2. 夢幻回廊
「軽率に
ギルドの仲間に聞いた話だが、彼らが元いた世界には「仏の顔も三度まで」ということわざがあるらしい。仏とはエリンダス王国でいうところの神に相当するもので、その神は大抵のことは受容して、許してくれる存在だと言う。しかしそんな仏であっても同じ過ちを繰り返した時、三度目は許してくれない。そして受容の塊であったはずの仏が激昂するとはどういうことか。ライカは、きっと今のエミリオのためにそのことわざがあるんだろうなと思っている。
とか考えていたら、頭にまたタライが降ってきた。失神したさっきよりは幾分か小さい、でも十分痛いやつだ。
「だっ」
「ライカ、話を聞いてください」
「聞いてたって」
「ならば明後日の方向を向かないように」
はいはい、と不承不承返事をすると「はい、は一回」と注意される。ライカが不本意であることは露骨に顔に出ているからだろう、エミリオは困ったように眉を曲げてからライカにデコピンする。予備動作なしの制裁にライカはなすすべなくそれを食らう。地味な痛みに両手で額を押さえるが、もうエミリオは興味を失ったようだった。「感情に身を任せる前に、一回深呼吸するように」という何度目かわからないアドバイスをされ、それでこの話は終わりとなった。
そうなれば次はギルドの話だ。
「ところでライカ、
「夢幻回廊……ああ、あの第四十五階層にあるっていう」
「というか、第四十五階層そのものが『夢幻回廊』と呼ばれるギミックになっているようです」
エミリオはレポートのような紙の束を捲りながら話す。
「既にアタックしているうちのギルドメンバー並びに他ギルドの方からも聞き取りをしていますが、まあ混沌のような状態で」
「地図を作りながら進めばなんとかなるんじゃないか?」
「それがそうもいかないのです」
エミリオはこめかみを揉みながら応える。それからライカに尋ねた。「夢幻回廊とはどういう意味があってそう呼ばれていると思いますか」と。一筋縄ではいかない話にライカの顔にも緊張が走る。
「夢幻……ってことは、幻惑系の
「対象者に幻覚を見せる、と考えて良さそうです」
エミリオは厳しい表情で頷いた。
「アタックしたメンバーそれぞれの証言が食い違っているんです。ある者は一面の草原だといい、ある者は王都の露店街が延々に続くという。魔物の巣に放り込まれたという者も、真っ暗闇で方向感覚すらわからないという者もいました。いずれも階層に辿り着いた途端そんな視界が展開されるそうで、そういった罠に満ちた階層であると推測されます」
「それはまた」
厄介だなとライカは溜息をついた。鉄砲玉のようなライカだが、無計画にアタックをするような人間でもない。攻略したいという好奇心は疼くものの、無策のまま突っ込めば命を落としかねない。だからこそ準備は怠らない。情報収集は不得手なのでエミリオに任せていた。
「幻覚の中では出口は愚か入口も見つけられず。安定した場というものを設定することもできず、
「出口も入口もわからなくなるのに、よく生きて帰ってこれたな」
「仲間の生体反応を頼りに、こちらから干渉してワープさせたんです。回廊内の人間は時間の経過すらわかりませんから」
アタックするなら第四十四階層から。そこから階段を上り、夢幻回廊に突入する。ライカはエミリオへの聞き取りを続けた。
「同時に複数人がアタックしても、見る幻覚は違うものなのか?」
「ええ。チームで突入してもそれぞれが違う風景を見るようです。おまけに周囲に仲間はおらず孤立状態。それを助けるために控えていたメンバーが突入して、また幻覚に囚われる。まさしくミイラ取りがミイラに、という状況ですね」
「それぞれが亜空間に飛ばされてるとかは」
「ないですね。外側からの生体反応の探知では確かに第四十五階層にいることが確認されました。つまり皆同じ場所にいるはずなのに、誰も見えなくなると」
「外からの干渉はできるわけだな」
「ええ。とは言っても地上からかなりの高さがあります。塔を破壊しては本末転倒ですし、どうやら壊せないほどの硬度を誇るようです」
やったやつがいるのかよ、と零すがエミリオは何も返さなかった。話を聞けば聞くほど夢幻回廊の攻略の難しさが際立つ。だが、塔の頂きを目指すなら、当然このフロアも踏破しなければならない。
「入った途端に幻覚を見せるフロアか……」
「活路は開けそうですか?」
そう問いかけるエミリオはどういうわけか愉快そうにライカを見ていた。猪突猛進で知略や根回しといった部分をエミリオに任せているのはこの頭領だと言うのに、頭を使えとでも言いたいのだろうか。
ライカはにやりと口角を上げた。
「それをこじ開けるのが俺だ」
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