3. 救世主

 次に私が語るのは、あのバカ――ライカとの出会いだ。憲兵に連れられた私がどこへ行き、彼らに何をされ、その後どんな人生を歩んだかは語ることでもない。私小説を綴るわけでもあるまいし、逐一述べる必要もないだろう。かといってライカとの出会いが面白いということもないし、ここまでつらつらと話してきたことも退屈な部類だったと思うけれど。


 いろいろとあって転生者と国から正式に認定され、私はそれ以外の生き方を認められなくなった。わかったのはこの国で転生者が相当に毛嫌いされているということだ。差別といってもいい。たとえば職業。転生者に職業選択の自由は完全には保証されていない。募集条件に転生者不可とはっきりと記載するところもある。「よそもの」に自分たちの領域を荒らされたくないというつまらないプライドでもあるんだろうか。何故そういった区分けが設定されているのか私にはわからないけれど、転生者は邪竜を目覚めさせた者という定義から、冒険者になるのが定石のようだ。自分の尻は自分で拭け、ということなのだろう。

 面倒なのは、人種を区別するにあたって必ずしも「血」を絶対条件としていないところだ。私はエリンダス人として転生したはずなのに、王国の戸籍には転生者だと登録された。現地の人間の血を流していながら私はエリンダス人とはもう名乗れないのだ。重要なのは前世の記憶を持っているか否か。それがエリンダス人か転生者かを区別する基準となっているらしい。アメリカで生まれたらアメリカ人、みたいな考え方でいいんだろうか。


 周囲の棘のような視線に晒されながらその日暮らしの生活を続けて、私は貧民街の荒れた道端に転がっていた。ここ何日かもう数えることもしなくなったが食べ物にありつくことができなくて、ついに起き上がるだけの体力も尽きたのだ。病院で寝たきりになった日々を思い出す。肉が削げ骨ばかりが浮かび上がっていく感覚には覚えがある。私の最期は餓死ではなかったにしろ、それに近い状態は経験済みだ。今の私はそれに近づいているのだろう。あるいはもうとっくに通り過ぎているのかも。


「おい」


 視線をあげることもままならない私の視界に影が落ちた。男の声が降ってくる。若い男の声だった。奇しくもビットを思い出した。あのときは散々だった。


「おい、生きてるか? 生きてるなら返事しろ」


 返事をしようにも喉も干からびたように乾燥していて、鳴らそうとしてもうまく音が出ない。喘息のような呼吸音すら鳴らなかった。身体を持ち上げることも当然できない。私は声を掛けてきた男に応答する術を持たなかったのだ。

 でも、別に応えなくてもいいのかもしれないと私は思った。親切にしてくれたと思い込んだビットに縋ったとき、彼は掌を返したのだ。この国で転生者という存在への偏見が根強いとはいえ、私からすればそんな事情は一切関係ない。重要なのは結果だ。

 応えずに男がこの場を立ち去ったとして、私の状態が好転するわけでもないのだけど、私には必死で彼に応じる気力も残っていなかった。生きることに投げやりになっていたことは認める。一度目も、二度目も、健康な身体を得たとはとてもじゃないが言い難い。余力があればシニカルな笑みでも浮かべてやるところだ。

 だが、こいつはちょっとやそっとで諦めるようなライトな男ではなかったのだ。

 男は私の顔を覗こうとした。私は地面に寝そべっているわけだから、視線をあわせるなら舗装がはげて土の飛び出た地面に顔をつけることになる。彼は躊躇わずに頬を泥で汚した。


「瞬きは……よし、してる。お前生きてるな、死んでないな?」


 私が生きていることを確認すると、男の顔は晴れたように明るくなった。そしてにかっと笑いかけて私に何か差し出す。水筒だったようだが、起き上がれない私にはそれを受け取り嚥下する力も残されていない。

 男はああだこうだと大声で悩みながら、結局私が何も反応を示さないことに痺れを切らしたのか、助けを呼ぶことにしたらしい。のちにそれは彼の仲間エミリオであると知るのだが、男二人に抱えられて私は男の住居(アジトと言っていたが派手な外見の家に過ぎない)へと運ばれた。


「俺はライカ、こっちはエミリオ。まずは体力を回復させる必要があるな。ちょっとばかり荒療治になるが、辛抱してくれよ」


 その時の施術はそれはもうひどかった。死にかけの人間相手に施すものではなかった。ライカの見様見真似の治癒術は精度があまりに低く、エミリオの補助をもってしてもフォローしきれぬほどのいい加減さだった。私が僧侶というジョブを選択したのは間違いなくこの一件があったからだ。他人に自分の身体を任せない。自分の身は自分で守る。そのために私は治癒術を真っ先に覚えようと固く決意した。

 あんなぞんざいな術を受けてどうして治るのか不思議なくらいである。私はかつてないほど激しく暴れながらもなんとか治療を受け、身体を動かせる程度に回復した。前世ではありえないスピード回復である。それは剣と魔法の存在する世界様様なのだけど、ライカの治癒術だけは一生恨む。


「この、人でなし……!」


 喋れるようになって一番最初に私はライカを口汚く罵った。

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