顧客リスト№11 『魔獣&獣人のサファリパークダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌
「わー!ほんとにほんとにほんとにほんとに魔獣ばっかり!あ、見てアスト!あの魔獣角が回転してる!あっちの子は全身に雷纏ってる!あの遠くにいる子は顔が身体よりおっきい!」
のしりのしりと歩いていく魔獣達を、金網越しに楽しそうに見送る社長。完全に子供である。まあ、かくいう私もちょっとワクワクしてしまっているのだが。(素材目線でだけど)
今、私達はとある乗り物に乗っている。魔法を動力としたこれは「サファリバス」と言うらしい。面白いことにこの乗り物、側面に窓ガラスが存在せず、全て金網で出来ているのだ。
なんでそんな奇天烈な乗り物に乗っているのか。それは私達が今回依頼を受けたダンジョンに理由がある。ここは―。
「ここは『サファリパークダンジョン』だよ! 私はサバル! 皆楽しんでいってね!…あ!でも今回は2人の貸し切りだから説明いらないか!」
…ガイド役の帽子を被った少女、サバルちゃんに先に言われてしまったが、ここはギルドの登録名称『サファリパークダンジョン』と呼ばれるダンジョンである。
ダンジョン、といっても洞窟や建物を利用した普通のものとは違う。結界に囲まれた広大な敷地の中に、寧ろ洞窟や建物がちらほらと点在する形で構成されている場所なのだ。
故に森林や草原も存在する一風変わったダンジョン。その内部に棲んでいるのは数多いる魔物の中でも、獣型をした『魔獣』と呼ばれる存在達。そして―。
「そうだ!今日は人間のお客さんいないから帽子とっちゃっていいや! えーい!」
サバルちゃんは勢いよく帽子を外す。すると、中からぴょこんと立ち上がったのは長く大きな耳二つ。彼女は魔物の一種『獣人』である。因みに、耳や尾を隠せば人間にしか見えない毛が薄いタイプ。
人型をした獣、獣型をした人…まあどちらかはさておき、彼ら獣人は魔獣達の上位存在。このダンジョンにも相当数居を構えており、バスの中からでも彼らがごろ寝したり遊んでいるのが見える。
そんなダンジョン内をバスはゆるゆると走っていく。そう、これはそんな魔獣、獣人達の生態を人間達が安全にみられるためのツアーなのだ。
と、バスは一時停止。それを見た魔獣が草食肉食問わず幾匹かわらわらと集まってきた。
「さ!魔獣の皆にご飯あげタイムだよ!」
サバルちゃんは私達にバスケットを手渡してくれた。中に入っていたのは…。
「? お饅頭ですかね…?」
「ふんふん…あれ、意外と美味しそうな匂いするわね」
綺麗に詰められていたのは色とりどりのお饅頭。パカリと割ってみると、中にはよくわからないキラキラした具材がぎっしり入っていた。
「これ、私達のご飯でもあるんだよ!しかも人間達も食べることができちゃうの!食べてみて!」
「どれどれ…もぐっ」
社長は恐れることなく一口。すると頬を押さえ悶え始めた。
「美味ひぃ~!でもなんだろこの味、言葉で言い表すの難しいわね…。アスト、あーん」
社長の食べかけを私も一口。確かに美味しい。けど、確かに味の正体がわからない…。
「ご飯を上げる時は一応トングを使ってねー! あ、でも人間じゃないからいいのかなぁ?」
サバルちゃんに言われた通り備え付けのトングにお饅頭をセットし、私はそれを金網の隙間からひょいと出してみる。
すると、魔獣の一匹が器用に口で受け取りむしゃむしゃと。可愛い。朝、寝ぼけた社長にご飯を食べさせる時に似ている感覚である。 …社長の名誉のため言っておくが、それが発生する頻度はそう高くない。
「…? あ!」
私がそんなことを考えている横で驚くべきことが。なんと社長が素手でお饅頭を魔獣達にあげているではないか!
「ちょっと社長!? 危ないですよ!?」
「大丈夫よー」
慌てて諫める私をどうどうと鎮め、ご飯あげを続行する社長。ハラハラしてみていたが案の定…。
カプン!
「きゃー!食べられた!」
社長が引き戻した腕の先、手首から上が無くなっているではないか!
「ひっ! ど、どうしようどうしよう…!」
あわあわする私。混乱しとりあえず魔法の詠唱を始めてしまう。突如漂い始めた魔法のオーラに、バスを囲んでいた魔獣達は一目散に逃げて行った。
「アスト、ストップストップ! 大丈夫だから!」
今度は社長が慌てた様子で私を止める。見ると、無くなったはずの手が復活している…!?
「食べられてないわよ。自分の力で手を丸めただけ」
「なんだ…」
ただの悪戯だったらしい。私はふにゃふにゃと腰を抜かしてしまう。流石に悪いと思ったのか、社長は平謝り。もう…心臓に悪い…。
「すごーい!なにそれなにそれ!」
唯一、サバルちゃんだけがテンション上がっていた。
「じゃー私はここまで! 社長、アストちゃん、またねー!」
ダンジョンのとある地点。私達はバスを降りる。本来、このサファリバスが途中で人を降ろすことは無い。が、今回は特別。私達は仕事の依頼を受けて来たのだから。
ブロロロ…と音を立てながら走り去っていくバスに手を振りながら、私は思わず一言。
「あれに乗ってきたんですよね。 …なんか外からみると檻みたいです」
「確かにねー。 見世物になっていたのはどちらかしら」
ここから先はいつも通り、宝箱入りの社長を抱えとことこと。しかし…。
「今更ですけど、ここ変わってますよね…。魔獣達が誰も戦ってない」
バスに乗っていた時からだったが、どこを見回しても平和そのもの。肉食魔獣が草食魔獣を襲うことも、肉食魔獣同士が縄張り争いする様子もない。獣人達に至っては、魔獣をペットのように操り楽しそうに生活を営んでいた。
「やっぱ食事が良いのかしら。これ」
「え? あ、社長お饅頭貰ってきちゃったんですか?」
「サバルちゃんに良いって言われたから。この中身、アストの『鑑識眼』でもわからないの?」
二つに割り、その片方を私の目の前に差し出す社長。まじまじと断面を見つめるが、やはり何も情報が出てこない。
「やっぱり駄目ですね。流通は全くしていない、このダンジョンだけの不思議物質のようです」
「そうなのー。あら、これ食べたいの? はいどうぞ」
丁度近くに寄ってきた魔獣に、社長はお饅頭を食べさせてあげる。と、思い出したかのように私の方を振り向いた。
「あ、そうそう。さっき手を食べられた真似したじゃない? きっとあんなことは起きないと思うのよ。魔獣達、どの子も優しく受け取って食べてくれたから」
「はぁ…。でも、もうあんな真似止めてくださいね?」
「はーい、ごめんなさーい」
「ここですね」
ついたのは丸太を組まれて作られたログハウス。呼び鈴を押すと、1人の獣人が出迎えてくれた。
「観光バスは楽しんでくれたようだな。ミミン社長、アストちゃん」
全身白い毛むくじゃらでガタイの良い身体、そしてふさふさで立派なたてがみを揺らす彼は本日の依頼主『レオン』さん。このダンジョンを取り仕切っている方である。他の獣人の方には『大帝』とよばれているらしい。そこまで大仰な人には見えないが。
「そういえば、何故あの…サファリバスでしたっけ。あれを走らせているのですか?」
ここでもまたお饅頭(サファリまんと呼ばれているらしい。肉食獣も草食獣も獣人も全員が大好物のようである)を戴きながら、私はレオンさんに質問する。ずっと気になっていたのだ。
本来、ダンジョンというものは外敵の侵入を拒むために作られるもの。しかし、ここではバスに乗せ人を招いている。それは大変珍しいことなのだ。
似たような事例としてこの間訪問したヴァンパイアのダンジョンがあるが、あれは冒険者の血を採るという目的があった。ではここも人を招く意味があるのか? それが気になった故の問いかけである。
すると、レオンさんは近くの戸棚から一枚のチラシを取り出してきた。そこに書かれていたのは―。
「サファリバスでのダンジョン内ツアー案内…?」
恐らく人間達に撒かれているチラシだろうか。青空をバックに軽快に走るサファリバス、そしてそれを囲む魔獣達の絵が描いてあった。楽しそうである。と、お饅頭に夢中だった社長が声をあげた。
「はへ? こへ…むぐむぐ、ごくん…。 これ、人間達のギルドが主催しているんですか?」
彼女が指さした先には確かにギルドのマーク。ダンジョンに冒険者を送り込んでいる彼らが何故…?訝しむ私達に、レオンさんは種明かしをしてくれた。
「ここは数あるダンジョンの中でも一般人が来ることを許されているダンジョンだ。その理由は私達がギルドに働きかけたからなんだ」
「ここは魔獣達や獣人達のオアシスとして造ったダンジョンだ。戦いが起きない、安全で平和な場所としてな。このサファリまんが作り出せる特殊な魔法が無ければ実現できなかった代物だが…」
手にした饅頭をもぐりと食べるレオンさん。魔法によって作られた食品だったらしい。まあ皆食べているなら安全ではあるか。
「しかしダンジョンという仕組みを採用している以上、冒険者によって荒らされるのは予測できた。だから私は人間達の商人ギルドと冒険者ギルドに働きかけ、出来る限り冒険者が入らないようにしてもらっている」
「えっ! ちょ、ちょっと待ってください、どうやって…!?」
私は思わず椅子をガタンと揺らしてしまう。するとレオンさんはにんまりと笑った。
「なに簡単なことだ。商人ギルドには折れて不要になった爪や角、鱗などを格安で提供。冒険者ギルドにはこのツアーの代金の大半を譲渡している。そもそもこのツアーはギルドの監視も兼ねているからな」
既にこちらが手を切ると言ったら人間側が契約を懇願するぐらいには癒着しているけどな。そう言いレオンさんは豪快に笑う。だが私の疑問は尽きなかった。
「それも凄いんですけど…!どうやって人間と商談を…!?」
魔物と取引する奇特な人間なんて数少ない。なのに、商人ギルドと冒険者ギルドという巨大組織と契約を結ぶレオンさんの手腕に私は脱帽していたのだ。と、彼はにんまりと白い歯を…もとい白い牙を見せた。
「実は私はな、子供の頃人里で暮らしていたんだ。人間社会に揉まれていた時の伝手が活きたという訳だ」
「だが、最近問題が起きた。密猟者が現れるようになったんだ。いくらギルドが牽制しても穴を見つけて入ってくる。一応ギルドには威嚇…じゃなくて圧をかけたが、流石に全員を排除することは難しいらしくてな …欲深い人間達のことだ。ギルドが黙認している可能性すらもある」
レオンさんは腕を組み、ギシッと椅子に沈み込む。その表情は半ば諦めも入っていた。
「まあならば仕方ない。癪だが自分達でなんとかすればいい。無論ここはダンジョン登録をしてあるから、たとえ殺されても復活させることは可能だ。だが、ゆっくりと暮らしている彼らに痛い思いをさせたくないんだ」
「だからその対策に、我が社のミミックを?」
「その通りだ。君達ミミックが対冒険者のプロだと見込んでお願いしたい。代金はギルドと取引した金品でどうだろうか。格安取引だが数があるから結構な金額にはなっている。どうで私達には不要の物だしな」
ぺこりと頭を下げるレオンさん。社長の答えは勿論―。
「えぇ。お引き受けしましょう! ですが…」
と、後半尻つぼみになる社長。その理由が分かった私は先をとった。
「どう配置するか、ですね」
そう、ここは洞窟や屋敷ではない。つまり、草原や野原など、箱を置くには相応しくない光景ばかりなのだ。
「建物の中とかは宝箱なり木箱なりで大丈夫だと思うんですけど、問題は外に置いておく子ですね。普通に箱を置いていても冒険者達は開けないでしょうから」
草原のど真ん中に置かれた宝箱を冒険者が開けるだろうか。ずっと置いてあるならばまだしも突然に設置されたそれを。答えは否であろう。そんな怪しい物、私だって開けない。
しかし、そういった草原に置かなければ密猟者は防げない。一体どうすればいいか。レオンさんを含めた私達は頭を悩ませる。
と、その時だった。
「ふぎゃぁ!ふぎゃぁ!」
奥の部屋から聞こえてくるのは子供の鳴き声。レオンさんはすぐさま席を立ち、そちらへと。すると―。
「いないいない~ばあっ!」
おどけた様子のレオンさんの声。どうやら子供をあやしているようだ。少しして戻ってきた彼は照れくさそうに頬を掻いていた。
「すまない。ぐずってしまったみたいだ」
「いえ、お気になさらないでください。 男の子ですか?」
「男の子と女の子だ。それぞれ私と妻にそっくりでな」
顔を綻ばせるレオンさん。と、何かに気づいたようで…。
「ん?どうしたミミン社長。私の顔に何かついてるか?」
私が横を見ると、社長がレオンさんの顔をじっと見つめているではないか。一体どうしたのだろうか。
「いないいないばぁ…たてがみに包まれた顔が隠れて…いえ…毛に包まれて正体不明に…」
今度はぶつぶつと何かを呟き始める社長。すると突然手をポンと打った。
「良い案思いつきました!レオンさん、ここに棲む皆さんの抜け毛をできるだけ沢山いただけませんか?」
「あんなとんでもない量貰ってどうするんですか?」
社長の頼みは通り、獣毛を貰えることにはなった。だが、その量は物凄い。ダンジョン中から集めたそれは小さな倉庫では収まりきらないほどであった。何に使う気だろうか。
「箱が外に置かれていることに違和感があるなら、違和感を隠せばいいのよ!このダンジョンに相応しく、ね」
社長は代金の一部として貰ったお饅頭をぱくつきながら答える。その要領を得ない回答に私は眉を潜めた。
「どういうことです…?」
「作ってからのお楽しみー! 余ったら私の分も作って貰おうかしら」
「だから、何をですか…?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます