第10話 七福神

 九尾の子狐はすぐに見つかった。川辺にある大きな岩の上で、安心しきっているのか気持ちよさそうに昼寝をしていた。熟睡しており、陽子たちが近づいても目覚めなかった。爽平から網をもらうと陽子は素早く投げて子狐を捕まえた。九尾の子狐は暴れたが、陽子が抱きしめるとすぐにおとなしくなった。

「ずいぶんと間抜けな狐ね」と陽子はあきれて言った。

「狐と狸は間抜けなものだよ」と爽平は笑った。「少なくとも、日本の昔話ではそういう設定が多いよね」

「狐は賢い印象があったのだけど。愚直なハリネズミと賢すぎて失敗する狐の逸話は日本では通用しないのかしら」

「ここはロシアではないからね」

 陽子が抱きあげて優しく揺すると、九尾の子狐は心地よさそうな顔をした。どうやら、陽子の腕のなかが気に入ったようだった。さて、目的の子狐も見つけたことなので玉藻前の屋敷に帰ろうかしら、と陽子が思っていたときだった。風が吹いた。そして、陽子の腕のなかにいた九尾の子狐が怯えた。

 日が陰り、空が少し暗くなったように感じた。

 爽平が岩の上から川辺を見た。陽子も彼の視線を追った。そこには男が立っていた。大きな男だった。背丈は二メートルを超えており、狩衣姿で黒い頭巾を被っている。右手には一抱えもある打ち出の小槌を持っていた。肩には米袋を担いでおり、足下ではたくさんのネズミたちが走り回っていた。

「大黒天だ」と爽平がつぶやいた。「アマテラスワールドの最高管理者の一人だよ」

「最高管理者?」と陽子は訊ねた。

「アマテラスワールドには七人の最高管理者がいる」と爽平は説明した。「それぞれ七福神の名前を持っていて、大黒天、毘沙門天、弁財天、恵比寿、寿老人、福禄寿、そして最高指導者でもある布袋尊だ」

「私たちを待っているみたい」と陽子は言った。

「分からないけど、降りてみよう」

 二人は足を踏み外さないようにゆっくりと岩から降りた。大黒天は身じろぎもせずに陽子たちが降りてくるのを待っていた。大黒天と話をするために、爽平が一歩前に出た。

 しかし、その前にツララが前に出て口を開いた。

「あなたは、なぜここにいるのですか?」

 ぞっとするほど冷たい声だった。怒りを隠しきれないようすで、いつも明るく陽気な彼女らしくなかった。憎しみを露わにしていた。

「確認しますけど、布袋尊から陽子様を任されているのは私です」とツララは続けた。「貴方たちには陽子さんに会う権利がないはずです。このようなところに勝手に現れて、布袋尊に言いつけますよ」

「私はアマテラスカードを楽しみに来ただけだ」と大黒天は言った。「それくらいは私にも許されているはずだが」

「私はあなたを許さない」

 ツララの剣幕に押されて、大黒天はたじろいだようだった。陽子はまゆをひそめながら二人のやりとりを見ていた。

「仲が悪いみたいだけど」と陽子が小声で言った。

「事情がありそうだね」と爽平が小さな声で返した。「彼は西に屋敷を持つけど、ときどき別の場所にふらりと現れる。対戦の相手をしてくれて、勝つと貴重なカードをくれる」

「どうしてツララは怒っているのかしら?」と陽子は疑問を口にした。「それに、会う権利がないというのはどういうことなのかしら?」

「分からない。でも、管理者にも縄張りがある」

 大黒天は表情がなかった。じっと感情を殺しているように陽子には見えた。突然、陽子は彼に憐れみを抱いた。

「大黒天さん、私と対戦してくれないかしら」

 ツララは大きく目を見開いた。そして、悔しそうな顔をした。

「ごめんなさい、ツララ」と陽子は謝った。「でも、せっかくだから私は大黒天と対戦することにしたわ」

 ツララは肩を落とした。そして、陽子と大黒天のあいだまで飛んでいくと、二人のあいだで両手を大きく広げた。

 ツララは二人のあいだで宣言した。

「七福神との対戦であれば、これは公式のランク戦として扱われます。陽子さん、それでもかまいませんか?」

「かまわないわ」

「それでは、ここは平安時代ですので」とツララは二人を交互に見た。「二勝勝ち抜きの三回勝負でランク戦を行います」

 陽子と大黒天のあいだに机と椅子が現れた。クリスタルの美しい机と椅子で、陽子と大黒天は同時に座って対峙した。

 ツララが硬貨を投げた。きらきらと硬貨は宙を舞い、彼女の小さな手に消えた。

「好きなほうを」と大黒天が陽子に言った。

「では、表を」と陽子は答えた。

 ツララが左手の甲にかぶせていた右手を上げた。硬貨は表だった。これで一戦目は陽子が先攻で戦うことが決まった。

 陽子は十四枚を引いて六枚を選んで裏向きに並べた。そして、開始フェイズを終了して戦闘前フェイズをはじめた。上級妖怪一体を特殊召喚すると、前衛と後衛に下級妖怪を合計三体だけ召喚した。一枚だけカードを伏せて、手札を二枚だけ残した。

 一ターンに一度だけ戦闘で破壊されない上級妖怪、攻撃力一二〇の盾持ちの狐火でまずは様子を見るつもりだった。

「ターンを終了します」と陽子は言った。

 大黒天のターンがはじまった。

 大黒天は自分場のカード四枚を墓地に送り、彼の切り札である『頼(らい)豪(ごう)』を召喚した。頼豪の攻撃力は一四〇で、効果は一ターンに一度だけ手札を一枚捨てることで自分妖怪を対象とする効果を無効にするものだった。

 後衛に一体の下級妖怪を召喚してから、大黒天はカードを一枚伏せた。大黒天は攻撃をしてこなかった。そのまま戦闘前フェイズを終えると、戦闘フェイズを行わずに自分のターンの終了を宣言した。

 三ターン目がはじまった。

 陽子は六枚のカードを引いて、手札を八枚にした。相手妖怪を「狸」カードにするため、手札を一枚捨てて着せ替え狐火の効果を発動した。しかし、頼豪の効果で無効化される。これで狐火の姫による破壊はできなくなった。相手を狸にできなければ、狐火の姫は攻撃力一一五の妖怪でしかなく攻撃力が足りない。

 しかし、ここで陽子は強襲した。『生け贄の大蛇』を召喚して、含む場の五枚の妖怪たちをすべて墓地に送ると、八岐大蛇を特殊召喚する。戦闘フェイズの開始を宣言した。陽子の手札は残り六枚なので、合計六回攻撃ができる。攻撃力一五〇の八岐大蛇で頼豪を破壊、さらに後衛の下級妖怪を破壊、相手は伏せていたカードを反転させなかった。そのまま四回攻撃して、大黒天のライフカードを四枚破壊した。

 四ターン目、大黒天のターンがはじまった。

 二枚のカードを墓地に送り、『毒吹き矢の鉄鼠』を大黒天は召喚した。手札を二枚捨てて八岐大蛇を効果で破壊した。それから、場に伏せていたカードを反転させた。反転召喚されたカードの正体は攻撃力五の鉄鼠の大群だった。

 鉄鼠の大群は次の自分戦闘前フェイズに反転させて召喚することができて、手札を二枚捨てることで一ターンに何度でも攻撃できる効果を持っていた。

 戦闘フェイズがはじまった。大黒天は鉄鼠の大群で直接攻撃を六回連続で行い、陽子のライフカードは一ターンで全損した。

「負けてしまったわ」と陽子は肩をすくめた。

「不注意だよ」と爽平はささやいた。「効果破壊で相手の守りを突破して、一瞬で相手ライフカードを削りきる。典型的な鉄鼠の勝ち方だ」

 二戦目がはじまった。陽子は毒吹き矢の鉄鼠を恐れて、カード五枚を消費する八岐大蛇の召喚を控えなくてはならなかった。しかし、頼豪の攻撃力は一四〇もあり、陽子の上級妖怪で他に突破できるのは狐火の姫くらいしかない。そして、狐火の姫は着せ替え狐火による効果で相手を狸にしないと攻撃力が上がらないので、頼豪の前では無力だった。

「二勝零敗で大黒天の勝ちです」とツララが宣言した。

 大黒天は一枚のカードを取りだした。そして、それを陽子に差しだした。

「負けてもカードを貰えるのね」

 陽子はカードを受けとった。天智天皇という、陽子がエンジェル&サイエンスで愛用していたカードだった。ホログラム加工が施され、美しく虹色に輝いていた。陽子は効果テキストに目を通してつぶやいた。

「相変わらず、恐ろしいことが書いてあるのだけど」

 また風が吹いて、大黒天の姿は消えた。爽平が後ろから近づいてきて、陽子が持っていたカードを覗きこんだ。

「間違いないわ。私、大黒天と会ったことがある」と陽子は言った。「木星でよ。彼はエッジワース・カイパーベルトで生まれた人工知能なの。八惑星連邦ではなくて、日本皇国で生まれた意識と心を持つ人工知能よ」

 陽子の説明を聞いて、爽平は動きを止めた。

「私、ある人工知能に頼まれてアマテラスワールドに来たの」と陽子は告白した。「もしかしたら私は試されているのかもしれない。私、木星地方にいたときは日本皇国のことが本当は嫌いではなかったのよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

太陽神の巫女-AmaterasuCard- 白河光太 @sinnihon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ