4. てのひらのダンスホール

「お前、俺たちのギルドに入らないか?」

「は?」


 ありったけの熱量で手ひどくライカを罵倒して、怒りのたけを燃え尽きるまでぶつけて。それでもまだいくらでも湧き上がってくるのがマグマというものなのだけれど、それじゃあいつまでたっても話が進まないからとエミリオに諭された。仲裁が上手いのはこの時からすでにそうだった。

 ライカは屈託のない笑顔を浮かべてそう勧誘してきたものの、私には誘われた意味がわからなかった。転生者の多くが冒険者となり、ギルドを組んで様々なクエストを受注し生計を立てているのは知っている。職業に制約がある冒険者が唯一大手を振って名乗れる仕事なのだから、本来私も冒険者になるべきだったんだろう。それでも私はその道を避けてきた。他人と組むのが嫌だったからだ。


「俺は転生者を集めてギルドを作ってる。目指すのはもちろんあの黒い塔だ。転生者だからこそ俺たちには成し遂げる力があるんだと見せつけてやろうぜ」

「まあ、立ち上げたばかりなのでメンバーはライカと私の二人だけですけど」

「いいんだよ、これからでっかくなるんだから」

「……呆れた」


 思わず素直な気持ちがこぼれた。ライカは途端に唇を「へ」の字に曲げる。わかりやすい直情型タイプ。論理的思考とは縁遠い、私の嫌いなタイプだ。


「なんだよ、文句を言われる筋合いはないぞ。夢を見る権利は誰にだってあるんだからな」

「違う。私を誘った理由の方」


 転生者だから、とライカは言った。それだけだ。私のことなんてそれ以外ロクに知らないくせに、転生者だからというお情けで私をギルドとやらに誘おうとしている。その性根が気に入らなかった。独善は嫌い。偽善も嫌い。私はただ根拠のある理屈だけを信用する。ライカの提示した私の勧誘理由すなわち価値は、転生者というステータス以外には何もない。そんなものになびいてたまるものか。


「転生者なら私以外にもいるでしょう。希少種でもないようだし。あんた転生者なら誰でもいいんでしょ」

「誰でも、というのは誤解があるが、転生者だからという理由は否定しねぇ」

「胸糞悪いのよ」


 唾を吐いてやりたいくらいの嫌悪感をこの男に浴びせてやりたかった。


「私はRPGのキャラクターみたいに二つ返事で仲間になったりなんかしない。本気で私を引き込みたいわけでもないくせに甘い夢を見せて、バカじゃないの。それとも何、死にかけの私を救ってやったっていう恩義を売りつけて選択肢を奪うつもり?」

「本気だ」

「嘘」

「嘘じゃない。俺はお前と組みたい」


 血がどんどん巡っていく。視界が赤く染まるような錯覚。ライカは否定する私の言葉に被せて、大きく明朗な声で告げた。


「お前の能力や素質は出会ってほんの少しじゃわからない。でも俺はそういう理由でお前に声を掛けたわけじゃない。……死にかけの人間がいたら放ってなんておけないだろ」

「ライカに向こう見ずなところがあるのは確かですが、迷いなく手を伸ばせるのは彼の美点だと私は思ってます」


 ライカの言葉にエミリオが深く頷く。助けた理由はわかった。だけどそのあとの提案の理由にはならない。のだけれど、ライカは迷うことなく続ける。


「俺はお前を助けた。俺たちの間には縁ができた。どうせなら見ず知らずの他人より縁のある人間を仲間に引き入れたい。そう思うのはほら、だろ?」

「どこが」


 バカだ。こいつは救いようのないバカだ。縁だのなんだのと言うが、偶然の一致に過ぎないではないか。あのとき私が倒れていなかったら。あのときライカとエミリオが近くを通らなかったら。私たちは一生すれ違うこともなく、その人生を終えていたのだろうから。それを運命とか縁とか絆とか、虫唾の走る言葉を並べ立てられてもおいそれと信じることはできない。人は何度だって裏切るし、知るほどに遠ざけたくなるし、臭いものに蓋をする生き物だ。私はそれを知っている。私もそうしている。

 そういう一般論の通用しない、一昔前の少年漫画みたいに眩しすぎる愚直な男は――生きているだけで寒気がするというものだ。化石なんじゃないか。いっそ絶滅危惧種にでも指定されたらどうだろう。


「因果関係が支離滅裂。そんなものを論理とは言わない」

「なんだと⁉」

「条件は」


 私がそう問うとライカはきょとんと首を傾げた。奇妙に子どもっぽい仕草がアホらしい。


「私はあなたに助けられた。その報酬を払わなければいけない」

「いや、俺はお前から金をせびろうってんじゃ」

「着の身着のままの私に提供できるのは労働力だけ。衣食住は俸給から差し引いてもらう」

「え? え?」

「冒険者にゲームみたいなジョブがあるのなら不足している役柄になるし、私のキャリアとしてもプラスになる。そういう提案であるのなら、私がこの話を蹴る合理的な理由はない」


 頭にクエスチョンを浮かべているライカが容易に想像できる。隣で忍び笑いしているエミリオは知恵が回るようだから、私の言いたいこともわかってくれているだろう。


「つまり?」

「論理的思考ってのはこういうことを言うのよ」


 信じてみたい、なんて安いドラマみたいなセリフは吐かない。吐けない。健康な身体を手に入れた第二の人生はせめて、生前よりはしぶとく長く生きてやりたい。そのための手を惜しむことはできなかった。だけど私は無感情ではない。ライカには言ってやらないけどなかなかに激情家だという自覚も部分的にある。毒を吐いて回るのもその一環だ。そう言い張ることにする。

 ライカが伸ばした手を、素直に取る勇気が私にあったなら。真正面から笑顔で笑いあうことは今すぐは難しい。だからせめて斜めから、我らが頭領のおまぬけな姿を嘲笑することにする。


「お前の名前は?」

「――ジャスミン。そう呼んで頂戴」

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