人間側 とある村娘の疑心

「設営用の資材は揃ったか?」

「屋台分は大丈夫だ。櫓はどうした?」

「とうに建設に取り掛かってるぞー!」


汗だくなおじさん達の声が響き渡る中、私は近くの木の陰からこっそりその様子を覗く。炎天下だが、ここに居れば大丈夫。



私の名前は『エマ』。近くの村に住む、どこにでもいる普通の女の子。まあ、良くお転婆って言われているけど…そんなの今はどうでもいいか。


今日は近くのやしろにおわします神様『トコヌシ様』の降誕を祝う縁日の開催日。神力により、社前の広場からぐわっと結界が張られ辺りはダンジョンに。


と言っても、別に目に見える形でダンジョンとなったわけじゃない。要は参加する人の安全確保のためなんだって。死んだら近くの教会で復活できるみたいだけど…そんなの試したくない。絶対痛いもの!




…え、何をしているのかって?そんなの見ればわかるでしょ? 見張っているの。


見ているのは汗蒸れなおじさん達、じゃない。そのおじさん達に紛れている…。


「獣人さん、そっちをもう少し引っ張ってくれ」

「こうか?」

「そうそう。よし、ゴブリン達頼むぞ」

「マカセテ! カンカンキンキンスル!」


そう、魔物達。ダンジョンに魔物が付き物なのが当然なように、彼らは毎年どこからともなく現れるのだ。


そして暴れる…ということは今まで見たことは無い。何故か皆お祭りに協力的。私の村の人達も、他の村の人達もそれを受け入れているけども…。


私は騙されない! 村にたまに来る冒険者の人が教えてくれるんだもん、魔物はダンジョン攻略の邪魔をする悪ーい奴らだって。


絶対、彼らには何か裏がある!きっと心の奥底で恐ろしいことを企んでいるに違いない…!具体的に何かと言われるとそれは…わからないけど…。



と、とにかく! その尻尾を掴むためこうやって陰から見張っているの。決してお祭りの準備手伝いから逃げてきたんじゃない。皆に配るためのおにぎり作りに飽きたわけじゃないから!






「暑う…」


太陽は気づけば真上。お昼時。いくら木の裏に隠れていても暑いものは暑い。喉乾いたしお腹も空いたけど、お母さんに怒られるから戻れな…コホン、魔物を見張らなきゃいけないから戻れない。



と、そんな時。設営に勤しんでいるおじさん達の元に、大きな袋を幾つも持った女性が空から降りてきた。尖った角、細い尻尾、背から生える羽…間違いない、悪魔族だ…! でも他の人達と同じく法被着てる…。


「皆さーん! 昼食をお持ちしましたよー!」


「おぉ!アストちゃん! ありがてえ!重かったろ!」


「いえ、これぐらい!いつも社長を持ってますし。…いや別に社長が重いってわけじゃないんですけど」


「ははっ、まあ確かにあの人?は軽そうだけど、箱は重そうだしな。 おっ!この水冷た!」


「魔法で冷やしときました!」


そんな会話が聞こえてくる。いいなぁ…私も水飲みたい。でも…。


ヒヤッ!


「きゃううっ!?!?」


突然頬に冷たいものが触れ、私は素っ頓狂な声を出してしまった。一体何!?そう思いバッとそちらを見やると、そこには宙に浮いた冷たい水筒…。


じゃない! よく見ると、ピンクの触手が巻き付いている。それを辿っていくと、少し下の方に法被を着た女性魔物の姿があった。いつの間に…!?何も音がしなかった…!


「エマさんですね! こちら貴方のお母さんからでーす!」


ちびっこのような姿の女魔物は快活な様子でお弁当を手渡してきた。おずおず受け取ってしまう私。あれ、よく見るとこの子、宝箱に入って…。


「もしかして…あなたミミック!?」


「お、正解です!私はミミン、今日はいっぱい楽しみましょう!」


にへっと笑うと、ミミンと名乗ったミミックはすいいっと屋台設営現場に。凄い…結構早いのに全く移動音が出てない…。


彼女はあっという間におじさん達に元にたどり着き、弁当を届けた魔族に膝カックンを仕掛けた。


「こらーアスト! 誰が重いって?」


「ひゃっ! 社長いたんですか!? てか聞こえてたんですか!?」


「箱に潜んで冒険者を狙うんだもの、ミミックの耳は地獄耳よ。舐めたら怖いわよぉ」


…楽しそう。 あ、このお弁当、本当にお母さんのだ。


うーん…ミミックって魔物の中でも人を騙してくる一番陰湿で悪い奴だって冒険者から聞いてたんだけど…。あんな朗らかなものなの…?








日も傾き、祭りの準備も大詰め。至る所に屋台が並び、提灯がかけられる。


いい加減にしなさいとお母さんに怒られ、私は荷物運びのお手伝いに戻っていた。



「よいしょっと…。えーと…スライムさん? これはここで良いんですか…?」


「およ?わぁ!ありがとう! お礼に一個いる?」


「え゛、な、何ですか?」


「おもちゃのスライムだよ。スライムが作ったスライムって面白いでしょ!売り物だけど内緒で一個あげるよぉ。大丈夫、服とか溶かさないから」


「は、はぁ…」


どうしよう、変なの貰っちゃった…。弟にでもあげるか…。




「…結構面白いかも…!」


貰ったスライムをいじりながら私は来た道を戻る。これ意外と手に絡まなくて楽しい…! と―。


「はーい通るわよー!どいたどいたー!」


「へ?」


遠くから聞こえてくる女魔物の声に、ひょいと顔をあげる。すると道の正面から…大量の箱や樽が迫ってきていた。転がって?いいや、すいいっと横移動してである。


「うわわ…」


慌てて端に逃げた私の横を次々と通過していく箱群。なんとも珍妙な絵面である。台車に乗っているわけでなく、箱に車輪がついているわけでもない。なんで動いてるの…?


「あっ…!」


チラッと見えた。それらの蓋の隙間から顔を出しているのは、さっきお弁当を届けてくれたミミンさんみたいな魔物。ということは…あれもしかして…。


「流石ミミックだ。どれだけ重い荷物が入っている箱でもあんな風に動かせるたあなぁ」

「腰痛める必要が無いの本当有難いよ」


近くにいたおじさん達がそう笑ってる。やっぱりミミックなんだ。良いんだ宝箱じゃなくても…。




「気をつけろー! 屋台が通るぞー!」


「へ??」

今度は何? えっ…嘘…!?


ズズズズ…!


「屋台が…そのまま移動してる…!?」


完全に組み立てられた屋台が道の真ん中を動いていってる…!! どういうことなの…!? 


唖然として眺めていた私を余所に、その屋台は空いていた敷地にピタリと収まった。そして、屋台の下の食材とか入れる隙間から何かがひょっこりと姿を現した。


「ふう! 人間さん、この辺りでいーい?」


「おう!ばっちりだ!ありがとよミミックちゃん!」


…屋台も箱判定で良いの…!? いやてか、そもそもどうやって動かしてたの!? 混乱してきた…。








「ってことがあって…」


「なにそれ面白!てか何かあってもトコヌシ様が守ってくれるから大丈夫でしょ」


日が暮れたところで、とうとう祭りの始まり。浴衣に着替えた私は友達に昼間のことを愚痴っていた。あ、幸い後半お手伝いをしっかりしたからお小遣いは充分に貰えた。


まあそりゃ彼女の言う通り、何かあったらトコヌシ様が何とかしてくれるだろうけど…。なーんかもやもやする。魔物なのに人間のお手伝いって…。


そんな私の気持ちを察したのか、友達はやれやれと言った感じに肩を竦めた。


「そんな心配なら魔物が作った食べ物でも食べて見ればいいじゃん!全部美味しいよ? トコヌシ様が毎回危険が無いか確認してくれてるみたいだし」


「えーでも…」


「エマったら毎年人間が作ったものしか買わないよね。ほら、今年から挑戦してみようよ!」


「あっちょっと…! 浴衣がズレちゃう…!」




友達に引っ張られ、とある屋台前に連れてこられた。そこに書かれていた文字は…。


「宝箱焼きそば?」


「そう! ここ毎年美味しくて人気なんだよ。箱も可愛いの! すぐ混んじゃうから先に頼むのが通の食べ歩き方ね。 すいませーん!二つくださいな!」


「はい毎度ー! あら?」


「あっミミンさん!」


なんと焼きそばを作っていたのはさっきお弁当を届けてくれたミミックのミミンさんではないか!向こうも私を覚えてくれていたらしく、嬉しそうな声をあげてくれた。


「エマさんじゃないですかー! お祭り楽しんでってくださいね! サービスでちょっと多めに入れちゃいます!」


手を複数の触手に変えたミミンさん。麺をガッシャガッシャと炒めながら、容器に出来たものを詰め紅しょうがを乗せをほぼ同時にこなしていた。


「本当に宝箱だ…」


なるほど、普通なら淡泊な使い捨て容器が宝箱のような形になっている。捨てるの勿体ない…。ミミンさんが作ったものなら多分大丈夫だし、恐る恐る口に…。


「! 旨っ!」






それから私はタガが外れたかのようにお祭りを楽しんだ。


魔族のお姉さんが作ったチョコバナナや、お花の魔物が作ったリンゴ飴。レモネードに串焼き、たこ焼き、かき氷。どれもこれも魔物が営んでいた屋台だったのだけど、どれもこれも外れ無し!


食べ物以外の屋台も勿論存分に。エルフの射的やドワーフのアクセサリー売り場、型抜きに金魚すくい! ミミックのくじ引きで箱に手を入れた瞬間触手に絡まれたのはちょっとビビったけど。


そしてそして、広場で魔物達の踊りを鑑賞。ついでに一緒に踊りもした。ミミックのダンス、カパンカパン蓋の音が良いリズムを奏でてつい手拍子を合わせちゃった。


「やっぱエルフの人はどんな服着てても艶やかだねー」

「ホントホント、エロいよねー!」


しまいには魔物達の浴衣姿をウォッチング。自分でも思うがやりたい放題。でも、これぞお祭り!楽しい!






『―これにて、本日全ての演目が終了いたしました。皆様、お気をつけてお帰りください』


「花火綺麗だったねー!」

「ねー! あの宝箱のやつ凄かった!」


興奮冷めやらぬ中、私達は家への帰路につく。もう全ての屋台は店仕舞い済み。その光景はどこか寂しく、ちょっと胸がきゅっとなる。


「あれ?」


ふと、空を見上げていた私は何かがトコヌシ様の社へと降りていくのを見つけた。あの羽は悪魔族…?何か抱えていたような…。


「どうしたのエマ?」

「ごめん、先帰ってて!」


友達が止めるのも聞かず、私は社へと向かう。社を囲むちょっとした林に身を潜め、様子を窺ってみる。


(えっ、あれって…)


そこにいたのは、祭りの実行役員を務めていたおじさん達。その向かいには、昼間昼食を運んできて、さっきはチョコバナナを売っていた魔族の女性。彼女が抱えているのは宝箱。その中には…。


(ミミンさん…!)





「今日はお疲れ様でした! ではこれをどうぞ!」


魔族女性の腕の中からトスンと降りたミミンさんは、箱の中からニョッと取り出した大きな袋を実行役員のおじさん達に渡す。その中身は…。


(お金…!?)


なんと、大量の金貨。もしかして、これは何かの裏取引現場…? やっぱり魔物は悪い奴ら…!?


が、受け取ったおじさん達はどこか申し訳なさそう。


「毎年いいのかいミミン社長? これアンタらミミック達の屋台の売り上げだろ?」


「良いんですよ、私達の派遣代金や道具代諸々は引いてありますから! 来年のお祭りの予算にしちゃってくださいな!」


「一日分の派遣代金ですからそう高くありませんし、今回は食材代もほとんど浮きましたしね」


悪魔族の女性もミミンさんに同調する。 …あれ、なんであの人ブラしてないんだろ。


あ、もしかして…!さっき魔物の浴衣着つけを手伝ってた親戚の叔母さんが『なんか胸を絞めつけ過ぎていた悪魔族の人に、良かれと思って下着外すことを勧めた』って言ってたけど…あの人のことか!



「でもなぁ…なんか悪いよ」


実行役員のおじさん達はまだ受け取るのを渋ってる。するとミミンさんがトドメの一言。


「そんなお気になさらず!ウチの子達はお金よか食べ物のほうが好むんですよ。 今頃皆さんから貰った余り食材を使って会社で二次会開いてますから!」


それではまた明日、お片付けの時に! そう言い残し、ミミンさんと悪魔族女性はどこかへ飛び立っていった。


「あー楽しかった! ところでアスト、胸だいぶはだけてるわよ」

「えっ? きゃっ! もっと早く教えてくださいよ!」


なんかそんな声が聞こえてきたけど。






おじさん達もお金の詰まった袋を手に帰り、辺りには誰もいなくなった。とりあえず私も帰ろうと踵を返そうとした、その時だった。


「わっ!」


「きゃああっ!!? だ、誰!?」


突然背中から声をかけられ、私は腰を抜かしてしまった。そこにいたのは、お面を被った浴衣姿の男の子。彼は楽しそうにケラケラ笑った。


「ひーみーつ! ねえエマちゃん、昼間からずっとミミン社長達を見張ってたみたいだけど、どう感じた?」


「えっ? えっと…皆悪い魔物じゃないかなって…」


「そう思ったなら、それが正しいよ。 勿論世の中には悪い魔物もいるだろうし、ミミン社長達もお仕事の時の顔は違うかもしれない。でも、お祭りの時だけは来た魔物達と仲良くして欲しいな。人も魔物も、僕にとっては同じ命なんだから。来年も楽しんでね」


「へ…あ、はい…。  えっなんで私の名前…!それに昼間のことを…!」


ようやく気付いた私は目をぱちくりさせる。が、そのひと瞬きの間に男の子は姿を消していた。


「あれっ…!? どこに!?」


辺りをぐるぐる見回しても、誰もいない。というか足跡すらない…!もしやお化け…!?


と、その時、社が仄かにボウッと光った。まるでここだよと言うかのように。もしかしてもしかして…


「今の…トコヌシ様…!?」


残念ながら社はもう光らなかったが、間違いない。私はトコヌシ様に向け、一つ誓った。


「来年からじゃなく、明日の片付けから魔物の皆と仲良くします!」

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