第52話 あの時の感覚


「今日は本当に、すみませんでした。」


一通り今日の仕事を終え、シフトメンバーが集まっている休憩室で俺は今日の失敗のことを改めて謝っていた。


「も〜、誰でも失敗はあるからそんなに気にしなくていいわよ!お客さんにかからなくてよかったし、これから気をつけていきましょ。」


そう言ってくれたのは明希おばさんだった。


「そうですよ!失敗なら誰だってあります!私もこぼしちゃったことはありますし。」


真木咲さんも励ましてくれている。


「あの時気を抜いていました、すみません、、、。気をつけます。」


料理を二つ持っていて手が塞がっている状態だったのに陽心に気を取られていた。


あの時の自分の頭の中はほぼ陽心のことでいっぱいで、良いところを見せたいと思う一心で、ちゃんと仕事に集中出来ていなかった。


「仕事をする理由は人それぞれですからどんな理由でも構いません。でも、働いているその瞬間だけはお客さんのことを一番に思ってください。」


「、、、はい。」


知村さんはそう言い残して部屋を出て行った。

明希おばさんもまだ仕事が残っていたらしくフロアの方に戻っていった。


「なんか重苦しい空気だね。」


静かな部屋の中でそう呟いたのは田淵くんだった。


「ごめん、、。」


「働く理由は人それぞれ、自分にとってはその理由がどんな時も一番になっちゃうよね。」


「、、、それがだめなんだって今日改めてわかったよ。」


「俺も大和くんと一緒だよ。」


「え?」


田淵くんはいつも手慣れていてうまく仕事ができている。

違うことに気を取られて大失敗をおかしてしまう俺とは全然違うと思うけど。


「俺もはっきり言って、働いているときお客さんのことを一番には考えてない。自分の目的のことばかり考えてる。だから、もしかしたら今日失敗するのは俺だったかもしれない。」


「田淵くん。」


「私も!」


今度は真木咲さんが手をあげた。


「私も働いてる時つい違うこと考えちゃう時あります!だから今日、自分も改めて気を引き締めて仕事しようと思いました!」


「大和くんが仕事を頑張ってる理由が何だって、俺は大和くんの中でそれが全てでも良いと思う。俺も自分の目的が全てだから。目的のためにどうするか考えたとき、その時の仕事に集中して全力でやれれば良いと思うからさ。」


二人のただの気遣いじゃない励ましがすごく嬉しいと思った。

失敗した時も二人が駆けつけてくれたから、あの場を早く片付けることができたんだ。


「、、、ありがとう。二人とも。」


この場に二人がいてくれてよかった。


「ところで、田淵くんの目的って何なんですか?」


「え。」


「あ、そういえば俺も聞いてなかった。」


「、、、良いんですよ、俺の目的なんかは。」


目が泳いで戸惑っている田淵くんは珍しく何だか面白い。


「田淵くんが仕事を頑張ってる理由は何ですか?」


「、、、、、、、俺は、、単純にお金ですよ。」


あ、嘘ついてるな。あの濁したそうな顔はなんか隠している。

まあ言いたくなったら聞いてみたい。田淵くんの理由。


「お金は大切ですもんね!何をするにも必要だからなあ〜」


「、、、真木咲さんの理由は何なんですか?」


「私は料理することが好きで、、、でも下手なので、何か勉強できることがあれば良いなと思って学ぶためにここでバイトを始めました。」


「意外にちゃんとしてますね。」


「意外とは何ですか〜?田淵くん私のことどういう風に見えてるんですか!」


二人はバイトを始めた理由について色々話している。


自分にとって働くことは陽心に格好いいところを見てもらえるかもしれないという期待でしかなかった。

その期待で働いているうちに、楽しいとか、ワクワクするとか、働く前とは違う気持ちも追加されるようになった。


何のためにやるのかなんて決まってる。


でもそれだけでは無くなったからこんなに悔しいんだ。


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