顧客リスト№7 『蜂女王の蜂の巣ダンジョン』

魔物側 社長秘書アストの日誌

ヴヴヴヴヴヴヴ…!


「う~ん!甘~い香り!」


箱から身体を覗かせた社長は周囲に立ち込める香りを吸ってご満悦。確かに凄く良い香りなのだが…。


ヴヴヴヴヴヴヴヴ…!


「あの、社長…?」


「ん? どうしたのアスト」


ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ…!!


「あのー…なんといいますか…」


「?」


全く気にしていない社長を見て、私は仕方なしに頭上を指し示した。


「怖いんですけど…この蜂達…」




今回依頼を受け向かったのは、蜂女王が主を務める『蜂の巣ダンジョン』。普通の蜂の巣にいる女王蜂、ではない。蜂姿の女王様、ビークイーン、呼び方は幾つかあるが、要は蜂魔物の上位存在である。


ということは、当然このダンジョン内は蜂まみれ。今私達の頭上を恐ろし気な羽音を立て飛んでいる彼らはここの蜂女王『イーブ』さんの眷属なのだ。




「何言ってんのアスト。蜂型の子はうちにもいるでしょ」


社長が笑い飛ばした通り、我が社にも蜂のミミックはいる。だが彼らはそんなに群れず、数も少ない。だから、視界を覆うほどに群れているこの蜂達はちょっと怖い。というか耳がぞわぞわする。


「皆歓迎しているのよ、許してあげて」


と、そこに現れたのは黄色い髪と触覚、透明で薄い羽、お尻から生えた蜂のぷっくりしたお腹、手足に蜂特有の黄色と黒の縞々という出で立ちの女性。彼女こそが蜂女王『イーブ』さんである。


「歓迎…ですか?」


今にも口に入りそうなほど纏わりつかれていた私は思わず眉を潜める。するとイーブさんはにこりと微笑んだ。


「えぇ、なにせまともな客人は久方振りだもの。ここに入ってくるのは基本的に蜂蜜を狙う魔物や人間だから」




イーブさんに案内され、私達は奥地に進む。流石は蜂の女王、ブンブンと飛び交う蜂達は彼女の姿を見るや否や傅くように横に控え道を作る。私に纏わりついていた蜂達も解散させられようやく一息つけた。


それにしても…壁も床も天井も、全ての建造物が六角形のあの形をしている。一見脆そうだが、社長を持った私の体重が乗ってもびくともしない。恐るべし、ハニカム構造。




「さ、ここよ」


到着したのは球状になっている広めの部屋。周りの壁からはトロトロと蜂蜜が染み出し、部屋の下半分をプールのように埋めている。


そしてその中央に浮かんでいるのは社長が入れそうなほどの大きな杯が乗った台座。そこにはクリーム色をしたゼリーのようなものがたっぷりと盛られていた。


「もしかしてあれって…」


私の鑑識眼はそれが何かをすぐさま見抜いた。だが、あんな量は見たことがない。唖然とする私に代わり、イーブさんはその名を口にした。


「そう、『ローヤルゼリー』よ」




ローヤルゼリー。それは女王蜂が食べる栄養満点の食事。だが、蜂魔物が作るローヤルゼリーは一味違う。一口食べれば体力魔力全快、二口食べれば体力魔力の限界突破、三口食べれば蘇生魔法代わりという超・貴重なアイテムである。親指ほどの小瓶に詰められた量だけでもかなりの額で取引される。


そんなものが、あんなに沢山…! ということは、依頼内容も想像に難くなかった。


「あのローヤルゼリーを守って欲しいの」





「うちの子達、優秀でね。ローヤルゼリーをかなりの量作ってくれるのよ。おかげでスタイルを維持するのが大変大変」


蜂達を愛でながら、イーブさんは笑う。嬉しい悲鳴と言うやつだろう。


「美味しそう…」


と、私の持つ宝箱から漏れ出る声が。勿論社長である。実は社長、このダンジョンに来てからちょこちょこ小さなお腹の音を鳴らしていたのだ。最近甘いもの絶ちとかしてるから…。


「良かったら食べていって。正直アタシだけじゃ余らせちゃうの」


イーブさんは蜂の巣を加工した器にローヤルゼリーを盛り持ってきてくれた。そういうことならと私達は有り難く頂くことに。


「ふおぉ…!しゅわしゅわしてる…!」


口に入れた瞬間、社長は頬に手を当て感動した様子に。蜂蜜を煮詰めたかのような濃い甘さながらも、ほどよい酸味とシュワシュワ感が清涼感を引き出している。これ、無限に食べられる…!


「も、もう一杯貰えません…!?」


鼻息荒く、社長はイーブさんにねだる。だがイーブさんはそれを止めた。


「あまり食べ過ぎない方が良いわ。元気が出すぎて夜眠れなくなるし、太っちゃうわよ」


その言葉に、私はハッと気づいた。身体がかなり火照っているのだ。蜂魔物を統括する女王の食事であり、たった三口で蘇生魔法の代わりとなるような代物なのだ。一体どれだけの栄養が込められているだろうか。これ以上食べたらマズい。私は目がギンギンになっている社長を慌てて引き止めた。





「コホン…。失礼いたしましたイーブさん…」


正気を取り戻した社長は恥ずかしそうに咳払い。未だ効果が残っているのか身体をモジモジさせているが。それを隠すように、彼女は商談に移った。


「このダンジョンに最も合うのは『群体型』ミミックの宝箱バチ達でしょう。色こそ普通の蜂達と違いますが、これだけの数がいればその間に混じって冒険者に奇襲をしかけられます。毒素もかなり強いですから…」


「あー…。ごめんねミミン社長。多分その子達じゃダメなの」


社長の説明を打ち切るようにイーブさんは頬を掻く。それは一体どういうことなのか、私が質問するよりも先に、イーブさんは何かを取り出してきた。


「これは…?」

「人間の装備…ですよね」


受け取ったそれをまじまじと見やる私達。それは明らかに人型をしたツナギのようなもの。頭すらも覆うフードがついており、目のところは外が見えるように透明な素材で作られていた。


「これはここに侵入した冒険者達が着ていたものなの。ちょっとアストちゃん着て見てくれない?」


「え。あはい、わかりました」


私はその謎の装備をゴソゴソと着こむ。悪魔族は羽角尻尾がついている以外は人間と姿が似通っているため、何とか着ることが出来た。ちょっと背中がきついけど。


「アスト、着心地どう?」


「なんか暑いし動きづらいです…」


ダンジョンに潜るにしてはおかしな装備である。武器はまともに持てないし、動きも制限される。生地的に防御力が高いというわけでもなく、寧ろこれ0に近い。


「これほんとに冒険者が着てきたんですか?」


私はイーブさんの方を向く。すると…。


ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ…!!!


イーブさんの周囲には大量の蜂達。凄まじいほどの羽音が響き渡る。


「えっ。ちょ…」


思わず私は後ずさりしてしまう。だがイーブさんは構わず号令を出した。


「ゴー!」


ヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ!!!


「ひゃあああああ!!!?」


蜂達は一斉に私へと突撃。隙間ないほどに纏わりつき、尾の針をブスリブスリと刺していく。


「イーブさん!?アストに何するんですか!?」


さしもの社長も驚きを隠せないようで、素っ頓狂な声をあげる。するとイーブさんは直ぐに蜂を引き戻した。


「どうアストちゃん。針は体に刺さった?」


「…へっ?」


怖くて目を瞑っていた私はこわごわ自分の体を触ってみる。どこも痛くない。毒で麻痺している、というわけでもなさそうである。


「…蜂の針を通さない装備、ってことですね?」


察した社長はイーブさんに目配せする。彼女はゆっくりと頷いた。





「ほんとですね…。至る所に貫通防止の魔法が。一つ一つはかなり弱いですけど、蜂の針ならば防げちゃいますね」


改めて謎の装備の鑑定をする私。描かれた魔法はまるで網のように全身を包んでおり、中々に手間がかかっている。いうなれば蜂専用の防護服と言ったところか。


「私の針ならば貫通して即死させられるんだけど、小さな蜂達だと幾ら刺しても効かなくて…。この間なんてローヤルゼリー全部盗まれたのよ」


それを盗んだ冒険者は今頃豪邸で寛いでいる頃であろう。はぁ…と溜息をつくイーブさん。そしてもう一人、溜息をついたのは社長だった。


「うーん、どうしよう…。群体型の子達は総じてこの装備を貫通できないだろうし…。このダンジョンの構造上隠れられる場所は少ないし…」


どうにか良い方法が無いかと頭を悩ます社長。私も助力するため知恵を捻るが、何も浮かばない。


「ん…?」


ふと、私の視界に入ったのは部屋の下にたっぷりと溜まっている蜂蜜。ドロドロしていて、まるで…。


「社長、この蜂蜜の中泳げませんか?ほら、この間のスライムみたいに」


先日お邪魔したスライムのダンジョン。そこで社長はスライムの中に身体を沈めるといった荒業を見つけ出したのだ。


そして、今目の前にある蜂蜜沼。それは見ようによってはスライムのようでもある。半分冗談めかした提案だったのだが…。


「…イーブさん。よろしいですか?」


「構わないわよ。ここに溜まっているのは作り過ぎて廃棄予定の蜂蜜だから」


許可を貰った瞬間、社長は箱の中から蜂蜜沼へトプンとダイブ。瞬く間に姿が見えなくなった。


「わっ本当に入っちゃった。大丈夫かな…。社長ー!」


即行動の社長に驚きつつ、私は蜂蜜沼に呼びかける。すると―。


「こっちこっちー!」


背後から聞こえてくる社長の声。そちらに顔を向けると、恍惚とした表情の社長がいた。


「あっま~い!」


文字通り浴びるほどの蜂蜜を食べてにへらにへら笑っていた。ということは…。


「行けそうですか?」


「えぇ。この手で行きましょう!あ、イーブさん。この沼の上に宝箱を置く足場みたいなのって置けます?ミミック達の休憩場所にしたいのですけど。あと、その他に移動用として導入したいものが――」


「――わかったわ。じゃあ足場、作るよう指示を出しとくわね。その移動用のも導入okよ」

あっという間に商談成立である。防御力のほぼないあの防護服。他ミミックならば絞め殺すなり溺れさせるなりなんでもできるであろう。私はほっと胸を撫でおろした。






「ふっふふ~ん♪」


「社長、いつまで身体についた蜂蜜を舐めてるんですか。行儀悪いですよ」


帰社道中。手や顔、箱についた蜂蜜を指で掬っては口に持っていく社長を私は諫める。帰ったらシャワー浴びさせないと…。だが当の本人は全く悪びれることなく言い返してきた。


「だって美味しいんだもん。ついつい手が伸びちゃって…」


「少し我慢してくださいよ。これから大量の蜂蜜と余り物とはいえあのローヤルゼリーが頂けるんですから」


「ね!まさかローヤルゼリーまで頂けるとは思わなかったわ!美味しいし、うまく運用すれば蘇生費用も浮く!良いことずくめ!これは良い子達を派遣しなければいけないわね。ん、あまぁい! はいアスト、あーん」


「もう…んむっ…本当、甘いですね」

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