3. 転生者御一行

 ギルド「電光石火」は総勢五十人を超える大所帯ギルドである。頭領であるライカが掲げる入団条件はひとつ、転生者もしくは転生者の血を引く者であること。主な活動内容は王都の近くに唐突に現れた、あの真っ黒い塔の攻略である。

 塔の頂はいまだに見えない。多くのギルド、そして騎士団が挑み続けているが、まだ最上階にたどり着いたという報告はない。塔にアタックしたとして、一生をあの塔の中で過ごすわけにもいかない。そこで大半のギルドはある程度の階層まで昇ったら空間転移魔法ワープポイントを設置し、塔と王都と行き来する生活を送っている。

 加えてライカのギルドは頭数が多いのが強みだ。いくつかのチームでルーティーンを作ってアタックすることができるから、先の見えない塔の攻略という意味で効率的に進めることができている。そう自負している。屈指の実力者揃いのギルドはいくつかあるが、「電光石火」もなかなかのペースで塔を切り開いていると思う。


「で、今日は何が気に食わなかったんですか」


 タライの後遺症かじりじりと痛む頭頂部をさすりながら、ライカはエミリオ特製クッキーを頬張ってもごもごと呟いた。


「……デルフィネで勧誘した転生者に断られた」

「あいやー、それは残念だったねー」


 何も残念でないように聞こえてしまうのは、残念だと思っていないからだろう。適当に相槌を打ちながらクッキーとコーヒーを楽しむ「魔法使い」ルゥルゥに拳を叩き込みたかったが、いちいち取り合っていては拳がいくらあっても足りない。ライカはクッキーと一緒に苛立ちを飲み込んで続けた。


「転生者なら冒険者になって然るべきだろ? 頭領の俺が直々に誘いをかけてやったのに、あいつ乗ってこなくて」

「他のギルドに唾つけられてたんじゃなくて?」

「違うんだよ。あの店で働くって言ってた」


 ライカは少年との会話を思い出し、歯噛みする。


「体幹しっかりしてるし、魔法は使えなくても肉体派でいけると思うんだよなー……暗殺者アサシンとか盗賊シーフとかさ……」

「ライカはよほどその方が気に入ったようですね」

「だって転生者だぜ」


 ライカは迷いなく言った。


「しかも元の世界と同じ姿で来たタイプだ。魔法とか魔物退治とか、絶対ロマンあって俺たちにしかできないことだと思ったんだけどなー!」

「女々しい。くどい」

「痛ッ」


 ジャスミンが手にしていた医学書の角でライカの額を小突く。厚みのある医学書は人を傷つける鈍器に容易く変貌する。頭部に集中攻撃を食らったライカとしては我慢ならない事態だ。


「何すんだよ!」

「後ろ髪引かれるのはわかるけど、あんたの仕事は勧誘だけじゃないでしょ。その人にはその人の選んだ道がある。私たちが無理矢理冒険者の道に引き込む必要はなし」

「でもよ……」

「ライカ、私たちはあなたを頭領として信頼しています。魔法戦士としての腕前も、トップに立つものとしてのカリスマ性も。それでも」


 エミリオは諭すように微笑んだ。わずかに眉根を寄せた、その表情はどこか寂しげに映った。


「すべてが思い通りにいかないのが人生です」

「…………」


 ライカのことを理解し寄り添ってくれるエミリオだが、情に絆されるような真似はしない。いつでも冷静に、穏やかに、正論を並べ立てる。それが時に正しく、時に苛立たしく、そして――時に辛く見える。


「わかったよ」


 ライカはぶつくさと応じた。感情論をよそに置いてしまえば、ジャスミンとエミリオの言っている方に分があるのはわかりきっていた。他人の人生だ、決めるのはライカではない。それでも、転生者という宿痾にライカは強い執着を覚えていた。

 ギルド「電光石火」はすっかり大きなギルドになったけれど、始まりはこの四人だった。転生者故に蔑視されて騎士団に入ることができなかったエミリオを誘い、転生者故に貧民街で転がっていたジャスミンを誘い、転生者故に職を選べず身体を売ろうとしていたルゥルゥを誘った。


 転生者というラベルは、呪いだ。

 幸せなことばかりではない。表向き、転生者に対する差別はないように見える。職業選択の自由も存在しているように見せかけている。だが、人の心までは変えられない。「よそもの」という根強い排他的感情は、人々の理解が得られつつある世の中でも完全になくなったわけではない。だから冒険者というのは、転生者にとって救いの道でもあるのだ。命を懸けて危険に挑む、いつ死んでもおかしくない仕事。その綱渡りを国民は勇者と称賛し、転がった屍は魔物の餌になるだけ。未曽有の危機の中で特攻をかける冒険者たちは、都合のいい職業だったのだ。

 だからこそ……見返したい。


「明日は俺たちのアタックだよな」


 ライカはコーヒーを飲み下して切り出した。空気がぴりりとしたものに変貌する。


「探索するのは第四十階層……ここまで昇ってもまだ先が見えないのか」

「高さから推測すると、『雲』に突入できるのは第六十階層かもって、コロネが」

「あいつ理系だもんな、その辺の計算は信じていいか」

「第三十階層から魔物が手強くなったと聞いています。皮が厚く丈夫になったことに加え、動きも俊敏になったと」

「天を掴もうとするほどに邪魔をしてくるってか。面白え」


 ライカは口の端を吊り上げて笑った。尖った犬歯が白く光る。


「分厚い面の皮、徹底的に剥がしてやんよ」

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