Carmilla:藍の踊り子

1. デルフィネの夜に舞う

 夜の蝶だとか藍の踊り子とか、色々と人は好き勝手言ってくれる。踊り子という職業には二つある。冒険者としてのジョブと、見世物としての仕事と。カーミラの選んだ道は後者だ。見世物小屋で低俗な遊びとして蔑まれるものではなく、人々を魅了する娯楽エンタメとして。


 大衆酒場デルフィネの舞台には週に一回立たせてもらっている。血気盛んな冒険者の集うむさ苦しい酒場には、華やかな舞のひとつでも大いに盛り上がる。おさわりやサービスを必要としないのもいい。荒っぽい客の気性から踊りの何たるかを理解しているかは信用ならないが、単純に自分の舞を見てもらえることはカーミラにとって幸せなことに思えた。

 薄藍の装束に身を包み、カーミラはほんのりとオレンジの明かりが灯った舞台に上がる。後ろには酒樽があり、舞台というにはお粗末かもしれないが、それすらも「粋でいい」とよくわからない客は明るく笑い飛ばす。それでもよかった。どんなに華やかでない舞台でも、質素な板の上でも、豪奢なステージの上でも、カーミラはその身一つで世界を魅了する。


「よっ、藍の踊り子!」

「待ってましたカーミラちゃん!」


 常連客の野次はカーミラの好みではないが、客の品性など期待していない。彼女は舞う。蠱惑的な笑みを口元に浮かべて、その身をひらりと翻す。薄藍の衣が蝶の羽根のように羽ばたきを続ける。つま先立ちをして、ゆっくりと足をあげる。指の先まで最新の注意を払い、手招きする動作一つも誘うように。そうすれば人々は息をのみ、唾をのみ、音楽が終わったころに拍手喝采で持て囃すのだ。


「カーミラちゃん、サイコー!」


 常連の中年オヤジの陽気な茶々によそゆきの笑みを浮かべておく。踊りのなんたるかを理解していないような男たちでも、その笑顔に一切の偽りは見られなかった。それだけでカーミラは胸を撫でおろす。笑ってもらえた。


「お疲れ様でした」


 舞台が終わり、店の裏――つまり宿泊スペースに引っ込むと、看板娘のサシャが冷たい水を差し出す。忙しくホールを飛び回っているだろうに、カーミラの出番が終わるとたいてい待っていてくれるのだ。気遣いの人、というのは彼女のような人を言うのだろう。


「ありがとう。いつも悪いわね」


 カーミラは微笑を浮かべて冷たいコップを受け取り、一気に飲み干した。乾いていた身体に内側から水がしみわたっていく心地だ。


「いいんですよ。私こそ、大したものを差し入れできずにすみません」

「気持ちだけで十分よ。演者とはいえ私は一人のパフォーマーに過ぎないのだし」


 むしろお店に立たせてもらっている分際なのだから、とかなり上から目線で接してくる相手も多い。大衆酒場デルフィネはそういった意味でもかなり好意的な取引先だった。ギャランティもカーミラの提示した値段をそのまま吞んでくれた。法外な値段をふっかけたつもりはないが、値切られることを想定してやや高めに設定しているのに。確かにここは転生者が集まることを抜きにしても活気ある人気の酒場であることは違いないのだけれど。

 サシャは扉の向こうにちらりと視線をやっている。彼女の代わりにホールを回しているであろう新入りが気になって仕方ないのだろうか。カーミラは思わず頬を緩ませて問いかける。ちょっかいを出したくなってしまったのだ。


「スバル君が心配なの?」

「ふぇっ⁉」


 名前を出してみたらサシャはあからさまに戸惑った声を出した。過剰な気もしたが面白いから踏み込んでみる。


「転生者なんですってね、彼。冒険者ギルドに行くところ、ここで働きたいってマスターに直談判したんでしょう?」

「う、まあそうです。魔法とかも使えないというので、確かに冒険者よりは遥かに安全な仕事ですけど」

「あら、サシャは反対だったの?」

「反対というか」


 サシャは視線をさまよわせたまま答える。


「危険な仕事はもちろん賛成できませんけど、もっと他に道があったかもしれないのに。私たちに助けられたからって、責任を感じてここにいる必要はないんです」

「彼がそう言ったの?」

「恩返ししたいって」


 報恩。どちらかと言えば忠実な騎士が口にしそうな言葉だ。ああでも、転生者の気質に多い傾向なのだったっけ、とカーミラは以前マスターが言っていたことを思い出す。


『前世の記憶と容姿を引き継いでくる転生者の奴らは、なんていうか自分に自信がないんだよ。へこへこして周囲の人間の顔色ばっか見やがって。ちょっと目を離したらその辺の魔物の餌になってそうだな』


 アシヤ・スバルについてカーミラも何度か顔を合わせた程度だが、少なくとも自己主張の激しい少年には見えなかった。


「雛鳥みたいね」

「え?」

「巣立つまでは見守ってあげてもいいんじゃないかしら」


 いつまでもこのお店にいるわけじゃないでしょう? 彼も、あなたも。

 カーミラがそう聞いてみたら、サシャはきつく口を閉じてそれきり何も言わなくなった。

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