人間側 甘い蜜を狙った冒険者の顛末

「防護服は来たか?アイテムは杖だけにしとけ!どうせこの格好じゃ上手く使えないんだから」


俺は仲間の女魔法使いにそう指示を出す。装備は高い金を払って作って貰った『対蜂専用防護服』と必要な武器のみ。鎧も回復薬も、必要ない。何故なら今から黄金よりも価値がある物をバッグ一杯に盗りに行くのだから。




ここは『蜂の巣ダンジョン』。大きな花畑が幾つもある森の中に存在する、超巨大な蜂の巣である。


とはいえここを攻略しろというクエストはまず無い。あるのは『蜂蜜を採取しろ』というクエストのみ。それも、横穴からトロトロと垂れている蜂蜜を掬って持って帰るという内容である。まあ蜂蜜の甘い香りに惹かれた魔物達が集結しているため、意外と難しいクエストではあるが。




しかし今俺達はそこに用は無い。蜂蜜を入れる瓶を持った重装備の冒険者を横目に、俺達は蜂の巣ダンジョンの中に足を踏み入れる。と、仲間の1人が不安げな声をあげた。


「ねえ、情報は確かなの? ここの『ローヤルゼリー』は山のようにあるって…」


そう、俺達の目的はあの伝説級のアイテム『ローヤルゼリー』。貴族王族、冒険者に聖職者。ありとあらゆる人が欲してやまない最高レベルの回復薬である。


他のダンジョンならば主である蜂女王の食べるピッタリの分しか作られないはずだが…。訝しむ仲間に俺は勢いよく頷いた。


「本当だ。この間冒険者を突然辞めた『マヌカ』って奴いたろ」


「あぁ…いたわね。何をしたかわからないけど今は郊外の豪邸でスローライフしているって」


「実は俺とあいつは幼馴染でな。ちょっと教えて貰ったんだ。ここのダンジョンだけローヤルゼリーがたっぷりとあるって」


「えっじゃあその人がお金持ちになった理由って…」


「察しの通りだ。俺達もこれで大金持ちになるぞ!」





ヴヴヴヴヴヴヴヴ!!!!


「ひっ!蜂!」


巣に入るや否や、飛び掛かってくるのは大量の蜂魔物達。普通ならば既にここで死亡し復活魔法陣送りだろう。野良魔物達もこんなところには滅多に足を踏み入れない。仲間の魔法使いは悲鳴をあげうずくまるが、すぐに痛みが無いことに気づいたらしくこわごわ立ち上がった。


「…すごいわね、この服」


「だろ。その分他の魔物に襲われたらひとたまりもないけどな! 今の時間、蜂女王はぐっすり寝ている。さっさと盗ってずらかろう」





怒る蜂達にたかられながらも、俺達は蜂の巣内部を進む。羽が生えている魔物の棲み処だけあって、まともな足場は意外と少ない。細道、浮き足場、軽い崖。全てハニカム構造をした道を慎重に、かつ素早く移動する。ちょっと同じ模様ばかりで目が痛くなってきた。



そうこうしている内に目的の部屋に到着。中の様子を見た魔法使いは思わず目をごしごしと擦った。正確には視界確保用の透明素材部分を拭いた形だが。


「嘘でしょ…? あれ全部ローヤルゼリー…?」


蜂蜜で出来た沼の中央にある、巨大な杯にたっぷり盛られたそれを見て唖然とする魔法使い。なにせあの量があれば一生遊んで暮らせるのだ。当然の反応である。


「でもどうやって盗るの?」


ハッと正気を取り戻した彼女は俺にそう聞いてくる。ローヤルゼリーの場所に行くには沼を渡らなければならず、橋なぞ無いのだ。俺達に蜂の様な羽が生えていれば楽なのだが、ないものねだりしても仕方がない。俺は魔法使いの肩をポンと叩いた。


「だからお前を連れてきたんだ。お前、魔法で水の上に足場を作れるだろう?」


「あぁ、そういうこと…」


持ってきた唯一の道具、杖を取り出し詠唱を始めようとする仲間。と、何かを見つけたらしく手を止めた。


「ん? ねえ、あれ何?」


彼女が指さした方向を見やると、そこにあったのは蜂蜜沼にぷかぷかと浮かぶ平べったい蜂の巣の板。その上には何故か蓋が開いた宝箱が幾つか乗っていた。


「何だあれ?」


「よくわからないけど、真っ直ぐ足場を作ると途中で崩れるかもだからあそこに寄っていい?」


以外としっかりしてそうな板だったので、俺はすぐに了承した。





「…よし、出来たわよ」


慣れぬ服だからか数度失敗しながらも、何とか足場を作り出してくれた。


「暑ぅ…服脱ぎたい…」


「脱いだら蜂に刺されて死ぬだけだぞ」


魔法を使って疲れた仲間を宥め、俺は蜂蜜沼へと足を踏み出す。水と違うからか、足場はぶよぶよと不安定。まあでも歩けないほどではない。


ゆっくりと歩き、宝箱が乗った板に恐る恐る足を乗せる。俺達が乗っても板は沈むことはなかった。流石ハニカム構造である。


「宝箱の中、何も入ってないな」


冒険者の性でつい宝箱の中を覗き込む。まあ蓋が開いていたことから察していたが、中身は空っぽだった。何故か蜂蜜がべっとりついているのがちょっと気になるが。


「次の足場魔法の準備するわね」


全く気にしていない仲間の魔法使いは再度杖を振り、魔法発動の準備をする。と、ふと呟いた。


「それにしてもこれだけの蜂蜜があるとちょっと怖いわね。落ちたらと思うと…」


「お前、昔蜂蜜に顔を埋めるのが夢とか言ってなかったか?」


茶化す俺。と、聞き覚えの無い声が響いた。


「その夢、叶えて差し上げましょう!」


直後、俺達の足が何者かに掴まれる。抵抗虚しく、蜂蜜沼に引きずりこまれた。


「この服邪魔ねー」


「引ん剝いちゃおう」


高かった防護服は勢いよく破られ、俺達の身体は蜂蜜に包まれる。ドロドロの蜂蜜が顔中に張り付き息が…!てか甘っ…!!




少しして、俺達の身体は先程の板の上に投げ出される。瀕死の状態だが、俺はなんとか生きていた。仲間の魔法使いは…。あぁ駄目だ、あれは死んでる。きっと夢が叶ったから笑っている…わけないか。そもそも蜂蜜まみれで顔見えないし。


すると、さっきの謎の声が再度響いた。


「人間の蜂蜜漬け二丁あがり!」


ヌタリと板の上に上がってきたのは謎の女魔物。蜂蜜で濡れているせいでよくわからないが、どこかで見たことあるような…。


「ちょっと休憩しよー」


そんな彼女達は俺が生きていることに気づかず、宝箱の中へ。え…ということはあれミミックなのか…!? 驚く俺を余所に、ミミック達は世間話を始めた。


「ここに来てから肌つや良くなった気がするんだけど」


「わかるー。そうだこの子見て、触手型下位ミミック。なんかとんでもなくつやつやしてない?」


「ほんとだ、蜂蜜の効果なのかな。美味しいしねここの。あとちょこちょこ貰えるローヤルゼリーの効果もありそう」


なんだこのミミック達、ローヤルゼリー食べてるのか。勿体ない…。売れば大量の金貨になるのに。と、歯噛みしたのがまずかった。


「あれ?その冒険者まだ生きてない?」


「え?あ、ほんとだ」


とうとうバレてしまった。もう諦めて殺されるしかない。ミミックは俺を締め付けながら耳打ちしてきた。


「これに懲りたら蜂女王の食事を盗らないことね。食べ物の恨みは恐ろしいと言うし!」

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