第9話 地獄絵
「今日は絵を見に行こう」
館長が、今日も絵本美術館にやって来た少女に言った。
「どこの美術館?」
少女が館長を見上げ、問い返す。
「今日は美術館じゃないんだ」
「?」
少女は首を傾げる。
「ここなんだ」
また、館長の運転する旧式の軽ワゴン車に乗って二人が着いた先、そこはお寺だった。しかもかなり古いお寺だった。
「お寺に絵があるの?」
少女は不思議そうに館長を見る。
「うん、それがあるんだよ」
館長はにこにこと言った。
「あっ、こんにちは」
館長があいさつをする。二人が車を降り、建物に近づいて行くと、そこに黄土色の袈裟衣に身を包んだかなり年配の住職が出てきた。痩せたその顎に白く長いひげを生やしている。
「やあ、ようこそいらっしゃいました。こちらがおっしゃられていたお嬢さんだね」
住職は人のいい顔をにこにことほころばせ少女を見た。
「はい」
館長が答える。
「めんこい子だ」
住職はうれしそうに言った。子どもが好きな人らしい。
「ささ、中に入られい」
そして、さっそく住職が、両手を伸ばし指し示しながら本堂の方に二人を案内する。
「はい」
二人は住職について、本堂の中に入って行った。
「ここじゃ」
住職は本堂のふすまを開けた。
「わっ」
少女が中を見た瞬間、思わず声を上げる。そこには、部屋いっぱいにこれでもかと、真っ赤に絵が描かれていた。
「・・・」
少女はあんぐりと口を上げて、天井から壁から襖から欄間から、所狭しと描かれた絵を見回していった。
「なんで人が焼かれているの?」
絵の一部を指さし少女が館長を見る。
「これは地獄を描いた絵なんだ」
「地獄?」
「地獄というのはね、悪いことをした人が死んだ後に行くところなんだ」
「・・・」
少女はあらためて絵を見渡す。そこには、焼かれる人々、叩かれる人々、切り刻まれる人々と、そこにいる鬼たちに様々に苦しめられる人々が描かれていた。
「私も悪いことをするとここに行くの」
「そうだよ」
館長が冗談めかして言った。すると、少女はものすごく怯えた表情をした。それを見て、館長と和尚さんは笑った。
「はははっ、大丈夫さ、悪いことをしなければ行かないさ」
館長が言った。
「ほんと?」
「ああ、ほんとさ。君みたいにいい子でいれば絶対に行かないよ」
「そうだよ。いい子にしていれば地獄にはいかないよ」
和尚さんがつけ足すように言った。
「うん」
少女はそれを聞いて安心したようにうなずいた。
少女は、本堂の中心部分に入り、あらためて部屋いっぱいに描かれた地獄絵を見る。そこには人間の想像しうるありとあらゆる苦しみがあった。それが事細かに、一つ一つ丁寧に一場面ごとに、具体的に描かれている。
そこに描かれている何百、何千、何万という地獄の鬼たちに責め苛まれる亡者たちの顔は、すべて違う顔をしていて、すべてが違う苦悶の表情を浮かべていた。それが壁や襖の四面と天井にまでびっしりと描かれている。その数と執拗さはどこか狂気を感じさせた。
「・・・」
血と炎で真っ赤になった、その地獄絵の世界に少女は入り込んでいく。
「すごい絵だろう?」
館長が少女を見た。
「うん」
少女は、首を上にあげたり横を見たり壁や天井の五面全方位に描かれた絵を一つ一つ詳細に見ていった。
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