4. キングコブラの皮を剥ぎ

 アタック当日。漆黒の塔の入り口に集合したメンバーをライカは挑戦的な眼差しで眺める。色んなメンバーがいるしそれぞれ得手不得手はあるけれど、ライカにとってはやっぱりこのメンツが一番しっくりくる。騎士団のように一師団一気にぶちこんで突入する、蹂躙するような攻略の仕方もあるが、ライカはそれが好きではない。集団でかかれば一人辺りの負荷は減るがそのぶん魔物にも感付かれるし小回りがきかない。誰かを囮にして他の命を救うようなやり方はできるだけ避けたかった。


「第四十階層のワープポイントに繋ぐねー」


 間延びした声でルゥルゥが言う。普段はのらりくらりとして何を考えているがよくわからないが、魔法の腕前は確かだ。ある属性の魔法に特化しているわけではなく、オールラウンダーというのも強い。


「ライカ。ジャスミンとルゥルゥは道中私が守ります。けれど決して先走らないように」

「わかってるよ」


 鎧に身を包んだエミリオが釘を刺す。ライカは何度も頷いた。ブレーキ役でもあるエミリオの言うことは大概正しい。その正しさが感情のせいで素直にきけなくなるだけで。エミリオもライカの性分はわかっていると思うが、それでも小言をやめないあたり向こうも性格なんだろう。

 ライカは腰に佩いた両刃剣を見る。古びた茶色の鞘と合わせて、父親からの贈り物だ。二代続けて世話になっている逸品。銘は知らないがとても丈夫だし、秀逸な耐性魔法がかけられているのだと思う。よし、とライカはひとつ深呼吸した。次に目を開いたら、ギルドの頭領としての戦いの始まりだ。


「……行くぜ。第四十階層を攻略する」


 ***


 塔内部の構造は基本的に共通している。迷路のような道を進み、時折交差点のように現れる道からひとつを選んで進む。十字路を突き進み、それが行き止まりだったら引き返し、アタリだったらまた次の十字路が待っている。ふたつの道が実はつながっていました、というオチも特段珍しくはない。

 一度出たら邪竜の不思議な力で内部の作りが全く違うものになる、といった地図泣かせの現象も確認されていないので、ギルドでは地図を作りながら先を進んでいく。未踏の地はないか、隠し部屋はないか、金目のものは眠っていないかなど。邪竜の塔には露店で売れば高値で買い取ってもらえるような逸品も眠っているので、それで生計を立てる冒険者もいるくらいだ。


 十字路をみっつくらい進んだところで、先頭を歩くライカはその張り詰めた空気に異変を察知した。足がピタリと止まる。今の今までずんずんと進んでいただけに、後方に続くジャスミンも何かがあると察したようだ。声を潜めてライカの傍で囁く。


「……いる?」

「ああ。あれがこの階層のヌシってところか」


 時折、塔の中を徘徊するひときわ大きな魔物がいるという。その階層を根城にしている魔物たちのボスとでも言えばいいのか、図体もでかければ強さも一級品だ。そんじょそこらの魔物討伐とは訳が違う。

 壁に張り付き先を伺えば、そこには巨大な蛇がとぐろを巻いていた。眠ってはいない。舌をちろちろと出してそこに鎮座している。胸は大きく開いていて、人間一人ならすっぽりと包み込んでしまえそうな大きさだ。それだけで王者の風格が漂うとも言える。さしずめキングコブラといったところか。

 他のルートを探すのもアリだが、きっと避けては通れないとライカは感じていた。ライカの向かいにあるのはもう一つの道だが、これはライカが歩いてきた道と合流することを示している。蛇のでかい図体の間から奥を覗けば、豆粒ほどの大きさではあるが、第四十一階層へと続くだろう昇り階段が見えた。


「コブラの剥製とか、家に飾ってもいいかもな」

「キモいからやめて」


 ジャスミンに秒で却下されライカは不服に唇を尖らせた。だが、悪態をついていられるのもここまでだ。ルゥルゥとエミリオが到着する。ライカは黙って目配せをした。いつも通りに。

 腰から両刃剣を抜く。両手でしっかりと柄を握り、ライカは物陰から一気に駆け出した。


「いっくぜえええええ!」


 ライカは両刃剣を携えて突撃した。無鉄砲な特攻ではない。真正面から戦いを挑むのはて大好きだが、それと無策は訳が違うという話だ。

 手から伝う、父親譲りの雷の感覚。バチバチと音を立てて剣がそれを纏う。キングコブラの方もライカを補足した。しゅうう、と頭がわずかに引いたかと思うと口が大きく開いた。そこから吐き出される――火球。


 ――ドラゴンじゃあるまいし……!


 火球を放つ魔物だっていないわけじゃない。ただ、低級の魔物には扱えない。それだけでこいつが上等な獲物だというのはわかった。ライカは火球に真正面から対峙し、雷を纏わせた両手剣でそれを叩き切った。ドン! という地響きとともに火球は相殺される。びりびりとした振動が柄越しに伝わる。ライカは歯を食いしばって笑った。


「こんぐらいでビビってられるかってんだ!」

「ライカ! 第二撃来る!」


 後ろからジャスミンの鋭い警告が飛んだ。了解、とライカは呟きすぐさま左ステップを踏む。立て続けに放たれた火球はライカに当たらず、後方待機しているジャスミンめがけて飛ぶ。だが後ろの心配はしていなかった。


「盾よ、我らを守り給え――!」


 盾役パラディンのエミリオがいる。防衛魔法はお手の物だ。光の盾を展開して火球を跳ね返す。ばちんっと大きな音を立てて、火球は散り散りになった。火の粉がライカの頬を掠める。じりじりとした熱さが己の胸も焦がしていくかのようだった。

 本来、防御に秀でたエミリオが魔物の攻撃を引き受け、その間に攻撃隊長であるライカが突っ込むのが理想的な布陣だ。傷を負ったならジャスミンが治癒魔法をかけるし、ルゥルゥが攻撃魔法で援護する。しかしライカはそうしなかった。前衛を一手に引き受けている。


 それは、からだ。

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