忘れ傘

真藤 柊

忘れ傘



 今日の降水確率は五十パーセントであり、微妙な天気ではあった。朝から曇ってはいたが、雨は降っておらず、たまぁに太陽が顔を出す瞬間すらあった。そんなわけで、傘は必要ないと登校してきた連中は多かったらしい。

 残念ながら、そいつらは今朝の自分たちの判断を嘆く羽目になる。よりによってSHRが終わった直後に雨が降り出したのだから。

 教室中は一気に「雨だ!」の言葉で埋め尽くされる。窓に駆け寄り「これくらいなら走って帰れる!」「いや、止むかどうか、ちょっと様子見よう」などと作戦を練る者たち、黙って去っていく猛者、「置き傘があるから安心~」とこれ見よがしに優雅に帰っていくブルジョアジー。教室内は異様な空気だ。

 しかしながらこいつ―――俺の持ち主の娘だ―――はラッキーだ。なんせ「俺」がいるのだから。折り畳み傘の俺は、普段はこいつの父親のかばんに入っているのだが、今朝傘を持たずに家を出ていこうとした娘に「一応、これを持って行け」と言って俺を手渡したのだ。こいつは「新しい折り畳み、買わなきゃな」とかつぶやいて俺を受け取ったのだった。

 娘は教室を出て、昇降口へ向かった。俺の出番である。さあ、早く使ってくれ! ……おかしい、娘は止まってしまった。そしてキョロキョロと周りを見渡している。おいおい、どうしたんだ?

「ごめん! SHRが長引いちゃってさ」

 一人の少年が娘のもとに駆け寄ってくる。ぱぁっと娘の顔が明るくなる。

「大丈夫だよ。そういえば、傘、持ってきた?」

 少年は青い折り畳み傘をカバンから取り出した。

「あるよ。あれ、もしかして、忘れてきた?」

「うん。……だから、あの」

 ―――なるほどねぇ、俺の出番はないってことですかい。

 少年は傘を娘に傾けてやる。娘は近づいてみたり、離れてみたりと全く落ち着かない。

 濡れていない俺と娘を見て、父親が何かを勘づかなきゃいいけどな……なんて変なことを考えてみた。

 青い傘の下、娘が頬を赤く染めて微笑んでいる。

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忘れ傘 真藤 柊 @Holly_Ivy

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