最高にカッコイイ新規小説を作成する方法

ちびまるフォイ

新規小説作成は素人におすすめできない

「さぁてはじめるかな」


カクヨムオープン。

今浮かんだ最高の物語をこの電子の図書館に添えようじゃないか。


「トップページ接続、オーケー。良好」


大量に表示される視覚情報をさばいていく。

表示される「注目の作品」たちの情報ラッシュを回避、

すかさず右上すみっこにある小さな文字へと目をすべらせる。


「ワークスペース、起動」


おそらく誰もが初見では気づき得ない

もはや「それクリックするの?」と言いたげなほど

主張の控えめな文字を選べるのは深層カクヨム到達者だけ。


「ダッシュボード接続完了。そっちはどうだ?

 ここまでは順調だ。ログイン記憶もされていてスムーズだ」


事前にログインを済ませていたのが幸いした。

ここでログインパスワードをちまちま入力するのは素人。


「ダッシュボードは……今日も平和なもんだ。

 まったく、変わらない日常ってのはいいものだな」


レビューも応援コメントも来ない

閑静な住宅街ですらその静けさに心配するほど変化はない。


「オーケー。それじゃ任務を続行する」


ふたたび目線は右上に。

ダッシュボードに並んでいる大量の情報はすべてブラフ。

本命は常に右上にある。


「新規作成をオーバー。新しい小説を生成……っと!」


重要度とは相反するほど目立たない「新規作成」の文字から、

新しい小説を作成するを選択した。

この作業、慣れていなければ人が死ぬ。


初心者ルーキーなんかは近況ノートをうっかり選んでしまいがち。

そのわずかな数秒のロスがこの文字の戦場において、致命的な悲劇を生む。


「出たな、新しい小説を作成……! ここからが本番だ」


新しい小説を作成の画面が開かれる。

パッと見だけではその恐ろしさはわからない。

「簡単に作れますよ」と言いたげなほど抑えられた情報量。


タイトルと、ジャンルだけ登録できればそれだけ終わるようにも見える。

でもそれは食虫植物が虫を引き寄せる罠のようなものだった。


「フッ、俺を誰だと思っているんだ。

 正体を見せな。"新しい小説"を作成……!」


オプションの欄にある"オプション項目を設定する"を押すと、

魔獣が口を開けたように一気に縦に画面が広がる。


「やっと本来の姿を見せやがったな」


これが"新しい小説"の本来の姿。

タイトルとジャンルだけではない。


キャッチコピーから紹介文、セルフレイティングから広告表示の有無などなど。

こっちが本体とばかりに一気に大量の項目が並ぶ。


「これが世界カクヨムの深層を知るってことか」


なにも知らなければ毎日楽しく平和に見えてしまう。

確かな情報を集め、理解が深まるにつれ、暗い部分も知るようになる。


もうジャンルとタイトルだけ入力済ませて書き始めるようなおろかなことはできない。


「フッ……初心者あのころに戻れたら、今よりずいぶん気楽だったのかな」


などとノスタルジックにひとりつぶやく。

家にいるのはオカンだけだ。


指の準備運動を済ませて画面に戻る。


「それじゃ新規小説の解除といこうじゃないか!」


指をキーボードに乗せて怒涛の勢いで入力を進めていく。


「完結済みをセレクト、小説タイトルを入力……クリア!

 オーケー、このままジャンル登録に移る。

 ちっ……ジャンルはどれだ? 管制塔、この小説のジャンルの指示を!

 

 ジャンルはエッセイ? なるほどな、オーケー従うぜ。

 ジャンル登録を完了した、次にキャッチコピーを生成する」


最初に見たトップページの大量の情報の中でも

ひときわ目を引くようなあおり文をキャッチコピーへ入力する。


「オーケーだ、キャッチコピーの生成完了……っとしまった」


思わずダブルエンターをしてしまった。

画面は新しい小説の設定画面から、小説入力画面へと移行する。


「問題ない。リカバリーコードを入力する」


ブラウザの戻るボタンを押した。

再び画面は「新しい小説を生成」へと舞い戻る。


オプション項目のボタンを再度押し直して、大量の項目を引き出す。

すでに入力済みの項目が表示されていた。


「リカバリー完了。紹介文の生成を開始……。

 ……っし、紹介文生成を完了した。状況終了。

 次のミッションはセルフレイティング、か」


まだ書いてもいないのに残酷描写の有無があるとかわかるわけがない。

3歳時に「将来の夢は?」と聞いているようなものだ。

世界を知らないのに答えられるはずがない。


と、普通の人は考える。


「あえて先んじて選んでおくのがプロだ」


残酷描写と暴力描写と性描写をまとめて選択。

あとになって読んだ人から文句言われる可能性を事前に潰すというわけだ。


「コンテストに応募をチョイス、広告表示はキープ。

 自主企画は……チッなんて数だ」


自主企画はいくつもあり、タイトルだけでは応募対象かどうかもわからない。

中には厳格に応募基準を決めている自主企画もある。

気軽に選択しては大やけどする。


「本部応答してくれ。どの自主企画を選べばいい。

 なに? この自主企画が応募数が多くて今アツい?

 なるほどな……よし、選択完了!」


次に待ち受けるのは大量の空白タグ。


「面白い。数で対抗しようっていうのか……!」


まずは人気のタグで最初の4つを片付ける。

次にあえてこの小説でしかヒットし得ないようなタグを登録。


「残るタグはあと2つ……くそ、どうすればいい」


8つのタグの最後の2個が残る。

たった2個でも思いつかないときの2個の空白の存在は大きい。


本部のうみそ、応答してくれ!

 空白タグ2個が埋まらない! 応答してくれ!

 くそっ! なにも答えちゃくれない!!」


再びトップページに戻って他の小説に登録されているタグを見て、

他の人がどんなタグを登録しているか確認することもできるが

ここで辞めてはこれまでの努力がすべて水の泡。


今がまさに絶対防衛ライン。


「ハッ! そうだ! コンテストがあった!!」


先ほど登録した自主企画とコンテストを思い出す。

とっさの機転ができるかどうかでカクヨムで埋もれるかどうかが決まる。


「タグの登録……完了。はぁっ……はぁっ……危なかった。

 もう少しで創作意欲が折られるところだったぜ」


残ったのはイメージカラーというなんだかよくわからない機能。

しかも最初に表示されている色が茶色や白黒ばかり、

おじさんが着ているジャケットのような色ばかり。


普通に色鉛筆の代表的な色を最初に選ばせるようにしないのがまさに玄人向け。

素人が下手に手を出したら茶色に染められる。


「ここはクールな青色だ」


目立つ色で言えば赤色だが、ここはあえて逆を突いて青色。

すると、ついに最下部の「保存して新しいピソードを書く」が押せるようになる。


「やっと顔を見せてくれたようだな。ここまで長かったぜ」


たくさんの登録防壁によって守られていた執筆開始のボタンも押せるようになっていた。

新しいエピソードのボタンを押す。


「ハロー、ニューワールド」


ついにたどり着いた手つかずの大地。

そこにはどこまでも白き空白が広がっていた。


小説タイトルを記入して本文へと入力していく。

真っ白なキャンバスが自分の色に染められてゆく。


すべての入力が終わってからプレビューをして、

オサレ魔法詠唱のふりがながちゃんと入っているかを確認する。


「本部、ミッションオールコンプリート。

 すべて問題なしだ。

 いったん保存して帰投する」


ここで勢い余って投稿するのは愚の骨頂。


連載作品はあえて1話ではなく3話ほどまとめて投稿したほうが

プロローグだけでなく内容にも踏み込めるので良い。

あとで誤字のチェックもできる。


「長かった……これでひと仕事終わったな」


新規小説を書いて保存するまで大量の障壁ファイアウォールを突破した。

それをこの短時間にできたのは熟練カクヨムニストのなせる技だろう。


しかし……。


「なっ! なんだこれは!?」


保存してダッシュボードに戻ると異常な光景がまっていた。


「バカな!? 俺は普通に保存したはずだぞ!?

 どうしてこんな……敵の攻撃か!?

 本部、応答してくれ! 問題が発生した!

 おそらく凄腕のハッカーによる攻撃か!?

 くそ! ダメだ! 本部も応答しない!」


なんと、ダッシュボードには今しがた保存したはずの小説が2つも出来ている。

まるでクローンが作られているようだ。


敵のハッカーからの攻撃にしてはあまりにタイミングが一致しすぎているし、

自分でしか書けそうもないクソ長い小説タイトルを完コピできるわけがない。


「そういうことか……!

 別の世界線の俺もこれを書いているってわけだな……!」


この世界には枝分かれしたいくつもの別の未来が同時に進んでいる。

異なる世界線の自分が同時に同じ小説を書いて保存したのだろう。


「面白い。別の世界線と、今の世界線。

 どっちが面白い小説が書けるか勝負と行こうじゃないか!」


最大のライバルは自分。

まったく同じ小説を書いてどちらが人気を取れるか。


カクヨムは世界線の統合している世界統合部位ワールド・ターミナル

ここで投稿するということは、すなわち平行世界パラレルワールドの自分との存在証明レゾンデートルをすることになる。

「だからカクヨムは辞められねぇ……!!」


俺は新しいエピソードを書き始めた。





次回『小説タイトル書いてる途中に保存してからブラウザバックすると、なんかクローンできるよね』につづく。

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