5. 雷火
「ジャスミン、弱体!」
「わかってる!」
ライカの指示が飛ぶが早いか、ジャスミンが弱体魔法を詠唱してキングコブラにかけた。図体もでかければ皮も丈夫な大蛇だ、少しでも攻撃が通るように
「お口がちょっと邪魔だよねー」
ルゥルゥの氷魔法が飛んだ。氷柱が何重にもなってキングコブラの顔面に突き刺さる。そのうちのひとつが眼球に刺さったらしく、激しい咆哮をあげてヌシはもんどりうった。ほとんど動くことのなかった下半身がするするとほどけ、尻尾を地面に激しく打ち付ける。そのたびに足元が揺らぎ、細かな塵がばらばらと降ってきた。
「弱体きいてるよライカ!」
「火球も止んでいます、今のうちに!」
「っしゃあ!」
仲間の援護もあって場はすっかり整った。ライカは気合を入れて叫んでから両手に意識を集中させる。剣に纏わせたのは雷。だが、ライカが得意とするのはそれだけではない。
かつて父親が得意としたもの。雷と火の魔法。ライカはそれを同時に、複合させて放つ。
「我が身は雷、炎の化身なれば」
手元から全身へ。広がっていく痺れと痛み。燃え上がる情熱。ゆらゆらと燻らせていた炎がその身を包み込んでいくかのように。
「我が身は炎、雷の使いなれば」
帯電していく。延焼していく。ライカの身体そのものを燃やし、焦がし、激しく高ぶらせていくように。流れ込む大量の魔力の奔流に、呑み込まれてしまったら負けだ。魔法とは精霊との交渉。この身を媒介して更に強力な魔法を編み出そうとしているライカの十八番は、強靭な精神と意思こそがなせる業だ。
「燃やせ、貫け、我が
――刹那、世界が白むくらいの雷撃が、火炎が、一帯を覆いつくした。
***
キングコブラの皮膚は丈夫で加工こそ難しいが、腕のいい職人に任せれば上等な防具にできる。貴重な素材ということで冒険者ギルド管理局を通してしかるべき商人に売りつけ、重たくなった袋を抱えライカは上機嫌だった。
大勝利、である。
「今日は俺の奢りだ! みんな好きなだけ飲め!」
打ち上げは大衆酒場デルフィネでと決めていた。なんだかんだ言ってライカはこの店が好きだ。結構世話になる。新しい仲間を探すためでもあるし、美味しいスイーツに巡り合うためでもある。昼も夜も通ってしまうから、あのおじさんほどではないにしろ常連さんになってしまっていた。
「さっすがライカちゃん、太っ腹ー!」
「いいぜいいぜ、もっと褒めろィ!」
「そのシーフードピザ私の方に絶対寄越さないでよ。あとチェリーパイも」
「ジャスミンは相変わらず偏食家ですね」
デルフィネはギルド「電光石火」のメンバーで貸し切りだ。たくさんの料理に舌鼓を打ち、踊り子の舞で祭りに華を添える。最高ではないかとライカはビールを煽った。仕事終わりの酒もまた、最高に美味い。
サシャも忙しそうに料理を提供していた。マスターに至ってはカウンター奥から出てこない。カクテルをシェイクする姿が様になっていて好きなのだが、目の回る忙しさにそういったショーもままならない様子だ。
「お」
そしてその中に一人、例の少年を見つけた。一日二日で人は変わらない。オーダーを取るのはサシャに任せているようで、料理を出すことに専念している。ライカはにやりと口の端をあげて、その少年をちょいちょいと手招きした。
「おおい、お兄さん」
少年はライカを捕捉すると一瞬で不安そうな表情を滲ませた。また勧誘されると思っているのだろう。周囲をきょろきょろとしつつも小走りで駆け寄ってくる。
「……なんでしょうか」
「まあまあ、そう固くなるな。詫びを入れようと思ってな」
「詫び……?」
ライカはビールをぐいっと飲み干す。ジョッキが空になったのを確認して、火照る頬をそのままに切り出した。
「悪かったな。こないだは無理矢理誘おうとして」
「あ、あの」
「お前が納得してるならいいんだ。転生者ってのは生きづらい世界だからな」
少年はなんと返事をすればいいのか迷っているようで、しきりに目を泳がせている。ライカは構わず続けた。
「カツアゲに遭いそうになったら俺を呼びな。転生者のよしみで助けてやるからさ」
それから追加のビールを頼んで、少年はぱたぱたと去っていった。これでいい。ライカの自己満足かもしれないけれど。
こうやって騒いでいると、すっかり大所帯になったなあと思い返す。
最初は四人だった。ライカがいて、エミリオがいて、ジャスミンがいて、ルゥルゥがいて。転生者を軽んじるエリンダス人を見返してやろうと、自分たちの存在証明をしてやろうと、あの難攻不落の塔に挑み続けている。
まだ塔の果ては見えない。雲の先にもあるだろうに、その雲にたどり着くのも一苦労だ。でも、だからこそ、燃えるものがある。
「……頂上にたどり着いたら、きっと」
見えるものがあるはずだ。得られるものがあるはずだ。ライカを信じてついてきた多くの仲間たち。もうライカ一人のためのギルドではない。背負うものが増えたから。
その果てで得られるものがあると信じて、ライカ・ボルドーは天を目指す。
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