年上である。


「おはようございますラティッカさん。はい、あそこに」


「どれどれ? あー、他の子達と箱もぐり競争始めたくさいな。ありゃ暫く帰ってこないね」


「ですねー。じゃあ今のうちにこの箱のメンテナンスお願いします」


「おうともさ!」





工房の一角。他のドワーフ達がカンカンキンキンと槌を打ち鳴らしているを横目に、社長の箱を診てもらう。


「とはいえ、これアタシらの最高傑作品だからな。どこも壊れてないし、塗料ハゲもなさそうだ」


「最近割と色んなダンジョンに出向いたんですけどね。流石ラティッカさん方が作った箱です」


「へへっ!褒められると悪い気はしないぜ!」


どうやら何も異常はないらしい。良かった良かった。



あ、そうだ。来た目的忘れかけていた。


「ところで、今回は何を作ったんですか?」


「良く聞いてくれた! この間のお祭りで着想を得たんだけど…ちょっとの試験場のほうに来てくれ!」





ラティッカさんに手を引かれ、着いたのは工房の横にある広い運動場みたいな場所。ここは出来上がったミミックの箱を試す試験場なのだ。


簡易的ではあるが、洞窟や建物といったダンジョンらしい施設が幾つも作られている。ちょっとした街みたい。なお、そこで居眠りしているミミック達もいる。



「よいしょっと…これこれ!」


ラティッカさんがどこからともなく取り出したのは、かなり大きな四角い筒。まるで宝箱がぴったり収まりそうな…。


「この間、お祭りに参加したろ? その時アタシも花火の手伝いをしたんだ。それでピーンと来てね!」


そう言いながら、彼女はその筒をガシャンと台座に設置する。ん…? 


「なんでこの台座、車輪ついてるんですか? というか…なんでこんな斜めに設置したんですか? なんで導火線みたいなのついてるんですか…?」


筒先が空を向くようになっているそれに私はツッコみを入れる。なんか嫌な予感…!


そしてそれは的中。ラティッカさんはにんまり笑った。


「ふっふっふ…これぞ花火筒を改良し作り上げた、ミミック打ち出し機構。名付けて『ミミックキャノン』!」






「えぇ…」


「大丈夫だってアスト。しっかり安全確認は済んでるから! ほら、ミミック用のパラシュートも用意したしな!」


ドン引く私の背中をバシバシ叩いてくるラティッカさん。一応、恐る恐る聞いてみる。


「もしかして、これに社長を乗せようと…?」


「うん、勿論!」


いやいやいやいや…。どう見ても危険だし…。 社長秘書として止めたいが、まあ大体こんな時には…。


「なにそれラティッカ! 面白そうね!」


完全に乗り気の社長登場である。 もうどうとでもなれ。どうぜ事故って死んでも復活できるんだし…!





「よぅし!準備オッケー! ラティッカ、頼んだわよ!」


せめてこれつけてください…と私が渡したヘルメットをかぶり、筒の中に身を潜める社長。他のドワーフやミミック達もお披露目と聞いて集まってきた。


「おうよ社長! ド派手に行くぜ!」


いざ点火。ジジジ…と導火線は短くなる。3、2、1…!



ポゥンッ!



「いやっほーっ!」


小気味いい破裂音と共に、社長入り宝箱は大空へ打ち出される。工房の屋根をいとも簡単に飛び越え、見事な放物線を描き…。


パリィン!


「「「あっ」」」


そのまま奥にあった社屋の窓が一つに突っ込んでいった。





「ちょっ…!? 社長ー!?」


私は慌てて飛んでいく。 運がいいのか悪いのか、社長が落ちたのは社長室。そこに置かれていた箱の一つにホールインワンしていた。またも二重箱。


「だ、大丈夫ですか!!?」


急ぎ箱を覗き込もうとするが、それよりも先に社長がひょっこり顔を出した。 傷一つ負ってない…。


「ぷはっ…! アスト、これ楽しい! 空を飛ぶ感覚ってあんな感じなのね!」


「え、あ、はぁ…」


「でも着地点とか安全性とかもうちょっと練り直しが必要ね。あと個数も欲しいし…」


唖然とする私を余所に、社長は箱を動かし自らの机に。そして書類を出し、何かをパパパッと書いた。


「はい!これ回しといて!」


「えっ…『箱工房の予算増額』ですか?」


どんだけ気に入ったんだか。ミミック達の遊び道具に『ミミックキャノン』が加わるのも時間の問題だろう。

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