第6話 Y・F

 爽平に案内されて、陽子たちはY・Fのところへと向かった。Y・Fは平安京の北、歴史上は天皇が暮らしていた内裏を拠点にしているらしかった。朱雀門をくぐり、陽子は爽平とツララと共に奥へ向かった。

 朱雀門の向こう側はひっそりとしていた。雀たちがいるだけだった。陽子たちは左に曲がりさらに奥に進んだ。

「そのY・Fという人物が天皇なのね」と陽子は訊ねた。

「おそらくね」と爽平は答えた。「他に該当しそうな人工知能もいないしね。Y・Fは清(せい)涼(りよう)殿(でん)にいるからついてきて」

「清涼殿」と陽子は表情を暗くしてつぶやいた。「嫌な名前ね」

 南庭を抜けて、陽子たちは清涼殿の階段を一段一段と静かに昇った。奥には、ひとりの少女が座っていた。

 少女は鳳凰が描かれた黒い着物を身につけていた。黒髪の短髪で、顔は白い狐の面で覆われていた。背丈から中学生くらいに見える。たたみにカードを広げて、実際に動かして動きを確かめているようだった。指の動きがとてもきれいで、かすかな音を立ててカードを動かしている様子はいじらしかった。陽子は愕然とした。即座に、あの陽子を軟禁している狐の面を着けた人工知能だと思った。

 しかし、すぐに陽子はY・Fがあの少女ではないことに気がついた。指の動きから推測される人格があの少女とは異なっていた。

「待たせたね」と爽平がY・Fに話しかけた。

「いえ、時間通りです」とY・Fが手を止めた。

 Y・Fは陽子に顔を向けた。陽子は自分の顔が強ばるのを感じた。

「紹介させてもらうね」と爽平は陽子にY・Fを紹介した。「こちらはY・F。平安時代を担当している管理者の一人です。切り札は天照大神。正確無比で、狂いのないカード回しには定評があります」

 爽平は陽子の様子には気がつかずに、その声は弾んでいた。Y・Fを紹介するのがとても嬉しいようだった。

 Y・Fは静かに陽子に頭を下げた。

「そして、こちらは二条陽子さん」と今度は陽子が紹介された。「ぼくと同じ中学校の出身で今は日本マイケル・ファラデー工科大学附属高校の生徒です。お金持ちで、中学生のときは学園最上位グループの女王だった人だよ」

「品のない紹介をしないで」と冷静になった陽子は腹を立てた。「それに、どうして爽平君は私が工科付属に進学したことを知っているのかしら。まだ爽平君には私が工科附属の生徒であることは話していなかったはずよね」

 爽平は動揺していた。「いや、陽子さんならきっとそうかなあと」

「誰かに聞いたのなら、正直に言ってくれてもいいのよ」

「すいません。食堂で話しているのを聞きました」

 二人のやりとりを見て、Y・Fはくすりと笑ったようだった。人工知能にも笑われてしまい陽子はうんざりである。

「ごきげんよう、Y・Fさん」と陽子は気を取り直して自己紹介をはじめた。「二条陽子です。アマテラスカードは昨日はじめたばかりで、まだ初心者です。日本神話をテーマに、切り札は八岐大蛇を愛用しています。今日は、お手柔らかにお願いします」

 爽平は驚きの声を上げた。「陽子さん、戦うの?」

「あら、もしかしていけないのかしら」と陽子は首を傾けた。

「いけないことはないけど」と爽平は困り顔で言った。「すぐに負けると思うから楽しくないと思うよ」

「やってみないと分からないわ」と陽子は自信ありげに言った。

「いや、それはさすがに分かるから」

 爽平の忠告を無視して、陽子はY・Fに挑戦することにした。「Y・Fさん、対戦を申し込んでもよろしいですか? 私、ぜひあなたと対戦してみたいの」

「喜んで」とY・Fは答えた。

 Y・Fは陽子に好意的だった。広げていたカードを重ねてデッキにすると、陽子に座るように促した。

「陽子さんは、どれほど戦えると思いますか?」とツララが爽平に訊ねた。

「五ターン目は来ないと思う」と爽平は率直に言った。「もしかしたら、三ターン目も」

 先攻は陽子だった。攻撃力は高いものの、カードを五枚も墓地に送る八岐大蛇の召喚は控えて守りを固めることにした。三匹の下級妖怪で前衛を埋めた。そして、後衛に効果破壊を防ぐための妖怪を一枚、そしてカードを二枚伏せて手札を二枚だけ残した。

 陽子は次のように考えた。Y・Fがカードを三枚消費して上級妖怪を召喚しても、そのときは手札は五枚しか残っていない。彼女は五回しか攻撃できず、陽子の場には四体の妖怪がいるのでライフカードは一枚しか破壊できない。しかも、伏せたカードは攻撃宣言時に相手妖怪の攻撃を無効にするカードとカードを破壊する効果を無効にするカードだった。

 これだけ守りを固めていたら、一ターンで六枚のライフカードをすべて破壊するのは難しいはずである。

 先攻は戦闘フェイズがないので、陽子はそのままターンを終了した。

 Y・Fのターンがはじまった。彼女が自分の開始フェイズを宣言すると、自分場の後衛左側に草(くさ)薙(なぎの)剣(つるぎ)を、後衛右側に八咫(やたの)鏡(かがみ)を手札から召喚した。懐かしいカードを見て、陽子は自分の先読みのあまさを悟った。

 草薙剣、八咫鏡、八尺瓊(やさかにの)勾(まが)玉(たま)の三種の神器は、現実世界では天皇が皇位の標識として受け継いできた宝物である。エンジェル&サイエンスの世界では三種の神器のうち二種類を場に揃えることで、一ターンに一度だけ三貴子の姉と弟、すなわち天照大神と月(つき)読(よみの)尊(みこと)、そして「巫女」カードを下級デッキから好きなだけ特殊召喚できた。

 陽子が確認したら、日本語ではあるもののエンジェル&サイエンスと同じ意味の効果テキストが書いてある。Y・Fは草薙剣と八咫鏡の効果を発動して、デッキから攻撃力一二五の天照大神二枚と伊勢神宮の巫女二枚を召喚した。

 下級妖怪であるにもかかわらず、上級妖怪と比べても攻撃力が高い天照大神が二体も召喚されてしまった。そして、Y・Fの手札はまだ六枚もあった。

 伊勢神宮の巫女二枚を手札に戻して、Y・Fは新たに草薙剣を召喚した。そのまま草薙剣と天照大神で『天照大神・草薙剣』を召喚する。殺戮の戦巫女を召喚して、また天照大神と組み合わせて『殺戮の天照大神』を召喚した。Y・Fの場には、天照大神・草薙剣と殺戮の天照大神の二柱が前衛に並んでいる。

 さらに、Y・Fは手札から宝剣の巫女を召喚した。効果を発動してデッキから二枚のカードを手札に加えた。

 これで、Y・Fの残り手札は七枚になった。

「それでは戦闘フェイズをはじめます」

 天照大神・草薙剣が陽子の前衛の妖怪に攻撃した。天照大神・草薙剣は攻撃するときに効果で相手前衛の妖怪をすべて破壊する効果がある。陽子は伏せカードを反転させて攻撃を無効にしたものの、次の攻撃で前衛は全滅した。さらに次の攻撃で後衛も全滅してしまう。

 最後に殺戮の天照大神による攻撃宣言が行われた。殺戮の天照大神は直接攻撃のときに相手のライフカードを一度に三枚破壊できる。

 Y・Fは手札を一枚捨てて攻撃する。これで三枚破壊された。

 そして、もう一枚捨ててY・Fは再び攻撃をした。合計でライフカード六枚分のダメージを受けて陽子のライフカードは全損した。

 これで対戦は終了である。

「ありがとうございました」と陽子は負けを宣言した。悔しいことに、まだY・Fの手札には陽子をもう一度倒せるだけの枚数が残っていた。

「それでは次の対戦をはじめましょう」

 Y・Fは仮面の向こうで微笑んだようだった。陽子はむきになってしまった。罠を仕掛けてY・Fのカードを全滅させようと謀をめぐらせた。しかし、罠を踏んでも次から次へとカードが現れるので効果がなかった。結果として、三連敗で陽子は負けてしまった。五ターン目は一度も来なかった。

「一度だけ、踏み留まることができましたね」

 ツララが笑った。しかし、それはY・Fの手札に三種の神器がそろわなかったターンがあるからで陽子の実力は関係なかった。

「手札が増えるからどうにもならないわ」と陽子は不満げに言った。「とにかく三種の神器が問題なのよね。上級妖怪を何体も並べて手札まで増えているとか、対策の練りようがなくて頭がおかしくなりそう」

 ツララは心配そうな顔をした。

 彼女を安心させるために、陽子は微笑んだ。「私は非難しているわけではないわ。また相手をしてくれないかしら、Y・Fさん」

「楽しみにしています」とY・Fも微笑んだようだった。

 次は爽平の番だった。

 爽平もすぐに負けてしまうだろうと思っていたが、陽子の予想は裏切られた。彼はカードを上手に回してY・Fの攻撃を巧みに凌いだ。天狗デッキだったが、陽子と戦ったときとは異なる構築だった。効果を無効にして三種の神器を抑えたり、効果で相手のライフカードを直接破壊したりすることが多い。

「二人とも、ずいぶんと強いのね」と陽子がつぶやいた。

「爽平さんも強いプレイヤーですから」とツララは笑った。「それに二人が使っているカードそのものが強いのです」

 陽子は爽平とY・Fの対戦を見ていた。微笑は次第に消えて、顔は彫刻のように冷たく目は死者のように暗くなった。

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