第51話 木を見て森を見ず


しっかりとした接客で笑顔を忘れずに。

いつも通り、いつも通りでいいんだ。

姿勢を正して、絶対に気を抜くな。


「大和くん、なんか今日ガチガチに緊張してるね。」


「いや、平気だよ。田淵くん。」


「顔が怖いよ。それに挙動不審だし。」


そんなことないと言いたいところだが、正直なところとんでもないくらい緊張している。

ドアベルの音にこんなに緊張感を持っていらっしゃいませと言ったのは初めてだった。


「大丈夫。俺はいつも通りだよ。田淵くん。」


「明らかにいつも通りじゃないけど、、もしかして昨日言ってた人が来るからとか?」


「、、、。」


「まあ、接客は普通にしてれば上手くいくよ。」


田淵くんは俺が何も言わなくても察して、そう言ってくれた。


「、、、そんなことだけでこんな風になると思わなかったから。自分でも驚いてる。」


「いつもは違うのかもしれないけど、今日はその人もこのお店に来るお客さん。余計なことは考えなくていいんじゃない?」


「そう、だな。」


田淵くんのいう通りだ。俺はただの店員で、陽心はただのお客さん。

そうだ、今日はそれだけの


カランカラン


そんなことを思っているとドアが開きベルの音が鳴った。


「あ、、、。」


涼しげな白いTシャツと茶色のチェックのカラーパンツを履き、耳には小さな花のイヤリング、少し巻いた髪をハーフアップにした俺がよく知る女の子の姿がそこにあった。

その後ろには友人2人の姿も見える。


「ほら行ってきなよ。」


田淵くんに背中を押される。



「い、、らっしゃいませ、、。」


「こんにちは。」


かわいい!!


いつもと立場も場所も違うからか、ただの笑顔にもなんだか照れてしまう。


「お!陽心の幼馴染!」


「こんにちは〜〜」


「あはは、こんにちは。こちらへどうぞ。」


陽心たちを窓際の席へと案内する。


「慎くん制服似合ってるね。」


「、、、ありがと。えっと、こちらがメニュー表になります。」


「おーい、硬いぞ〜幼馴染。」


「うるさいよ、ゆず。」


「じゃあ、えっと、水をお持ちしますね。」


「はい、お願いします。」


そう言って俺はドリンクバーの方にある水を持って陽心たちの席へと向かい、席に水を置いてさっきまでやっていた仕事へと戻る。


陽心が来てくれたことにテンションが上がり、にやけてしまう顔を必死で堪える。


「あ!陽心さん来てくれたんですね!」


「真木咲さん。はい。今日来るって言ってたので。」


「ああ、じゃあ、昨日言ってた人は陽心さんだったんですね!私も挨拶行っちゃお〜!」


陽心さーんと言いながら真木咲さんは陽心たちが座っている席へと駆け寄っていった。

真木咲さんは楽しそうに陽心たちと喋っている。

なんだか普通に喋れて羨ましい。俺は緊張してあまり愛想良くできなかったから。


少しすると真木咲さんが陽心たちのオーダーを持って戻ってきた。


「すみません!真木咲さん」


「はい、なんでしょう?大和先輩。」


「あの、陽心たちの料理俺が持って行ってもいいですか?」


「あ、いいですよ。オーダーはキッチンの人に渡しておくので後はよろしくお願いしますね!」


「ありがとうございます。」


よし、陽心にちゃんと仕事できてるところ見てもらえるチャンスだ。


俺は料理の盛り付けを手伝っている知村さんの方へと向かい、自分も手伝わせてくれと頼んだ。


「あの、盛り付けの方は足りているので大丈夫なんですが。」


「今入ったオーダーだけでも俺に手伝わせてくれないですか?お願いします!」


「、、、まあいいですけど、お客様に呼ばれたらそちらを優先してくださいね。」


「はい!わかりました。」


これで陽心に俺が盛り付けた料理を出すことができる。

綺麗に盛り付けて陽心にすごいって、喜んでもらいたい。


出来上がった料理はホールの人に渡すためのカウンターに置かれる。

追加で盛り付けが必要な料理はそこで盛り付けをして持っていくことになっている。


俺と知村さんは素早く盛り付けを終わらせ、運ぶ準備をする。


「これ、俺が持っていきます!」


「あ、はい。じゃあお願いします。」


「はい!」


俺は陽心たちが頼んだ料理を持ってホールの方と向かった。

料理をバランスよく持ち、ぎこちなくならないように自然に陽心がいるテーブルへと持って行く。



「お待たせしました。」


「わ〜〜!美味しそう!ありがとう、慎くん。」


「い、いえ。」


「これって慎くんが盛り付けてくれたの?」


「まあ、そうだな。まだ全然下手だけど。」


「そんなことないよ。すごく綺麗だよ。」


陽心はキラキラと目を輝かせながら料理を眺めている。

その姿を見るだけでただただ、嬉しかった。


「あ、じゃあ俺はこれで。ごゆっくりお召し上がりください。」


「頑張ってね。」


「ああ。」


今日の一番の仕事と言ってもいいくらいの仕事を終え、安心してレジの方へ戻る。


は〜〜〜、緊張して変な風にならなくてよかった...!!


「大和先輩、陽心さんにいいところ見せたかったんですね!」


「え、、」


戻ると真木咲さんに図星をつかれた。


「陽心さんのこと見てとても嬉しそうにしてたので!」


「ま、まあ、楽しみにしてたみたいだし、喜んで欲しかったのもあって、、ですかね。」


「陽心さんもすごく嬉しそうでした!相思相愛ですね〜^^」


「そっ、、、まあ、友人なので。」


真木咲さんは俺の肩をつついてそう言ってきた。

相思相愛なのだろうか、そうなのだろうか。

うん、そうかもしれないなあ〜〜


「あ、でも、一仕事終わったからって気を抜いちゃダメですよ〜!」


「はい。しっかり働きます。」


「よろしいです!あ、ちょうど料理がきましたね。運んじゃいましょう!」


「はい!」


キッチンのカウンターに置かれた二つの料理を持ちプレートに書かれた番号のテーブルへと運んでいく。


陽心が俺の運んできた料理を口いっぱいに頬張って美味しそうにしているのがちらっと見えた。

思わずそちらに目を向けると、俺が見ていたことに気づいて陽心もこちらを向いてくれた。


陽心は目を合わせて幸せそうにニコッと笑った。


俺はその表情に気を取られて


「あ!」


いつもはしないような失敗をしてしまったんだ。


ガシャーン!!



運んでいる途中で足がもつれバランスを崩し、俺は運んでいた二つの料理を床に派手に落としてしまった。



「うわあ!!」


やばい。


「す、すみません!お客様お怪我はありませんか?」


やばい。どうしよう。


「あ、ああ。大丈夫です。」


早く片付けないと。


「申し訳ございません!今片付けますので!」


自分の目の前に散乱してしまった料理と割れた食器を必死でかき集める。

一瞬で違う光景になってしまったことに驚いて片付けている最中頭は真っ白だった。


「大和先輩大丈夫ですか?!」


「大丈夫ですか?」


ホールにいた真木咲さんと田淵くんが駆け寄ってきてくれた。


「は、はい。大丈夫です。それより料理と食器すみません、、。」


「気にしないでください!私も片付けるの手伝います。」


「俺も。」


「すみません、、ありがとうございます。」


散乱したものをかき集めて床を拭いている時、陽心の方は見れなかった。


恥ずかしくて、みっともなくて


格好悪い姿を陽心に見られていると思うと顔を上げることができなかった。


店やお客さんにも迷惑をかけて格好良い姿どころか、一番情けない姿を目の前で見せてしまった。


何やってんだ。俺は。

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