顧客リスト№10 『マーメイドの海岸洞窟ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌
「アスト!えーい!」
バシャッ!
「わぷっ!やりましたね社長!お返しです!」
パシャパシャッ!
肌を焦がすほどに強く照りつける太陽。普段ならば社長はスライムのように溶けかけ(流石に比喩)、私も服を汗でぐっしょぐしょにしてしまうほどの陽気である。正直涼しい部屋から一歩も出ず、アイスを貪っていたい…と思っていただろう。普段ならば、だ。
だが、今回の依頼には超・最高のタイミング。外に出るのが全く苦にならない。寧ろ、この依頼を受けた日からずっとこの天気になるよう祈っていた節すらある。
何故か?それは周りの景色を見れば一目瞭然である。
ザザンザザンと打ち寄せるは波の音。ギラリと落ちてくる太陽光は、爽やかな青を湛えたたっぷりの水に反射しキラキラと輝いている。とぷんと身体を漬ければ熱くなった身体もきゅうっと冷やされる。
そう、ここは海。私と社長は今、海に来ているのだ。
私達が居るのは、人間が来れない岩礁海岸の端。とはいってもヤシの木は生えているし、砂浜もある。さながら貴族が持つプライベートビーチのようである。
「いやー!良い天気になったわね!」
波間にプカプカ。水着の社長は気持ちよさそうに腕を伸ばす。普段入っている宝箱は水に沈むため、彼女は宝箱型の浮き輪…フロートに乗っている。
「はい!本当に良い天気!他の皆も連れてきたかったですね」
その社長のフロートの横で、おろしたての水着を纏った私は全身で海を楽しむ。前に着ていた水着はサイズが合わなくなっていたから、思い切って新しいのを買ってしまった。…太ったわけではない…!多分…!胸とかが大きくなっただけ…多分…。
「今度の慰安旅行は海で決まりかしら。アスト、どーん!」
「わっ!ごぼっ…。 ぷはっ!突然飛び込んでこないでくださいよー!」
決して遊んでいるわけではない…いや、遊んではいる、うん。コホン、これは時間潰しをしているだけなのだ。
今回の依頼場所はこの海岸沿いにある。依頼主は干潮時のダンジョンの様子を見て欲しいらしく、それまでは待機時間。まあこれも、社長と社長秘書の特権ということで。
「ところでアスト、日焼け止め塗った?」
「いえ、塗ってないです。でも別に大丈夫ですよ」
「駄目よ、塗らなきゃ。ほら、一旦パラソルの下まで戻りましょう」
無理やり砂浜へ戻らされた私。パラソルの陰にうつ伏せに寝そべらされ、上の水着を解かれる。
「社長、自分でやりますから良いですよ」
「いいのいいの、任せなさい!あっという間に塗ってあげるから」
嫌な予感。私はちらりと社長を見やる。すると彼女は手にたっぷりと日焼け止めを出し…。
「ちょっとくすぐったいわよー」
にゅるん
手を何本もの触手へと変化させたのだ。
「しゃ、社長!待っ…!」
慌てて私は止めるが、もう遅い。ひたりと触手が背につき…。
にゅるるるるるるるるっ!
「笑い死ぬかと思いました…」
水着をつけ直しながら、私は社長へ苦情を入れる。あんな全身をまさぐられて…駄目だ、思い出すだけで身体がぞくっとなる。
「ごめんごめん!アストの反応が面白くてつい遊び過ぎちゃった!」
「もう…なら今度は社長に塗り返してあげます」
「あぁ、私は良いわよ。日焼けしないから」
「問答無用です!えい!」
「わっ…きゃははははっ!」
戯れ合う私達。と、2人して同時に…。
ぐううううう…!
「…ご飯にしましょうか!」
「はーい」
作ってきたサンドイッチをもぐっと頬張る社長。その顔についたソースを拭ってあげながら、私も食べる。
サンドイッチの材料や水筒の水には、他ダンジョンから派遣代金として貰った果物や蜂蜜、魔力含有水を使っている。素材が良いと、当然出来上がった物もとても美味しい。
でも…もうちょっと作ってくれば良かった。海で遊ぶと予想以上にお腹が減る。なくなりかけのバスケットの中身を見ながら私がそう思っていると、とある岩礁から私達を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ミミン社長ー!アストちゃーん!差し入れよー!」
その声の元に私達が赴くと、そこにいたのは一人のマーメイド。人魚とも呼ばれる、上半身人型下半身魚型の魔物である。
「はい、これ!近海で採れた魚と貝よ」
海藻で編んだ網を手渡してくれた彼女はマーメイドの「セレーン」さん。今回の依頼主である。貝殻のブラ…水着?をつけている。
因みにマーメイドの間では貝殻つける派、海藻を巻く派、何もつけない派があるみたいだが…まあそれはどうでも良い話か。
頂いた魚や貝は採れたてなため、生でも食べられる新鮮さ。でも、汗をかいて失った塩分を補充するためここは塩焼きで頂くことに。網や調味料、串も持ってきてあるし。
私は岩の上に魔法陣を描き、ボウっと火を起こす。その間に社長が魚を下ごしらえしてくれていた。いざ、網焼きへ。
ジュウウウウウッ…!
心地よい音が響く。美味しそうな匂いも漂い始めた。魚の皮はプスリプスリと小さく弾け、貝はパカリと身を露わにした。
「じゅるり…」
「お熱いですから気を付けてくださいねー」
出来上がった物から皿に移し、社長に渡していく。足を海につけながら熱々の海産物を食べ、ご満悦の様子。
そして、セレーンさんにも。彼女もはふはふ言いながら舌鼓を打っていた。
「生もいいけど、焼いたのも格別ね!良いなぁ。私達もたまには焼き魚や焼き貝を食べたいけど、陸に上がれないんだもの。火に当たると鱗乾いちゃうし」
バシャリと尾を振るセレーンさん。確かに、その足では陸上移動は不可能。今彼女がやっているように、岩の端に腰かけるのが精々であろう。
「どこかの魔女に頼むと、声と引き換えに足をくれるという話を聞いたことがありますけど…」
そんな私の言葉を、セレーンさんは一笑に付した。
「願い下げ!声が無くなったら歌うことができないもの!」
皿を近くに置き、セレーンさんは急に歌い始める。その声、なんと美しきことか。がっついていた社長ですら箸を止め聞き惚れるほどである。マーメイドの歌声は人を誑かすと聞くが、納得である。
「そろそろ波の引き始めね。もう少ししたら来てねー」
「「はーい」」
ポチャンと水に入り泳いでいくセレーンさんを見送る私達。と、社長が一言。
「じゃ、アスト。もうちょっと遊びましょう!」
「賛成です!」
―そして水は引き、干潮。水着の上に軽く上着を羽織った私は社長入りのフロートを抱え、現れた砂浜を歩いていく。足に濡れ砂がまとわりついてくるのが妙な感じである。
「ここね」
「みたいですね」
私達の目の前に現れたのは、ポカンと開いた洞窟。普段は海の中に隠されている位置にあるそれこそが、今回の依頼場所『海岸洞窟ダンジョン』その入り口なのだ。
朝から遊び通しで若干眠気も出てきたが、私は欠伸を堪え中へと踏み込む。ここからが本日のお仕事、失礼のないようにしなければ。…まあ、2人揃って水着姿ではあるのだが。マーメイド達もほぼ同じ姿だしセーフ。
内部は緩やかな下り坂になっており、ところどころに海水が出入りするであろう細長い穴がちらほら見える。また、道中の端や枝分かれする道の先には潮だまりが窺えた。
足元には小さな蟹や貝が転がっており、ちょっと気をつけて歩かなければ踏んじゃいそう。壁や天井、潮だまりには発光する生物がおり、歩くのには難儀しないのが幸いである。
そんな中、私達の耳に微かに聞こえてきたものが。
「ん…?社長、これって…」
「歌、みたいね」
それに誘われるように、そのまま私達は下り坂を下へ下へ。すると大きく開けた場所に出る。最深部のようだ。そこはまるで小さめの湖のようになっていた。
しかし感じ取れる匂い、そして水の味。ここの水は淡水ではなく、全て海水。洞窟の中に出来た、巨大潮だまりであろう。
そして、そこにいたのは…。
「♪~♪~♪~」
岩や大きな貝に腰かけ、ハープを片手に歌うマーメイド達。その様子を呆けてみていた私達に、セレーンさんの声がかけられた。
「ようこそ2人共、私達の集会場に!」
セレーンさんによるとこの巨大潮だまりの下は更に広がっており、海にも通じているらしい。マーメイド達はそこに棲み、海へと出入りしているようである。
もしやそこへの…海の中への出張依頼なのか?そう思った私だが、どうやら違うようである。
「この洞窟、干潮時以外は海水で満たされているのよ。その時は私達もダンジョン内を自由に泳げるんだけど、特に干潮時だと…」
と、セレーンさんは端の方を指さす。そこには溺死させられた冒険者が数人転がっていた。
「あんな風に冒険者が入ってくるの。狙いは私達が使っている楽器や鱗。ダンジョン内に水が満たされていれば私達が駆け付けられるんだけど、今みたいな状況だとねぇ…」
なるほど、つまり干潮時の防衛役としてミミックが欲しいらしい。しかし、それならば一つ問題が生じる。
「どこかにミミック達が上がれる場所はありますか?」
一部の種を除き、ミミックは長時間の水中行動が可能。だが、流石に永続は無理。息継ぎしたり、陸地で休憩する必要がある。私のその問いに、セレーンさんはにっこり頷いた。
「えぇ。作ってあるわ! 上の岩場に穴を開けて、部屋を拵えておいたわよ。人間達にバレずに外との出入りも可能な、ね」
ならば問題ない。即座に商談成立である。…結局、今日一日ただ海遊びに興じていただけだった。
契約書にサインして貰っている間、社長はセレーンさんに問いかけた。
「セレーンさん、他にお困りごとはないですか?」
「そうねー…。あ、たまに道中の潮だまりに取り残されちゃう子がいるのよ。寝ていたらいつの間にか水が引いて、とかで。まあここダンジョンだし、冒険者に殺されちゃっても復活するからあまり気にしてないけど」
ペンを手にしながら、セレーンさんはそう答える。と、社長は何かを思いついたのか、妙な提案をした。
「セレーンさん。さっき陸に上がれないと言っていましたよね」
「えぇ。それが出来ればさっきみたいに焼き貝とかを楽しめるんだけど…」
「それ、うちのミミック達なら叶えられるかもしれませんよ?」
「痛たたたた…!」
夕暮れの帰り際。わたしは苦痛に顔を歪ませていた。理由は赤くなってしまった肌。そう、日焼けである。日焼け止めを塗った時には既に遅く、もう焼けていたらしい。
ヒリヒリ、ピリピリ。服が肌を擦る度に、背負った海遊び道具や代金として貰った海産物&人魚の鱗入りの袋が食い込む度に、その痛みの波が押し寄せる。
「もー、だから最初に塗るべきだったのよ」
私に抱えられた社長はほれ見たことかと言わんばかり。社長に塗ってもらっていなければこの痛みが全身を襲っていたと考えると実に恐ろしい…。
「仕方ないわねー。アスト、ちょっと私の向きを変えて?」
社長に促されるまま、私は社長の箱をくるりと半回転。社長と私が向き合う形に。
「よいしょっと…」
すると社長は日焼け止めを塗った時のように手を幾本もの触手状に変えたではないか。
「何を…!?」
「くすぐらないわよ。ちょっと服の隙間から失礼するわね」
ビビる私をどうどうと宥めつつ、社長は触手をにゅるりと私の身体に這わせる。今は誰かに触れられるのですら辛い状況なのに…!思わず私は目を瞑り痛みを待つが…。
ひやっ
「あ、あれ…?」
痛む日焼け跡に感じたのは冷ややかで心地よい感触。ゲルのような、スライムのような…。いやこれ、社長の
「気持ちいい?」
「はい、凄く…!」
「良かった。私の身体はスライムに近い流動体だからね、日焼けはしないし、こうやって冷やすこともできるのよ」
と、社長は欠伸を一つ。遊び疲れておねむらしい。
「寝ていい?アストの体温気持ち良くて…むにゃ…」
私は承諾する前に、社長は寝落ち。私は社長(正確には社長入りの箱だが)を抱き、社長は私の身体に張り付いた形で、揃って海を後にした。
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