第5話 とても怖い絵

「う~ん」

「どうしたの」

 さっきから一人うねっている館長を少女は見上げた。少女は、次の日もまた絵本美術館にやってきていた。そして、奥のテーブルでまたココアと、今度は少女の頭ほどもあるジンジャークッキーをごちそうになっていた。

「う~ん、とてもいい絵があるんだが・・」

「いい絵があるの?」

「うん、でも、君に見せたものかどうか」

「どうして?」

「とても、怖い絵なんだ」

「怖い絵?」

「うん、とても怖い絵なんだ。でも、とても素晴らしい絵なんだ」

「???」

 少女は、館長の言っていることの意味が分からなくて、体ごと大きく首を傾げた。

「どうしたものかな」

 館長はなおも一人悩んでいる。

「わたし、見たいわ」

 少女がはっきりと言った。

「そうか・・」

 それでも館長はしばし考えた。

「よしっ、じゃあ、そこへ行こうか」

 館長は意を決した。

「うん」

 二人は、再び白い軽のバンに乗り込んだ。


 その美術館は、隣りの県の中心街の、その外れの住宅街から少し外れた空地の隣りに立っていた。知らない人が見たらちょっと大きなただの住宅に見えるような、簡素でこじんまりとした建物だった。しかし、近づいてよく見てみるとそれは確かに美術館だった。

 美術館の前に立つと、どうぞご自由にと書かれた小さな看板が入り口に掲げられていた。入館料は無料らしかった。二人は、入り口のガラス扉を開けた。

 入ってすぐに少し右に曲がると、そこに巨大な屏風が横に広がっていた。

「わっ」

 少女が声を出す。少女はそのまま、館長の影に隠れた。

「・・・」

 そして、恐る恐る館長の体の端から顔を覗かせ、その巨大な屏風に描かれた絵を覗き見た。

 それは、燃えていた。真っ赤に、屏風の中いっぱいに人が燃えていた。それは炎であり、人の肉であり、人の血であり、人の呻きだった。そして、それは生きていた。その炎の蠢きの中から、苦しみ悶える叫びや呻きが燃えながら生きていた。

「怖いわ」

 少女が館長の体の影に隠れながら呟く。

「これは人なの?」

「う~ん、人のようで、大きなうねりのようでもある・・」

 館長も、目の前の絵の迫力に圧倒されているようだった。

「とても怖い絵だわ」

「そうだね」

「地獄みたい・・、ううん、地獄よりもっと、もっと深いすごい地獄・・」

 少女はそれだけを言うのが精いっぱいだった。そして、少女は両手で胸を抑えた。

「すごい感情」

 少女は、その絵の発する巨大な津波のように襲い来る感情を、その小さな胸いっぱいに受け止めていた。

「苦しいわ」

 少女は絵の中の苦しみを自分の中に感じていた。

「大丈夫かい」

 慌てて館長が、声をかける。

「うん」

「君はとても感受性が強いんだね」

 館長がそんな少女に寄り添う。

「とても大きな怒りと憎しみを感じる」

 少女が言った。

「でも、とても悲しい」

 少女は悲しそうに言った。

「とても悲しい絵だわ」

「うん」

 二人はしばし、絵に見入った。

「どうする」

 館長が少女に訊いた。その屏風絵は、まだまだ、横へと美術館の奥へと広がっていた。

「・・・」

 少女は黙っていた。

「私見る」

 そして、少女は決然として言った。

「見なきゃいけない気がする」

「うん」

 二人は絵を見ながら奥へと歩き出した。

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