第12話 悲しい絵
「今日はちょっと悲しい絵を見に行こうか」
「悲しい絵?」
少女が館長を見る。
「うん」
二人はまた館長の運転する白いバンに乗って、美術館へと向かった。
着いたのは、隣り町の町営の小さな美術館だった。入り口脇の立て看板には岡田咲子展と書かれている。
二人はその看板の横を通り抜け、美術館の入口から中に入る。
「これ?」
少女が館内に展示されている絵を見てから、館長を見上げる。
「うん」
館内には同じ少年を描いた絵ばかりがズラリと並んでいる。少女はそれに驚いている。
「この子誰?」
少女が絵を指さして館長を見上げる。奥の方を見ても、その子を描いた絵がずっと並んでいる。
「この子はこの絵の作者の岡田咲子さんの息子さんなんだ」
「へぇ~、そうなの」
少女はあらためて絵を見上げる。
「岡田さんは息子さんを飛行機事故で亡くしたんだ」
「この子死んじゃったの?」
「そうだね」
「・・・」
少女は、もう一度絵を見つめる。それは少女と同い年くらいの小さな男の子だった。
「一人息子だった息子さんを亡くしてから岡田さんはこの子の絵をひたすら描くようになったんだ」
「そうなの」
「以前は全然絵なんか描いたこともなかったような人だったそうだよ」
「・・・」
少女は、少年の食い入るように見つめる。
「お母さんはこの子のことが忘れられなかったんだね」
「うん」
二人は順々に、絵を見て行く。一つ一つ見ていくと、同じ少年を描いている絵でも、その姿はまったく違うものに変わっていく。
「なんだか・・」
「どうしたんだい?」
館長が隣りの少女を見下ろす。
「なんだか、とても悲しい」
「そうか・・、感じるんだね」
「うん」
そして、一枚二枚では何の変哲もない子どもの絵が、一つ一つ順々に見ていくと、その続く連続した繋がりの中で徐々に作者の悲しみが滲み出るようにして、見る者に伝わって来る。
「彼女は亡くなるその日まで、ひたすら生涯をかけて亡き息子さんの絵を描き続けたんだ」
「・・・」
「でも、最後には、息子が帰ってきたと言って、発狂して自殺してしまったそうだよ。息子さんがなくなって十年目のことだったらしい」
「・・・」
少女は最後に描かれた息子の絵を黙って見続けていた。その中の少年は幸せそうに微笑んでいた。
「でも、お母さんには最後息子さんが見えていたのね」
「ん?」
館長が少女を見る。
「最後には会えたんでしょ?」
少女が館長を見上げる。
「うん、そうだね」
「よかった」
「えっ」
「最後に会えたから、幸せだったんじゃないかな。お母さん」
「ああ、なるほど」
館長は、その少女の発想に驚く。館長にはその発想はなかった。
「そういう解釈もあるんだな」
そう思わなければあまりに悲しい。館長はそう思った。
「もしかしたら、最後息子さんにもう一度会えて幸せだったのかもしれないね」
館長が言った。
「うん」
少女は、それにうれしそうにうなずいた。
「さあ、帰ろうか」
「うん」
絵を見終わった二人は美術館を後にした。
「どうだったい?」
バンに乗り込み、車を発進させると館長が少女に訊いた。
「私のお母さんも私のことあんな風に思っていたのかな?」
「えっ」
少女の意外な問いかけに館長は少し驚いた。そういえば少女の母親は、少女が幼い時に亡くなったと言っていた。
「お母さんの方が死んじゃったけど、でも、会えないってことは一緒よね」
少女が館長を見る。
「うん・・」
確かにそうだった。
「お母さんも、私のことあんな風に見ていたのかな」
「多分、そうかもしれないね。すごくすごく君のことを思っていたんだよ」
「うん」
「お母さんも君と別れるのは辛かったろうね」
「うん」
少女は悲しい顔をしながら、しかし、どこかうれしそうな表情を滲ませる。
「・・・」
館長は、ハンドルを握りながら、この絵を見に来てよかったと思った。
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