Leica Bordeaux:ライカ・ボルドーは夢幻に惑う

1. 「盾役」エミリオ

 ライカは盾を持たない。片手剣に己の魔力を流し込み、精霊との干渉で精製した雷と炎を纏わせるからである。言わば左手に魔法を充填して、それを右手の剣にぶち込むような設計をしているから、片手はフリーでなければならない。剣と盾どちらを捨てるかと問われれば、鉄砲玉のような気質の男は当然盾を捨てる。その役割は仲間に任せる寸法だ。と書くと聞こえがいいが、ライカの猪突猛進な攻撃にほとほと困っているのが「盾役」であるエミリオなのだが。

 当然、訓練のときもライカの気質が変わることはない。お得意の片手剣に雷火を纏わせた高威力の斬撃ですべてを決しようとしてくる。直情的で好戦的なのは評価できるが、それがまた彼の弱点を露呈する形にもなる。


「うらぁっ!」


 先制攻撃を仕掛けるのは大体ライカだ。相手の様子を伺うといったことが彼にはなかなかできない。魔法を編み上げるには時間と集中力が必要だ。詠唱の前に攻撃してくる相手を黙らせる。先手必勝だと常々ライカが言うのは仲間の魔法が完成する時間を稼ぐためでもある。

 しかし、一対一になってもそのあたりの思考は変わらないようだ。助走をつけて勢いに乗ったライカが片手剣を振り上げる。大振りが過ぎる。真正面からの一撃に苦笑しながらエミリオは自身の首ほどまでの大きさがある盾を地面に構えて防いだ。鉄剣が弾かれる。ライカの右腕にもその反動が多少ありそうだが、その程度で剣を手放すことはしない男だ。

 となればライカは素早い身のこなしで距離をとり態勢を立て直す。防御が紙レベルに低いことを自覚しているせいか、ヒット&アウェイの戦法を中心とするライカは攻撃力と瞬発力にパラメータの大半を割いているようだ。訓練も回避や反射を鍛えるものばかり。それを否定するつもりはないし、バランス型は器用貧乏になることもある――エミリオのように。

 ライカとエミリオは戦闘スタイルが対称的なのだ。突撃するライカと迎撃するエミリオ。カウンターを狙うエミリオからすれば、次のライカの攻撃に備えるのが基本だ。


 ――でも、お互い戦闘スタイルがマンネリ化するのもどうかと思いますし。今回は訓練なれば。


 エミリオの口角がにやりと上がったのをライカは盾越しに見た。


 ――あいつ……よからぬこと考えてるな?


 聖人のような温厚篤実(ただしタライ魔法の使い手)な男として評判のエミリオだが、彼だって冒険者の一人。そして生傷の絶えない命がけの盾役・聖騎士パラディンだ。そんな職業、よっぽどの被虐趣味か戦闘狂でなければやっていられない。エミリオは、後者だ。


「たまには、ねえ?」


 エミリオが、盾を捨てた。


「はぁっ⁉」


 そしてライカに向かって突撃してきた。普段からは想像もつかないスピードで。


「はああああああ⁉」

「あははは、ライカ、最高の反応ですね」

「うるせ、どこに盾を捨てる盾役がいるんだよ!」

「いるんですね、ここに」

「ふっざけんなよテメェマジで!」


 ライカ渾身の怒号も無視してエミリオはあっという間にライカを捕捉した。あの大盾を捨てたおかげで身軽になったのは一目瞭然だ。それにしてここまでエミリオのスピードがあるとはライカも思っていなかった。


 ――やば……


 エミリオが鉄剣を両手で握り、下から振り上げる。ライカは寸でのところで後方へ飛びのいた。切っ先が胴当てを掠める。舌打ちが自然と零れた。


「惜しい」

「ド畜生!」


 エミリオが凶暴な笑みを浮かべながら追撃する。ライカは避けずに鉄剣で迎え撃つ。交差した二本の剣の間から火花が散った。もう一度、とエミリオが襲い掛かる。三度目の攻撃は重みが違った。


「ぐ……」


 上からの斬撃を受け止める形になり、そこにエミリオの体重も重なる。腕の力だけで防げば競り負ける。ライカの脚がじり、と後退した。


「あり得ねぇ……」


 ――この俺が退くなんて。絶対に。


「あり得て、たまるかぁぁぁぁあ‼」


 ライカの全身から炎が噴き出す。雷と炎の扱いに長けたライカだからこそ、感情の高ぶりとともに精霊への交渉を。本来であれば魔法はその能力を司る精霊という存在に干渉し、力を使用する許可を得るプロセスが要るのだが(それが詠唱であり、魔法を発動するのにタイムラグが生じる事情でもある)、ライカは「うるせえいいから黙って使わせろ」でゴリ押してしまう時がある。感情と魔法が連動しているかのごときこの事象は本来褒められたものではないし代償もある。しかし頭の血管が何本がブチ切れている今のライカに――敗北を厭う超絶負けず嫌いの男に何を言っても無駄である。


「煽りすぎましたかね」


 まったく焦った色を見せずエミリオは苦笑する。その苦笑ですらわずかな愉悦が滲んでいるのが戦闘狂と揶揄される一因である。

 ライカが鉄剣に炎を叩き込む。たちまちそれは炎の剣へと早変わりし、まるで火山が噴火したかのような勢いで柱を描いている。それをライカは頭上高くに掲げる。エミリオは即座に意図を読み取った。とても訓練でやっていいレベルじゃない。


「ちょっと、ライカ、待って」

「我が身に落ちよ雷、この地を灰に――」

「待ちなさいと言っているでしょう!」


 ライカの頭上に落ちたのは雷ではなく、巨大なタライだった。

 ぐわん、という音とともにライカの態勢が崩れる。一瞬白目を剥いて、そのまま地面にうつ伏せに倒れ込んだ。今まさにと彼の頭上に集まっていた黒雲は一気に霧散し、周囲が嘘のように静まり返る。ぐわんぐわんという、バウンドして地面に転がるタライの音だけが奇妙に響き渡っていた。

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