人間側 とある老練な漁師の心配
オラぁ、普段漁師をしとるモンだ。大海原に船を出し、網や銛などを駆使して山盛りの魚を採ってくるあの仕事だ。これでも結構腕には自信あって、古株の爺達からも一目おかれている。…まあ認められるまでにオラも中々良い歳したオッサンになっちまったが。
そんなオラだが、今珍しいところにいる。冒険者ギルドの集会場だ。
「ねえあれ…あの人も冒険者…?」
「なんかどう見てもそれっぽくないというか…。業者の人…?」
椅子に腰かけるオラを見て、集まっている冒険者の幾人かはボソボソと声を潜める。全部聞こえてるんだが。激しい波音の中から魚の跳ねる音を見極めるオラ達の耳の良さ、舐めてもらっちゃ困る。
んだけどまあ…連中の言っていることも正しい。オラの今の姿は漁用の胴付き長靴にねじり鉢巻き、武骨な銛といった普段魚を採りに行く時のスタイルそのまま。周りの冒険者のように色とりどりの鎧や装飾が綺麗な剣、オーブといった装飾品は身に着けていない。場違い感が半端ないのは流石のオラでもわかる。
まさかここまで注目されるとは。家を出る前、女房が思いっきり眉をひそめてこの服で行くのかとしつこく詰め寄ってきたが、このことを予見していたらしい。
何分、家と船、そして港との往復生活だから今どきの冒険者のとれんど?というのはわからない。それに、一回だけしか使わないのに変な鎧とか買うのも勿体ない。だから普段通りで来たんだが…こんなことなら女房の言う通り大人しく着替えてくればよかったかもしれん。
いやしかし…あそこの嬢ちゃん、なんというか…随分色っぽい恰好してるな…。お腹や太もも丸出しじゃないか。なのに兜はしっかり被っているし。
あっちの子に至ってはほぼほぼあれ水着だな…。しかも露出が多いビキニ型だ。思わず見とれて…おっと、女房にバレたら殺される。ま、あいつより良い女なんてこの世にはいないがな。
そもそも何で漁師のオラがここに居るのか。それには理由がある。つい最近のことだ。
オラ達の船は、マーメイドが棲む『海岸洞窟ダンジョン』の近海を通る。そのダンジョンから少し離れた位置、船はおろか人すらも入っていけない場所に岩礁と僅かな砂浜がある。視力の良いオラ達がぐっと目を凝らさなければ見えないほどに遠く小さいそこに、妙なものを見た。
それは、陸で蠢くマーメイド達。本当に埃粒のように小さくしか見えなかったが、あれは確かにマーメイドだった。その日だけではない。次の日、また次の日も…。
マーメイドとオラ達漁師は切っても切れない関係。彼女達が集まるところには魚の群れが出来ているし、その逆も然り。時には彼女達の歌に癒されることだってある。
あ。素人はマーメイドの歌が聞こえたらすぐに耳を塞いだほうがいい。あれには人を惑わす力がある。ぼーっと聞き惚れていたら、いつの間にか海のど真ん中で遭難。そのまま帰らぬ人となることは結構あるのだ。マーメイド達も魔物。人を助けるほど優しくはない。
双方、あまり関わらないという不文律。だが、先のマーメイド達は明らかに異常。長時間陸に打ち上げられたマーメイドは日光に焼かれ死んでしまうからだ。
これは何かあったに違いない。彼女達の行動を知ることは、オラ達漁師の稼ぎに直結する。確かめようとも、その場に行くことは不可能。ということで漁師仲間との相談の元、彼女達の棲み処であるダンジョンに潜ってみることにした。
とはいえそこはダンジョン、気軽に入れるものではない。行けるのはギルドに冒険者登録をした者のみ。
そこで漁師仲間の中で唯一冒険者登録をしているオラが来たというわけだ。昔戯れにとった代物だが、せっかくだからと登録更新を怠らなかったのが功を奏した。
流石に1人で潜るわけにはいかず、今はそのダンジョンに向かうメンバーを待っている状況。と、そんなオラに若々しい声がかけられた。
「おっさんか?俺達のパーティーに参加希望ってのは」
オラが顔を上げると、そこにいたのはチャラそうな若い男性戦士。他に2人若い女性の仲間を連れている。ギルド受付の姉ちゃんから聞いた外見と一致していることを確認したオラはそうだと答えた。
「おっさん本当に冒険者か?冒険者ライセンス見せてみろよ」
「登録証のことか?これだ」
明らかに訝しむ様子の男性戦士はオラが出した冒険者登録証を奪い取るように受け取る。すると、彼はブハッと吹き出した。
「なんだこれ!古ぼけてんな!」
彼の言う通り、オラの登録証はかなりボロボロになっている。なにせ登録したのが数十年前。それ以降幾度か更新はしたものの、ダンジョンに行くことはないからと新品への交換は断ってきた。
「その装備も笑えるぜ。なんだそれ?漁師か?」
ピッと登録証を投げ返してきた男性戦士は笑い声をあげる。オラが当たりだと答えると、更にその声を高らかにした。
「おいおいおっさん、ダンジョンは遊び場でも漁場でもねえんだぞ?戦えんのか?足を引っ張ったら即座に置いていくからな」
オラの顔を覗き込みながら嘲笑する男性戦士。全く、近頃の若いモンは…。オラは銛を手に取り立ち上がった。
「気になるんなら一つ試してみるか?」
オラのその言葉に一瞬怯む男性戦士。だが仲間の手前、周囲の目の手前、断るわけにもいかず剣を引き抜いた。いや、そうでなくともオラの喧嘩を買ったのだろう。何故なら彼は雑魚を相手取るかのような口調で煽ってきたからだ。
「おいおいおっさん、怪我しても知らねえぞ? 俺はアンタが普段採っている魚みたいに逃げないからな?」
にんまりと笑い、剣を構える男性戦士。簡単に勝てる相手だと踏んだらしい。周囲の冒険者達は即座にオラ達を囲み、さながら簡易的な戦闘フィールドをつくりあげた。
「いいぞー!やれー!」
「おっさん頑張れー!」
周囲からの応援が響く中、男性戦士はジリッと間合いを詰める。そして―。
「もらったぜ!」
彼はオラの元に勢いよく飛び込み、大きく剣を縦に振ってきた。
「ほいっと」
その一撃を、オラはちょいと横に避ける。そして落ちていく剣先を、逆手持ちにした銛の
「は…はぁ!?」
「ふんっ!」
隙を見せた男性戦士を、オラは思いっきり蹴り飛ばす。勢いよく吹っ飛んだ彼はオラ達を囲んでいた冒険者の束にぶつかり、盛大に倒れ伏した。
「っくそ…! ひっ…!」
起き上がろうとした男性戦士の首にカチャリと銛を突きつけ、勝負あり。ついでに、ちょっと気づいたから教えといてやろう。
「アンタが装備しているその鎧、『アーマーシャーク』のモンだろ。あいつは釣り上げても船上で暫く暴れられる人食い鮫で、皮も鎧に使われるぐらいだからとんでもなく堅い。だが、オラ達はそいつに銛をぶっ刺して仕留めてるんだぜ。漁師を、舐めるな」
「おっちゃんすごぉい!超強かったんだ!」
「渋いし、カッコいい!彼女に立候補しようかなぁ」
「その気持ちは嬉しいが、オラぁ妻子持ちだ。すまねえな」
「一途~!私、おっちゃんに惚れちゃった!連絡先交換しようよ~!」
パーティーの若い女性メンバー達にいちゃいちゃと囲まれながら、オラはダンジョンへと向かう。
先頭を歩く男性戦士は明らかにイライラしているが、それも仕方ない。思いっきり恥をかいたのだ。その怒りをぶつけるかの如く、彼はオラに問いかけてきた。
「ところでアンタ!マーメイドは狩ったことがあるのか?」
「いんや、ない。あいつらはどんな魚より泳ぎが早くてな、銛を当てられん。ま、狩ろうと思ったこと自体ないが」
「ふん、そうか!俺達はいつも狩っている!ダンジョンでは俺のいうことを聞いてもらおうか!」
マウントをとろうと必死の男性戦士。が、それは女性メンバーの一人のツッコミで潰された。
「狩ってるマーメイドってあれでしょ、ダンジョンの潮だまりに残されて身動き取れなくなっていた…」
「黙っとけ!」
キレる男性戦士。おーこわとオラの背に隠れる女性メンバー達を庇いつつ、オラは頭を下げた。
「オラぁ、ダンジョンに行ったことはほとんどない。だから素人同然だ、よろしくお願いするよ先輩」
特に裏はないそのままのお願いだったのだが、何故か男性戦士は怒りを増し、女メンバーは更にきゃあきゃあ言い始めてしまった。
「おい!そっちに行った…ぞ…」
「ふんっ!」
ダンジョン内部、魚や貝を狙って忍び込んできた魔物や、そもそも棲みついているらしい水陸両用の魔物達をオラは薙ぎ払っていく。
この程度、海上で襲ってくる魔物達に比べれば屁でもない。漁中は船を壊されないよう、漁師仲間を殺されないよう守りながら魚を採るのだ。こんな数匹の群れ程度、文字通りの雑魚だ。
だがオラの目的はマーメイド達の異常を確かめること。怒りを通り越して唖然としている男性戦士に頼み、更に奥地へと進んでいく。
「ここには…いないか」
道中にところどころある潮だまりを覗いていくオラ達。マーメイドが居れば良いが、運が悪いのか一匹もいない。だが代わりにオラが見つけた立派な真珠を作っていた魔物貝を沢山ゲットし、男性戦士も女性メンバー達もほくほく顔をしていた。
「流石漁師だ!連れてきて良かったぜ!」
男性戦士はオラの背をバシバシ叩く。現金なものである。と、その時だった。
♪~♪~♪~
「歌…?」
どこからか微かに聞こえてくるのは綺麗な歌。マーメイドのだろう。するとパーティーメンバーは全員一斉に耳を塞いだ。
「おい、アンタも耳を塞げ!」
男性戦士は焦ったようにオラに呼びかけるが、別にその必要はない。寧ろ、マーメイドがいる場所への案内になる。発生している方向を探るように、オラは少し先に出た。
「お…!」
とある道の先、マーメイドの尾がちらりと見えた。水に入れず逃げ遅れたマーメイドだろうか、オラは急ぎそこへと向かうが―。
「あれ?」
そこは確かに水が引いた洞窟の地面。しかし、マーメイドの姿はなかった。魚の身体でのたのた歩いていたとしても、そう遠くにはいっていないはずだが…。
その時、更に先の道に何かがヒュンと動いたのを捉えた。そしてオラの目はその正体をある程度掴んだ。間違いない、マーメイドだ。急ぎ追いかけようと足を踏み出した―。
「あ…あ…」
が、後ろから聞こえてくる狂ったような声にオラはピタリと足を止める。そちらを振り向くと、目が虚ろになったパーティーメンバー達がふらりふらりと歩いてきているではないか。
その声、その動作。一目でわかる。マーメイドの歌の虜になってしまっている。経験の浅い漁師もよくなる症状だ。仕方ない、ちょいと手荒だが…。
バチコンッ!
オラは思いっきり、全員の耳を叩く。耳がキーンとなったのか、全員悶えつつも正気にもどってくれた。
「なんでアンタ、大丈夫なんだよ…」
耳栓を装備し、事なきを得たパーティーメンバー達。オラはフフンと鼻を鳴らした。
「オラは慣れてるからな。漁師を…」
「舐めるな、ってな。わかったよ。それで、その話は本当なのか?」
オラの言葉を遮り、男性戦士は眉を潜める。オラはコクリと頷いた。
「あぁ。さっき、マーメイドが水の無い床を走っていった。一瞬しか見えなかったが、何か変な箱に乗っていたような…」
「なんだろうな…? だが、気を付けろ。もうここは洞窟最深部だ。そろそろマーメイド達が棲むエリアだぞ」
それぞれの武器を手に、じわりじわりと進む。と、オラ達は急に大きく開けた場所に出た。
湖かと見紛う広い潮だまり。そこではマーメイド達が楽しそうに歌っていた。
「この数相手は無理無理。帰ろ?」
「くそっ。なんで道中にマーメイドがいなかったんだ?いつも一匹は必ずいるのに…」
「おっちゃんに沢山真珠をみつけて貰ったんだから鱗は諦めようよー」
壁の陰から覗き見するメンバー達。ふと、オラは端っこにある箱に目がいった。
「あれなんだ?」
「? 宝箱みたい。見に行ってみる?」
マーメイドにバレないよう、岩陰に隠れながらオラ達はその宝箱に近づく。パカリと開けてみると…。
「「「「金網…?」」」」
中に入っていたのはお宝ではなく、そこら辺でも売っているような金網。それ以外にも調味料とかが幾つか。ただの収納箱…?
「とりあえず貰っていこ!」
女性メンバーの1人がそれに手を伸ばす。次の瞬間だった。
ぎゅるっ!
箱の中から幾本もの触手が伸び、女性メンバーをグルグル巻きに。あっという間に殺されてしまった。
「「ミミックだ!!」」
オラ以外の2人が同時に叫ぶ。が、それが災いしたのだろう。
ギュン!カッ!
オラ達の足元に飛んできたのはトライデント。ハッと飛んできた方向を見ると、マーメイド達がぎろりと睨んできていた。
「ダッシュで逃げろ! まだ干潮だ、今ならマーメイドは追ってこれない!」
男性戦士の掛け声で、オラ達は急ぎ来た道を戻る。が…。
「「「待ちなさぁい!」」」
聞こえてくるはマーメイド達の声。一体なぜ…!?オラ達が後ろを見ると―。
ドドドド! シャアアア!
音を立てながら、迫ってくるマーメイド達。しかし彼女達が走っているわけではない。彼女達は海水で満たされた謎の箱に入っており、その箱が高速で移動してきているのだ。
「箱が動くってまさか…!?」
「あれもミミック!?」
パーティーメンバーの推測で合点がいった。さっきオラが見たのは恐らくそれであろう。逃げ遅れたマーメイドが搬送されていたらしい。
確かによく見ると、宝箱に入ったマーメイドはそこから伸びた触手に身体を支えられている。泳げない人間が浮き輪をつけるように、陸で活動できないマーメイドの対策ということか
「くっ…!ここはオラが食い止める!アンタらは逃げろ!」
オラはそう言い、銛を構える。パーティーメンバー達はオラの子供と同じような年齢、守らなければならない。死ぬことは怖いが、復活が保証されているならまだ覚悟が決まるというものだ。
それに、この際だ。普段は暗黙の了解で言葉を交わさないが、マーメイドにあのことを直接聞いてやろう…!
ガギィンッ!
マーメイドのトライデントとオラの銛がぶつかりあう。ギリリリ…と鍔迫り合い音が響く。すると、マーメイドの1人がオラの顔に気づいた。
「貴方、見たことがある顔ね。確か漁師の…」
面識があるなら話は早い。オラは今回来た目的そのものを彼女に聞いた。
「アンタらここ最近、近くの隠れた海岸で何をしていた?妙な煙も上がっていたが…」
「煙…? あぁ!」
トライデントを降ろすマーメイド。そのまま彼女はポンポンと入っている箱を叩いた。
「この子達…ミミックに乗って陸でお魚とかを焼いてたのよ。この子達に水を張って入れば暫く陸でも活動できるの!凄くない!?」
「あ、あぁ…」
オラたちの不文律をガン無視するかのように目を輝かせるマーメイド。焼き魚食べるのか…。
「まあ顔見知りのアンタだから殺すのは許したげるわ」
そのままミミックに乗り、棲み処へと戻っていくマーメイド達。半ば放心状態のオラはすごすごとダンジョンを後にした。
「おっさん!無事だったか!?」
「良かった…!」
入り口で待っていたパーティーメンバーに、オラは迎えられる。彼らは顔を顰め話し合い始めた。
「しかし、マーメイドがあんなに動くとは…。今後簡単には入れないな…」
「ね。ミミックにあんな使い道があったなんて…」
2人には悪いが、オラは別の事を考えていた。要は
…マーメイドが焼き魚を食うならば、今度棲み処に侵入した詫びとして醤油や酒を渡してみるか。意外と喜んでくれるかもしれん。もしかしたら、良い飲み友達になれるかもな
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