第13話 アウトサイダーアート
「今日は不思議な絵を見に行くよ」
館長が今日も絵本美術館にやって来た少女に向かって言った。
「不思議な絵?」
少女が小首をかしげて館長を見上げる。
「そう」
館長は、少しいたずらっぽい笑みを浮かべて答えた。
二人は、いつものように白い軽のバンに乗り込み。絵本美術館を出発した。
普段は明治時代の洋館という町の文化財として存在している建物で、その美術展は開かれていた。
洋館に入り、まずそこに展示されている絵を見て、少女はまず驚く。
「わあ」
それは従来の額に入った絵ではなかった。広い室内の中央に、その絵はガラスケースに入った状態で展示されていた。ガラスケースに入ったその横長の巨大な絵巻物のような絵は、表にも裏にも絵が描かれていた。 それは従来の絵の常識や、規格からは大きく外れた絵だった。
「・・・」
少女がその何とも不思議な横長の絵を見つめていく。
「・・・」
確かになんだかとても不思議な絵だった。たくさんの少女、兵隊たち、奇妙な生き物たち、それらがその独特の色彩の中で動き回り、戦い、そして、躍動していた。それが、横長の巨大な紙に裏表両面にびっしりと描かれている。それが何枚も何枚もあるのだ。そこにはどこか奇妙だが、しかし、壮大な物語の世界が広がっていた。
「すごい」
少女が声を出す。あまりに独特な世界過ぎてよくは分からなかったが、しかし、なんかすごかった。
「これはヘンリー・ダーガーという人の絵だよ。アメリカの人なんだ」
館長が足元の少女を見下ろし、言った。
「へぇ~」
「これはアウトサイダーアートと呼ばれるものなんだよ」
「アウトサイダーアート?」
少女は館長を見上げる。
「そう、この人はまったく正規の美術教育を受けたことのない人なんだ。美術の知識や技術もまったく持っていない人なんだよ。自分の芸術的衝動だけで、絵や小説を描き続けていた人なんだよ。そういう人の作品をアウトサイダーアートと言うんだ」
「へぇ~、じゃあ、この間山でみた彫刻なんかもそうだね」
「ああ、そうだね。するどいな」
館長は少女の鋭さに少し驚いた。
「不思議な絵」
あらためて絵を見て少女が言う。
「そうだね」
館長が答える。
その横に何とも長い絵を歩きながら少女は見ていく。やはり、そこに描かれている世界は見ていけばいくほど不思議な世界だった。
「でも、なんだかおもしろいわ」
「これは、これと同じような絵が後三百枚ほどあるんだ」
「三百枚!」
少女が驚く。
「これは一万五千ページにも及ぶ世界一長いと言われる小説の挿絵なんだ」
「一万?」
少女はその数字の大きさが分からず、キョトンとする。
「ものすごい数なんだよ」
「ふ~ん」
それでも少女はよく分からない。
「普通の本の五十冊から六十冊分くらいかな」
「へぇ~、すごい」
少女はその丸い目をさらに丸くして驚く。幼い少女には、本を一冊読むだけでも大変なことだった。
「それをずっと、何十年も一人で書き続けていたんだ」
「一人で」
「うん、一人部屋にこもってね」
「家族はいなかったの?」
「彼は孤児だったんだ」
「そうなの。かわいそうね」
少女は眉を八の字にして、その表情を曇らせる。
「うん、そうだね」
「友だちもいなかったの?」
「一人だけ友だちがいたんだけど、でも、その彼とも遠く離れなければならなくなって、彼はやっぱり孤独だったんだ」
「そうなの、なんだかとてもかわいそうだわ」
「うん、そうだね。でも、彼にはだからこそ、この絵と物語があったんだよ」
「そうか」
そこでパッと少女の顔が明るくなる。
「彼はこの自分で作り出したこの物語の世界の中で生きていたんだ」
「じゃあ、幸せだったのね」
「う~ん、彼が幸せだったのか――う~ん、それは分からないけど――、でも、そう、う~ん、君が言う通り幸せだったのかもしれないね」
館長は唸りながらも、でも、少女が言う通り、彼は幸せだったのかもしれないと思った。いや、そうであって欲しいと思った。
「・・・」
少女は再び絵を見る。そのファンタジーに彩られた彼の世界がまた違って見えた。
「彼は誰に見せるわけでもなく、まして売るためでもなく、人知れず自分のためだけにこの絵をひたすら生涯をかけて描いたんだ」
「それってなんだかすごいわ」
絵を見つめながら少女が言った。
「この絵は今や一枚何千万円もするんだよ」
「へぇ~、すごい」
「今じゃアウトサイダーアートの中では一番の高額な絵なんだ」
「へぇ~」
少女は丸い目をさらに丸くして、それをくるくる回して驚く。
「・・・」
少女は食い入るように、絵を見ていく。少女はとても楽しそうだった。少女はダーガーの創り出した絵の中の世界に夢中だった。
「子どもにはこういう絵の方がいいのかな」
館長はそんな少女を見て思った。
「どうだったい?」
絵を見終わり、洋館を出ると、館長が少し上体を斜めにするようにして少女を見下ろすように見る。
「とても面白かったわ」
少女がうれしそうに館長を見上げる。
「そうか。よかった」
館長もうれしそうに言った。
「じゃあ、帰ろうか」
「うん」
二人は、来た時と同じように再び白いバンに乗り込んだ。
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