人間側 とある冒険者の密猟
「ようこそサファリパークへ! 私はサバル! 楽しんでいってね!」
ガイドの少女の元気な声がバス内に響く。乗っていた客の内、子供達がはーい!とこれまた元気な返事を返した。耳障りだが、怒鳴り散らすわけにも行かない。
俺はギルドに登録している冒険者…なんだが、今はかの『サファリパークダンジョン』のツアーに参加している。ったく、ダンジョンというのはもっと殺伐としたもんなんだ。女子供が来るようなとこじゃない。ましてや、観光なぞ…。
本来こんなガキ向けなツアーなぞには参加したくもないが、これもギルド依頼の仕事。我慢するしかない。俺とその仲間の4人パーティーはこのツアーに参加している学者達の護衛を務めているからだ。
「ほう、あれはヨロイトゲマジロ…! 貴重な鎧の素材となる魔獣ですな」
「あれは獲物を鼻についた刃で仕留めるという肉食象、ハンターエレファント…!」
「おぉ!あっちは乱獲されすぎて絶滅危惧種のサーベルタイガー! 牙が名の通りサーベルとなっている…!」
「む、あそこにいるツギハギだらけのブタみたいなのは確かヒョウタン…なんでしたっけ?」
若者おっさん爺…そんな良い歳した連中が、子供と同じように金網に張り付き外を眺めている。シュールな光景だ。
このサファリパークダンジョン、普段は暴れまくっている魔獣達の貴重な大人しい生態を見ることができるとして名が知れている。しかも、『サファリバス』という変な乗り物に乗り観光、餌やり体験までできるギルド主催のツアーがあるのだ。
一般人もダンジョンというものに安全に入れ、貴重な魔獣達の様子を見ることが出来る。それゆえ村人達や学者達に大人気な観光スポットとなっている。
最も学者連中、村人達よりも怖がりだ。一度たりとも死人怪我人が出ていないこのツアー参加に、高い金払って俺達を護衛に雇うんだから。まあ、こっちとしては座っているだけで金は貰えるし、
「さ!ご飯あげタイムだよ! みんなこれどうぞ!」
バスは止まり、ガイド役の少女からバスケットが配られる。中に入っていたのは饅頭。これが魔獣共の餌らしいが…。
「なにで出来ているのでしょうねこれ…肉食獣も草食獣も、獣人もこれを食べているみたいですし」
「ふむふむ…何度見ても見たことのない中身だ」
「人間も食べられるらしいですよ。ぱくっ…、お!かなり美味しい!」
「ガイドのお嬢さん、これってどう作って…? 秘密?そこをなんとか! 駄目ですか…」
うわ、魔獣の餌を食べたぞあの学者…。いくら美味しそうでも普通食うか?
「はい!おにーさんもどーぞ!」
そんなことを思っていると、ガイド役の少女が俺達にもバスケットを渡してきた。そんなもの、あっちにいるガキにでも…。
お、おいお前ら…!? マジかよ…パーティーの仲間達が普通に受け取り餌やりし始めやがった…。なに楽しんでやがる…。
「ほぉ、これは楽しい…!」
「そう食べるんですねぇ…!」
餌やりに興じている学者連中。と、その内の1人が少し先を指さした。
「あの魔獣ってなんでしょうか?」
俺もその指先を追うと、少し奥の岩陰からのそりと出てきたのはやけに大きな毛玉。足も顔も見えないが、動いているから魔獣なのだろう。
「むむ…!見たことがない!もしや新種…!?」
「あぁ、いってしまった…モフモフで可愛らしいですな」
「あの動き、生物であるのは確かですね。『サファリナゾケダマ』と仮称しましょう」
…その発言に俺は思わずズッコケかける。なんだその名前、そのままじゃねえか。
ツアーが終わり、ダンジョン入口に到着。次々と帰っていく参加者達。
「では、私達はこれで。こちら約束の賃金です」
お金を渡し、学者達も去っていく。俺達もまた帰る…わけじゃない。
「行ったな?」
「あぁ。いつもの場所にいくぞ」
バスガイドにバレないよう、帰るふりをして移動。近くの茂みに身を隠す。そこに置いてあったのは槍やボウガン、各種回復薬。そう、ダンジョン攻略用装備である。
「さっきので今日の獣人達の大体の配置はわかった。おい、障壁に穴を開けろ」
俺は仲間に指示を出し、ダンジョンを囲む障壁に進入口を作らせる。バレないように慎重に…。
「ったく、あのギルド上役のヒゲオヤジ野郎め…。なにが『このダンジョンにツアー以外の侵入を禁ずる』だ。いつかあの禿げた頭頂部引っぱたいてやりたいぜ」
「そういえばあいつ、このダンジョンの主と知り合いという噂ありますけど本当ですかね?」
「本当だろうよ。じゃなきゃあんなツアー、許されるわけないだろう」
日頃の不平不満を言いながら、穴を開くのを待つ。今回は運よく見張りの獣人も姿を現さなかった。
「開いたぞ!」
「よし、侵入! 狩りの時間だ!」
手に武器を持ち、ダンジョンの敷地内へ。茂みに、林に、岩の陰に身を潜めながら進んでいく。
ギルドからはここに侵入しないよう口を酸っぱくして言われているが、はいわわかりましたと言えるわけがない。
なにせこのダンジョンには激レアな魔獣や絶滅危惧種がごまんといる。そいつらの素材は高値で売れるのだ。しかも普段は狂暴な魔獣達も、ここでは能天気なほど温厚。いとも簡単に狩ることができ、笑いが止まらない。
一応商人ギルドからも、ここの素材は取り扱わないとお達しが来てるが…。金にがめつい連中は一枚岩ではない。裏で欲しがる商人なんて幾らでもいるからな。
そして極めつけはここの存在意義にある。普通のダンジョンならば魔獣なんて生き返らせることは少ないが、ここは魔獣達のためにあるダンジョン。つまり、俺達が仕留めた奴らは復活するのだ。
…それが何を意味しているかわかるか? 素材が取り放題ということだ。まさにこのダンジョンは宝の山、いや宝のパークだ! …語呂悪いな。
とはいえ相手は獣。音や匂いには敏感。魔法使いに出来る限りの消音消臭の魔法をかけてもらい、抜き足差し足忍び足。
「ところで依頼主の商人、今回は何をご所望なんだ?」
「えっと…うわ、獣人の爪ですってよ」
それを聞いた仲間達はため息。当然俺も。何故かというと、面倒なのだ。
このダンジョンで特に気をつけなければいけないのは獣人達。あいつらは魔獣と比べて頭がいいから見つかったらすぐに囲んでくる。絶対にバレてはいけない。
「倒すの面倒ですね。となると、いつもの手段で?」
「そうするか」
頷き合った俺達はそのままこそこそと移動。獣人達が住むログハウスから少し離れたところにやってきた。
「よし魔法使い。手筈通り頼むぞ」
「あいよ」
その場に魔法使い1人を残し、俺達は移動。獣人にバレない位置ぎりぎりまで奴らの家に接近。と、次の瞬間―。
ドォンッ!
魔法使いがいる位置から爆音が発生する。すると、ログハウスの中で動きがあった。
「なんだ!?」
「敵襲か!?」
バンッと扉を開き、一斉に飛び出していく獣人達。他の家からもわらわらと駆け出し、音の発生源へと向かっていった。獣人達の耳の良さを逆手にとり、見に行かざるをいかない状況を作り出したというわけだ。
「よし、今のうちに家荒らしといこうか」
家主が居なくなったログハウスに俺達はお邪魔する。何をしているのか?実は獣人達の習慣なのか、奴らには外れた爪や牙、角を保存しておく癖がある。それをちょいと貰おうとしているのだ。
ただし家主が帰ってくるまでの短時間で探さなければいけない。だが、今回はツイていた。何故なら―。
「おあつらえ向きに宝箱があるじゃねえか」
部屋の端に置かれているのは立派な宝箱。仮に目的のものが入っていなくとも、獣人の武器を始めとした貴重な物がしまってあるのは間違いない。早速仲間の1人が開けようと手をかけるが―。
バクンッ!
「ぎゃっ…!」
「「へ…?」」
…一瞬何が起きたかわからなかった。宝箱の蓋が勝手に開き、仲間の1人を呑み込んだのだ。直後、ズズ…と動き出した宝箱を見て、ようやく正体に気づいた。
「「ミミック!?」」
獣人達、やけに簡単に家を離れたと思ったらこんなものを…! イチかバチか戦っても良いが、獣人達が帰ってくるかもしれない。俺達は開いていた窓から急いで逃げだした。
「はぁ…はぁ…。なんで…」
「くそっ…何も盗れなかった…」
ダッシュでその場を離れ、息を整える俺達。と、そこに魔法使いが戻ってきた。
「ん? 1人いなくないか?」
「ミミックにやられた。獣人共、家の中に仕掛けてやがったんだ」
恐らく別の家にもミミックはいるだろう。もう侵入は出来ない。先程の爆音で獣人達も警戒を強めたから、不意打ちで仕留めることも出来なくなってしまった。
「仕方ない…獣人の素材は諦めて、魔獣の素材を狙おう。近くに何かいるか?」
「そうだなぁ…。回転する角を持つ猿『マンドリル』とか、雷を全身に纏っている肉食獣『雷オン』が近くにいたぞ」
「両方とも激レア魔獣ですね。多少傷をつけてもその素材は数百万以上の値は固いです」
「ならそいつらを狩ってとんずらといこう」
俺が号令をかけた、その時だった。
モフンッ
「―! なんだ!?」
尻に当たった謎の感覚に俺は飛び上がる。急ぎ背後を見やると…。
「なんだこいつ…?」
そこにいたのは巨大な毛玉。ん? 確かこいつは―。
「確か学者共も新種と騒いでいた魔獣じゃないか?」
「あぁ。確か『サファリナゾケダマ』と言ってましたね」
仲間たちの言葉でツアー中のことを思い出す。確かにそんな奴がいた。近くで見ると、モフモフさが際立つ。
「おい、新種ならば高く売れるかもしれない。仕留めるぞ」
俺達は武器を構え、謎の毛玉を囲んでいく。毛玉はもそもそと身体を軽く動かしただけで逃げようとはしなかった。警戒心が薄くて助かる。
「怖くないぞぉ~。逃げるなよぉ~…。 今だ!」
合図を出し、同時に武器を突き刺す。しかし、思わぬことが起きた。
ボスッ ガキィンッ!
「「「なにぃ!?」」」
毛の中に予想以上に吸い込まれた剣が、槍が、ボウガンが、突然何かにぶつかり弾かれたのだ。
「これヨロイトゲマジロの外殻ですら貫く槍だぞ!どんな外皮してるんだこいつ!?」
あまりの硬さに戦々恐々とする俺達。しかしその一撃が功を奏したのか、毛玉は動かなくなった。
「死んだか…?」
「確かめてみるか…。ちょっと毛をむしってみろ」
俺の指示を聞いた魔法使いが恐る恐る毛玉に手を入れる。
「あ…?この手触り…宝箱…?」
妙な呟きが気になり、待機していた俺達も覗きこむ。すると、毛玉の一部からひょこりと出てきたのは…。
「はぁい♪」
女魔物の顔だった。
「「「なっ…!」」」
唖然とする俺達。その隙を突き、女魔物は手を入れていた魔法使いをズボッと毛玉の中に勢いく引き入れた。
「ぎゃあっ…!」
直後、平たく潰された魔法使いがペッと吐き出される。この倒され方…もしかしてこれも…!
「「ミミックだ!!」」
反射的に周れ右して逃げ出そうとする俺達。しかし毛玉の中から触手がびゅるると伸びて来て、一瞬で絡めとられてしまった。
「た、食べないでくださぁい!」
最後に残った仲間はサファリナゾケダマ…もといミミックに命乞い。するとミミックはケラケラと笑った。
「食べないわよ。まだ暫くはお饅頭楽しみたいし。でも…復活魔法陣送りにはするけどね♪」
ギュルッ!
「「ぐえっ…」」
――――――――――――――――
…冒険者が仕留められた後。毛玉は半分に割れる。中に仕込まれていたのは宝箱。そこに入っていた上位ミミックはぐうぅっ…と伸びをした。
「ふぅ! お仕事完了っと♪ この毛皮装備…いや、毛玉装備か。これつけていると移動する姿を見られても怪しまれなくいいわね。でもこれ、暖かくて眠くなっちゃうのが難点ねぇ。下位ミミックの子達、たまに寝ちゃってるもの」
そう呟くと、上位ミミックは仕留めた冒険者達を回収し再度毛玉状態に。サファリナゾケダマはそのままモソモソと毛を揺らし、草原のどこかへと消えていった。
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