第4話 温かい絵
「じゃあ、今日はありがとう」
二人は、美術館の前まで見送りに出てくれた里中さんにお礼を言って、山の上の美術館を後にした。
二人は白いライトバンで元来た山道をくねくねと下って行く。
「ちょうどお昼だ。何が食べたい」
館長が隣りの少女を見た。
「ハンバーグ」
少女はすぐに大きな声で言った。
「そうか。ちょうどこの近くに私の知り合いのレストランがある。そこへ行こう」
「うん」
そこは小さいが、感じの良い赤いレンガ造りの洋食屋さんだった。
「あらっ、いらっしゃい。お久しぶりね」
お店の雰囲気にぴったりの、感じの良い年配の女性が二人を迎えた。
「ああ、妻が亡くなってから足が遠のいてしまったね」
「何年振りかしら」
「さあ、もう分からないな」
そう言って館長は笑った。
「さあ、こちらへどうぞ」
二人は案内された見晴らしの良い窓辺の席に向かい合って座った。窓の外は山の緑が遠くまできれいに見える。
「ハンバーグを二つ」
「はい」
女性は注文を受けると奥へと消えた。
「ここにはよく妻と来ていたんだ」
「へぇ~」
少女は、改めて店内を見渡した。きれいに感じよく並べられたアンティークの机やイスの間に、間隔良くその空間にあった絵や観葉植物が配されている。
「あっ」
少女はその中の一つの絵に目が止まった。それは母が子を包み込むように抱きしめる抽象的な構図の絵だった。
少女は立ち上がり、その絵の前まで行ってその絵を眺めた。
「なかなかいい絵だな」
館長も少女の後ろにやって来て絵を眺めた。その絵は不思議な温かさがあった。
「いい絵でしょ」
奥さんが出てきて言った。
「これは誰の絵なんだい」
館長が奥さんに訊いた。
「さあ、それは分からないの。これは名もない人の絵なのよ。誰が描いたのか誰にも分からない。バザーで見つけたの。この絵を売っていた人も誰の絵か分からないって言ってたわ」
「そうなのか」
「でも、私もこの絵を見た瞬間、素晴らしい絵だわって思って、すぐに買っちゃった。なんかいいでしょ」
「うん」
館長は深く納得したといった風にうなずいた。
「・・・」
二人の前で少女は食い入るようにその絵を見上げていた。簡素な画用紙に描かれた絵なのだが、画材は何を使っているのだろうか、不思議な質感で、そこには何とも言えない深みと味わいがあった。
「こないだもこの絵を見て、涙を流している女性がいたわ」
「う~ん、確かに不思議な温かさのある絵だ」
館長が首をひねる。
「そう、私もそれに惹かれたの」
親子を包み込む背景は何を使っているのかキラキラと輝いていた。そして、その中央で大きく抱き合う母子は、溢れる温かさとやさしさに包まれていた。
「これを描いた人はとてもやさしい人なんだろうね」
館長が言った。
「そうね。とても温かい無欲な人なんだわ」
奥さんが言った。
「そうだろうね」
三人はしばしその絵に見入った。
「はい、お待たせしました」
出て来たのは、少女の顔程もあるジュージューとおいしそうな音をたてる大きなハンバーグだった。
「わあ、すご~い」
「特別に作ったの」
そう言って、奥さんは笑った。
「いただきま~す」
少女は早速大きく切り取った特大のハンバーグを口いっぱい頬張った。
「おいしい」
少女は目をくりくりと大きく見開いて言った。
「はははっ、そうか」
その様子がなんともかわいらしく、奥さんと館長は笑った。
「おお、全部食べたね」
「うん、おしかったもん。でも、お腹いっぱい」
少女は大きく膨れた小さなお腹をさすった。
「はははっ、そうか」
館長はそんな少女の仕草に嬉しそうに笑った。
「あらっ、全部食べれたのね。すごいわ」
奥さんも出てきて嬉しそうにきれいに空になったステーキ皿を見つめた。
「とても、おいしかったわ、ありがとう」
少女が笑顔で言った。
「どういたしまして。喜んでもらえてうれしいわ。ところで、まだ食べれるかしら」
そう言って、奥さんはこれまた特大のチョコレートパフェを持ってき手少女の前に置いた。
「わあ」
少女は目を輝かせてそれを見つめた。
「これはサービスよ」
「悪いな」
「いいえ」
そう言って、館長の前にはコーヒーを置いた。
「これもサービスよ」
「ありがとう」
少女は、さっきまでお腹をさすっていたのにもかかわらず、巨大なチョコパフェに柄の長いスプーンを突き刺し、次から次へと口いっぱいにそれを頬張った。
「君は結構食いしん坊なんだな」
「そうよ。わたしは食いしん坊。だって育ち盛りだもん」
「はははっ、そうか」
二人はそんな少女の言葉に笑った。
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