占いができる女の子

尾八原ジュージ

占いができる女の子

 行きつけのバーで、俺は二人組の女の子と知り合った。ロングヘアーの子とショートカットの子、どちらもそれぞれ美人だ。

「お兄さ~ん、この子しゅごいんですよぉ~」

 嫌なことがあったとかで、メロメロに酔っ払ったロングの子が、ショートの子を指さしながら俺に話しかけてきた。

「この子ね~、占いができるんでしゅ~。超絶当たるんでしゅ~」

「ちょっと、やめてよ」

 あまり酔っていないショートの子が文句を言うが、ロングの子はいーじゃんいーじゃんと取り合わず、なおもこちらにからんでくる。

 俺もショートの可愛い女の子と話してみたくなったので、

「じゃあ、俺のこと占ってくれる?」

 と頼んでみた。

 ショートの子は形のいい眉を寄せると、諦めたように「占いとはちょっと違うんですけど……」と言いながら、すらりとした両腕を伸ばしてきた。両手で俺の右手を包み込むと、目を閉じた。

 長い睫毛が震える。

「あ、見えた」

「何が?」

「お兄さんのお宅、K線の○○駅が最寄りですか?」

「……当たり」

 俺、この子たちにそんなこと話したっけか? こちらの驚きをよそに、彼女は睫毛を震わせ、「占い」を続けているようだ。いや、彼女は「占いとはちょっと違う」と言っていたな。俺も詳しくはないが、これは霊視ってやつじゃないだろうか?

「おうちに帰る途中に、大きな焼肉屋の看板がありますよね」

「当たり」

「一階にコンビニが入ってるマンションを通りすぎて」

「当たり」

「住宅街に入って……二階建てのアパートですね。103号室」

「あ……当たり」

 女の子の霊視は途中の目印を的確に当てながら、どんどん俺の家に近づいてくる。

 オカルトはフィクションとして楽しんでいるが、決して信じているわけではない。そんな俺だが、ここまで見事に的中させられると、さすがに気味が悪くなってきた。

「部屋に入るとすぐに居室で、奥の方にキッチンとお風呂場と……カーテンはグレーのストライプですね。掛布団やシーツも白黒。お兄さん、モノトーンが好きなんだ」

「えぇ……全部当たってる」

 頭の中を読まれているようで、だんだん手を握られていることが恐ろしくなる。俺は女の子の手を払いのけたくなった。と、突然彼女が、

「あ、彼女さんと一緒に住んでるんですね」

 と言った。

 途端に、安堵が俺の胸に押し寄せた。

「残念! 俺は一人暮らしでーす」

 それを聞いたショートの子はぱっちりとした眼を開け、俺の顔を不思議そうに見た。が、すぐににこっと笑うと俺の手を解放した。

「えへへ、外しちゃいました~」

「あはは、でも凄いね! 途中までずっと当たってたよ」

「そうですかぁ。ふふふ」

「どういうトリックなの? 俺たち、会うの初めてだよね?」

 ショートの子は意味深な笑みを浮かべると、「内緒です」と囁いた。

 気になったが、酒の席で問い詰めるのは野暮というものだ。俺は「占いのお礼だよ」と言って、ショートの子にカクテルを一杯おごった。ぐだぐだになったロングの子には、お冷やを一杯出してもらった。

「面白かったよ。じゃあ俺はこれで」

「お酒、ありがとうございました」

 思いがけず美人ふたりに相手をしてもらった俺は、気分よくバーを出た。

 それにしてもショートの子は凄かった。カーテンや布団の柄まで当てるなんて……。

(むしろ、最後だけ外れたのが不思議なくらいだ)

 そんなことを考えながら、俺は私鉄K線に乗った。

 ○○駅で下車すると、徒歩で自宅に向かう。焼肉屋の看板の下を通りすぎ、途中のマンションに入っているコンビニに寄ってから住宅街に入る。少し歩くと俺の住むアパートだ。

 人気のない夜道を歩くうち、俺は何となく不安になってきた。あのショートの子がひとつだけ占いを外したことが、とても不自然なことのように思えてきたのだ。もしも彼女の占いが、すべて当たっていたとしたら……俺の部屋にいつの間にか、見知らぬ女が住み着いていたとしたら……。

 俺の住むアパートが見えた。103号室の窓は真っ暗だ。言うまでもなく、俺が出かけるときに電気を消したからである。

「だよなぁ。誰もいるわけないんだよ」

 むしろ、一緒に住んでくれる女の子がいるなら願ったり叶ったりだ。俺は103号室の鍵を開け、ドアノブを回した。

 真っ暗な部屋が俺を出迎える。酒のせいもあったのだろう、俺はふと冗談めかして「ただいま」と声をかけた。


 部屋の奥の暗がりから、「おかえり」と女のかぼそい声が聞こえた。

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