第2話 山奥の美術館

 次の日、館長は古い軽の白いライトバンの助手席に少女を乗せ、くねくねと曲がりくねる山道を走っていた。

「知り合いの美術館があるんだ」

 館長は、隣りの少女に言った。

「こんな山奥に?」

 少女は首を傾げる。

「そう、山奥にあるんだ」

 そう言って、館長は笑った。

「ちょっと変わった奴でね」

 山道の脇からは、傾斜した雄大な緑の景色が広がっている。もう木々の緑しか見えなくなってからだいぶ経っていた。

「ここは私の古くからの友人がやっている美術館なんだ」

 車から降り、美術館の前まで来ると、館長がその建物を見上げて言った。隣りの少女も建物を見上げる。山の木々に囲まれた、ちょっと古びてはいるが、堂々とした立派な建物だった。

「一応公的な美術館なんだが、そいつが趣味でやっているような状態になっててね。独特な、ちょっと、大人向けの絵ばかりかもしれないけど、まあ、近くからってことで」

「うん」

 少女は期待にワクワクしながら、館長について、ぴょんぴょんと飛び跳ねるように美術館の中へと入って行った。

 山奥で、しかも平日の午前中ということもあって、中はガラガラだった。そんな静かな館内を二人は絵を見ながらゆっくりと歩いて行く。

 少女は真剣な表情で壁に並ぶ絵を眺めてゆく。一般的なザ・美術といった固い雰囲気の中に、どこか個性が滲み出た独特な絵が並んでいる。

「どうだい。ちょっと難しいかな」

 館長が体を曲げ足元の少女に訊ねる。

「こんな立派な絵を目の前で見るのは初めてだわ」

 少女は少し興奮気味に言った。

「そうか」

 キラキラと目を輝かせる少女を見て、館長もうれしくなった。

「おう」

 その時、奥から館長と同じくらいの年かっこうの、顔全体にふさふさとした白いひげをたくわえたおじいさんが出てきて、館長に声を掛けた。

「おう、久しぶりだなぁ」

 館長も振り返り答えた。

「ああ、何年ぶりだろうかな」

 二人はしみじみとしばし、微笑んだままお互い見つめ合った。

「この子か」

 そのひげをたくわえたおじいさんが、少ししゃがみ込み少女を見た。

「そう」

 館長は、昨日前もってここの館長に電話をしていた。

「こんにちは」

 そのおじいさんは、ひげ面を持ち上げるようにして笑顔を作ると、少女にあいさつをした。

「こんにちは」

 少女も元気にそれにこたえる。

「かわいいね。俺の娘も昔はこんな風にかわいかったんだがなぁ」

「はははっ」

 隣りで館長が笑った。この美術館の館長の娘さんは今は海外に住んでいて、最近では連絡すらもほとんどしてこないという。

「里中さん。この美術館の館長だ。私の古くからの友人でもある」

 館長が少女に里中さんを紹介した。

「初めまして」

 少女は元気よくあいさつをした。

「おっ、元気が良いな。今日はゆっくり見ていきな。後で、裏の倉庫にある、展示していない絵やなんかも特別に見せてあげるから」

 里中さんはニコニコとやさしく言った。

「ほんと」

 少女はその大きな目をくりくりと輝かせた。

「ああ、ほんとだ」

「悪いな」

 館長が隣りから言った。

「全然」

 里中さんは、大きく首を横に振った。

 再び二人は館内に飾られた絵を順番に見ていった。

「すごいわ」

 少女は、今まで見たこともない様々な絵を見て、興奮しきりだった。

「すごい絵ばかり」

「そうか。そんなに喜んでくれると私もうれしいよ」

 館長は、笑顔でそんな少女を見下ろした。

「こうやって絵を見るっていうのもなかなかいいもんだな」

 館長は自分の顎を撫でながら呟いた。館長も改めて絵を見る楽しさを感じていた。

「何か気に入った絵はあったかい」

 最後の絵を見終わった時、館長が少女に訊ねた。

「素晴らしい絵ばかりだったわ。もっともっと、もっともっと見たいわ」

 少女はその黒目がちな大きな目をくりくりと、さらに大きくして言った。

「そうか」

 そんな少女の無邪気な姿に館長は思わず笑ってしまった。

 そこへ里中さんが現れた。

「見終わったかい」

「ああ」

「じゃあ、約束通り、裏にしまってある絵を見せてあげよう」

「やったぁ」

 少女は飛び跳ねるように喜んだ。

「さあ、こっちだ」

 二人は里中さんの背中について、美術館の裏の倉庫へと通じる扉の中へと入って行った。

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