第8話 草に埋もれた像群
木や岩、粘土で出来た一つ一つの像が、それぞれその顔や形相で何かを訴えていた。顔つきや体の大きさはそれぞれ様々すべて違っていて、その一つ一つの凄まじい形相が、ありとあらゆる苦悩と叫びと、呻きとに満ちていた。
三人はその像群の方に草をかき分け入って行った。
「すごい、本当に呻き声が聞こえてきそうだ」
館長が像の前に立ち、その迫力に驚く。
「見に来なさる人はみんなそう言うだよ」
おじいさんが言った。そして、像の前の草を持っていたカマで軽く切り払い、見やすくしてくれる。館長と少女は草の中から現れたその像をあらためて見た。
「・・・」
叫び声が聞こえてきそうなほどねじれた苦悶の表情、全身から何か人間の悲しい業のようなものが湧き出していた。
「想像以上だったなぁ・・」
館長は、感嘆の声を漏らす。館長はその像に圧倒されていた。
「・・・」
少女も圧倒されていた。口をあんぐりと開けたまま目の前の像を見上げている。
館長と少女は、その草原に並ぶ無数の像を順番に見て行った。
「聞きしに勝るとはこのことだな」
館長は一つ一つ見つめながら、鼻息荒くしきりに感心している。
「すごいね。みんな違う顔をしてる」
少女もその迫力と溢れるただならぬ雰囲気に興奮し驚いている。
「うん、そうだね。一つとして同じ物がない」
全ての像が違う顔をして、ありとあらゆるこの世に存在するすべての苦しみを体現していた。
「これを作った男の人は被差別部落に生まれたんだ」
一通りの像を見終わって、館長が少女を見て言った。
「ひさべつぶらく?」
少女が首を傾げる。
「そういうとても、貧しい地域があるんだ。そして、そこに住む人たちはひどい差別やいじめを受けたんだよ」
「なんで?」
「う~ん」
そこで、館長は腕を組んで困ってしまった。その説明には複雑な歴史の説明がいる。それに突っ込んだ詳しい理由は館長にも分からなかった。
「う~ん、なぜかそうなんだよ。そして、彼も理不尽な差別やいじめを生まれた時から受け続けていたんだ。そして、成人した彼は今度は戦争に駆り出された。そこで凄まじい経験をするんだ。残酷な地獄のような光景を目の前で見た。罪もない人がたくさん殺され、そして自らも戦争で人を殺した。彼は人間の汚さと残酷さを嫌というほどそこでも見たんだ」
「・・・」
「戦争が終わって日本に帰ってきた彼は、この誰も住まない山の中の地にやって来て、何を思ったか突然、この作品を狂ったように作り始めた。一週間全く眠らず、何も食べず、本当に狂ったように木を削り、土をこね、岩を削った。そしてこれを完成させたと言われている」
「たった一週間!」
少女が驚く。そして、帯びた正しい数の人の像をもう一度あらためて見渡した。ざっと見ただけで百体以上はある。
「多分、彼の中に内在する苦悩と怒りのすべてをここにぶつけたんだろうな」
「わしはまだ幼かったがそれを見ていた」
その時、案内してくれたおじいさんが口を開いた。
「作者の人を知っているんですか」
館長が驚く。
「うんだ」
おじいさんがうなずく。
「わしがまだ小さい頃じゃった。何度か話をしたことがある。見た目は恐ろしかったがやさしい人じゃった。子どものわしらにもやさしく話をしてくれたし、お菓子までくれたことがあった。当時は子どもなんて大人からまともに扱われたことなんかなかったからのぉ。邪魔ものか、足手まといといった感じだった」
「そうですか」
「じゃが、これを作っている時のあん人のその様はまさに鬼神の乗り移ったようだったよ。わしら子どもにはとてもやさかったが、その時のあん人は本当に恐ろしい目をしておった。もし鬼がいるとしたら、ああ、あれが鬼の目なんだろうなと思ったよ」
「そしてその人はどうなったの?」
少女がおじいさんを見上げる。
「さあ、分からんな」
おじいさんは大きく首を傾げた。
「分からない?」
少女も首を傾げる。
「ああ、彼はこの像を作り終えると、その後、忽然と姿を消してしまった。村にも二度と戻らなかった」
「そう、その後、彼がどうなったのか全く消息が分からないんだ。生きているのか、死んでしまったのか。どこへ行ったのかさえ分からないんだ」
館長がつけ足した。
「彼は全く美術教育など受けたこともない人だったそうだよ」
館長が続けた。
「それでこれが作れたの?」
「うん、そういうことだね。彼には何か特殊な才能があったんだろう」
「ふ~ん」
少女は、もう一度彼の作った像群を見渡した。
「その後、ここは人に知られて、一時期はものすごい数の人々が訪れるようになったが、今はこの通りじゃ」
おじいさんが草に埋もれた像たちを見てため息交じりに言った。
「あの時は、この像を拝む人たちまで現れたよ」
おじいさんは昔を懐かしむように言った。
「私も美術仲間からすごいすごいと噂には聞いていたんですが・・、なかなか来れなくて。でも、来てよかった。本当に来てよかったです。死ぬまでに見れてよかった」
館長は並ぶ像の群れを見つめながら力を込めて言った。
「君はどうだったかい?」
館長が少女を見下ろす。
「私も来てよかったわ」
少女もにこりとして館長を見上げた。
「そうかそれはよかった」
「さあ、日が暮れんうちに帰ろうかの」
ヨッコラショと立ち上がりながらおじいさんが言った。
「もうそんな時間か。そうですね」
館長が腕時計を見た。三人は、その像のある場所を後にし、ふたたび山道を下ると帰途についた。
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