第11話 赤いズキンを被った少女の看板
「君はこの絵本美術館の中でどの絵本が一番好きだい」
館長が今日も絵本美術館にやって来た少女に訊ねた。少女は遊びに来るたび、いつも熱心にこの絵本美術館に展示されている絵本を読んでいる。
「私はあのお話しが好き」
「あのお話?」
「うん、あの子犬のお話。子犬が迷子になって、お母さんを探すの」
「ああ、あれは妻の描いた絵本なんだ」
「そうなの」
少女が驚く。
「うん、あれは妻の描いた最初で最後の絵本なんだ。あれは妻が欲しかった自分の子どものために書いた絵本なんだ」
どこか懐かしそうに館長は言った。
「自分には文才はないって、しきりに照れてたなぁ。君がそう言ってくれたら、妻も喜んだよ。きっと」
館長がそう言うと、少女は照れたように笑顔を見せた。
「そういえば、妻は女の子が欲しいと言っていたな」
館長は少女を見た。
「妻が君に会えたら、さぞ喜んだだろうな」
「私も会いたかったわ」
少女が言った。
「そうだ、ココア飲むかい?」
「うん」
「妻はジンジャークッキーを作るのがとてもうまかったんだ。それも食べさせてあげたかったな」
館長は、いれたてのココアと、お茶請けの近所の和菓子屋小川屋の少女の頭ほどもある巨大生イチゴ大福を出しながら言った。
「この間出したジンジャークッキーは、妻がやっていたのを見よう見まねで僕が作ったものなんだ」
「そうだったの」
「うん、いつも手伝っていたから、材料も分量も手順も全部覚えていたんだが、でも、なぜかあの味は出ないんだ」
館長が首をかしげながら言う。
「あれもおいしかったわ」
「そうかい。ありがとう。でも、妻のはもっと香ばしくてふわっとしていてとてもおいしかったんだ。何でだろうね。材料もまったく同じものを使っているのにね。手順だってほとんど一緒なはずなんだが・・」
館長が首をかしげる。
「不思議ね」
「うん」
館長も席に着き、自分用にいれたコーヒーをすする。
「そう言えば、君はあの赤いズキンを被った少女の看板が気に入って、この博物館に来たと言っていたね」
館長が向かいに座る少女を見た。
「うん」
「実は、あれは二代目なんだ」
「二代目?」
「そう、二代目。一代目は誰かにいたずらで壊されてしまったんだ」
「そうだったの。とても嫌な出来事だわ」
「いや、そうでもないんだ。この話には続きがある」
「どういうこと?」
少女は首をかしげながら館長を見る。
「看板が壊された話を聞いた近くの小学校の生徒たちが、壊れた看板をもとにして、まったく同じものを作って持ってきてくれたんだ」
「へえ、すごい」
「妻がよくその小学校に行って、読み聞かせや本の寄贈なんかをしていたから、そのお礼だったんだ」
「へえ」
「妻はとてもよろこんでいたよ。一代目よりも、よっぽど価値があるって、いつもうれしそうにあの看板を見つめていたよ」
二人は、大きな窓の外に見えるその二代目の赤いズキンを被った少女の看板を見つめた。いつもここに来る度に見ていた看板もそんな話しを聞いてから見るとまた違ったものに見えた。
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