第7話 山の中の芸術
「この辺りだと思うんだがなぁ」
館長が辺りを見回す。館長と少女は山の中の道なき道を彷徨っていた。
「こんな山奥に美術館があるの?」
少女が館長を見上げる。
「美術館じゃないんだ」
「?」
少女は館長の答えに首を傾げた。
「まあ、見たら分かる」
館長は歩き続けた。
「ふぅ~」
しばらく山の中を歩いて、館長は顔を上げ辺りを見回した。
「年を取ると、やっぱりしんどいな」
館長は額に噴き出す汗をふきふき言った。辺りは人の入った気配もなく、鬱蒼と草が生い茂っていた。山の中を彷徨い彷徨い、しかし、目的の場所になかなか辿り着かない。
「しかし、困ったな。道もないし」
館長は辺りを見回し途方に暮れる。
「私たち、遭難したの?」
「う、う~ん・・」
館長は答えに困る。
「遭難はしていないよ。大丈夫だ」
館長は自分に言い聞かせるように言った。
「ちょっと、休憩しようか」
「うん」
二人は脇にあった丁度いい大きさの岩の上に二人並んで腰掛けた。辺りは静かだった。野鳥の鳴く声、木々のざわめき以外何も聞こえない。
「だいぶ山奥まで来てしまったな」
館長が少し不安げに呟く。少女はそんな館長を横から見上げる。
ガサガサ
その時、近くの草藪が大きく揺れた。
「何?」
少女が館長を見る。
「なんだろう」
二人に緊張が走る。そう言えば、山に入る前に地元の人に、熊が出るとかなんとか言われたことを館長は思い出した。
「熊・・」
館長は思わず呟く。
「熊!」
少女が驚き、館長を見上げる。
ガサガサという草藪の揺れは段々二人に近づいてくる。二人は、恐怖に震え、動くことも出来ない。二人は身を寄せた。
草薮の揺れは徐々に二人に近づき、そして、ついに草藪から何か生き物の黒い影がもそもそと出て来た。
「わあっ」
二人は叫び声をあげ、お互い抱き合わんばかりに身を寄せた。熊であれば、老人と子ども、二人などひとたまりもない。
「あんたら何しとる」
だが、そこに現れたのは地元のおじいさんだった。
「何しとるんじゃこんなとこで」
おじいさんは、驚いた顔で二人を見る。
「ああ、よかった」
二人は大きくほっと息をついた。
「あのこの辺にたくさんの彫像があると聞いてきたんですが、どの辺りでしょう」
館長がおじいさんに訊ねる。
「あんたらあれを見に来なすったんかいな」
おじいさんは目を丸くして驚いた。
「はい、ご存じなんですか」
「ああ、知っとる、地元のもんなら誰でも知っとる」
「そうですかよかった」
館長と少女は安堵の表情で顔を見合わせる。
「じゃが、地元の人間でも今じゃ見に行くもんはおらんずら」
「そうでしたか」
「まあ、この近くじゃ。一服してから行くべぇか」
「ありがとうございます」
おじいさんも二人の近くの岩に腰掛け、持っていたキセルを取り出し、タバコを詰め火をつけると口に咥えた。そして、ぷかぷかとその煙をおいしそうに吸った。
「方向は合ってたんだな」
館長はほっと一息吐いた。
「以前はたまに見に来る人間もおったがのぉ、最近ではまったくおらんでなぁ」
歩き出した三人の先頭を歩くおじいさんはそう話しながら、笹薮をかき分けかき分け進んでいく。
「そうですか」
その後ろを館長と少女の二人が続く。
「今はほとんどが草に埋もれてしもうとる」
「そうですか」
「時々誰かが、草を刈ったりはしているみたいじゃがのぉ。何せ山の中じゃからのぉ。すぐにまた埋もれてしもうてなぁ」
確かに行けども行けども、草藪だった。
だが、三人の目の前の森が突然、開けた。そこでおじいさんは立ち止まった。
「ここじゃ」
おじいさんが目の前を指差し言う。
「えっ?」
館長と少女は目の前の開けた場所を見る。そこは山頂付近で、なだらかな草原のように緩やかに平らになっていた。しかし、丈の高い草も多く、木がないというだけで、山の中と大差ない。
「あっ」
そこで、少女が何かを見つけ声を上げた。
よく見ると、木や草に埋もれるようにして、何百というものすごい数の泥や丸太、岩、石でできた人の像が並んでいた。
「ここだ」
館長が呟いた。
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